農業研究本部

本書の利用にあたって

 

 人間がお米や肉、魚、野菜などを食べて生きているのと同じように、農作物も様々な養分を土から吸収して生きています。
農作物の場合は、窒素、リン、カリウム、カルシウム、マグネシウムを特に多く必要とし、これらは多量要素とよばれます。
また、鉄、マンガン、銅、亜鉛、ホウ素、モリブデンなどはわずかに必要な成分で、微量要素と呼ばれています。農作物はこ
れらの栄養素の吸収量が極端に不足したり、過剰になったりすると生育が抑制されたり、葉に黄化症状、褐色斑点などの症
状が現れたりします。

 

1.本書の特長

  •  この資料では、トマト葉身部における典型的な栄養障害による症状をカラー写真で示し、解説を加えてあります。また、
    葉診断を補完するために果実や根に関する情報を加えるとともに、紛らわしい類似症状について解説しました。
  •  症状の特徴を整理した情報一覧表(表1)や典型的な症状から検索するフローチャート(図1)を掲載しました。カラー写
    真と併せて使用することにより、どのような栄養障害か判断するための参考となります。
  •  ここで示した栄養障害の症状は、トマトの品種「桃太郎」を用いて、水耕栽培条件によって初期−中期−後期の症状を模
    擬的に発現せたものです。したがって、栄養障害の診断に当たっては環境条件によって、その症状が若干変わることもあり
    ますので注意を要します。また、他品種への適応は葉形などの相違による症状の変化を考慮して利用してください。
  •  栄養障害は必須要素の単純な欠乏・過剰のほか、土壌中の養分のアンバランスによっても生じます。このため、最終的
    な栄養障害の診断や緊急的な対策については、農業改良普及センター等の指導機関に相談してください。
  •  抜本的な対策のためには、土壌診断を活用した適切な土壌管理および施肥管理を心掛けるようにしましょう。
  • 2.栄養障害の診断

  •  栄養障害が現れると作物の収量が低下したり、外観品質・内部品質が悪化する事があります。栄養障害の対策としては、
    液肥の施用や葉面散布などが考えられますが、そのために、先ずどのような栄養障害かを診断しなければなりません。本資
    料では、その診断法の一つとして、目で症状を観察して診断する方法を提示しました。
  •  

     

    現地における栄養障害の発生
    (症状の観察)


    カラー写真や検索表と照合する。
    施肥管理や土壌条件も考慮する。


    診断

     

     

    3.用語の説明

     

     本書には発生部位、症状および被害状況を表す専門用語が登場しますが、参考までに主な用語の説明をしておきます。

    1)葉の位置

     上位葉:主茎の先端に近い葉。

     下位葉:株元に近い葉。

     中位葉:主茎の中間部の葉。上位葉と下位葉の中間に位置する葉。

    2)葉の各部位(図1)

     葉脈:葉中に血管のように枝分かれした細いすじ。

     葉脈間:葉脈と葉脈の間。

     葉縁:葉のふち(周囲)の部分。

     葉柄:葉と茎の間をつなぐ柄。

     毛茸:葉の裏や葉柄、茎などの表面に細かく生える毛状組織。

     

     

    葉の各部位の名称図
    図1 葉の各部位の名称図

     

     

     

    3)現れる症状

     黄化症状:葉の緑が退色して、黄化する症状(クロロシス)。

     壊死斑(えしはん):細胞が死んで、茶褐色に変色した斑(ネクロシス)。

     斑入り症状:葉の緑に不規則な濃淡が出る。 

     

    4)写真脚注の略記例

     例えば第6本葉展開期以降に窒素(N)欠如後の2週目に撮影したものは「(6葉期 −N2週目)」と略記する。

     

     

     

    表1  トマトの栄養障害診断のための情報一覧

    栄養障害 

    症状

    葉位

    各葉位における症状

    その他

    窒素欠乏 

    下位葉

    葉全面に黄化症状、上位葉へ進行→葉脈
    にアントシアン色素の出現、暗紫色化

    生育抑制 

    上位葉

    生長抑制、小葉化

    リン欠乏

    下位葉

    葉先より淡緑化→暗紫〜紫紅色化、特に
    葉裏に発現→葉面全体に拡大
    →中上位葉へ進行

    生育抑制
    落花、異常果発生

    上位葉

    生長抑制、小葉化

    カリウム欠乏

    中位葉

    葉先縁から葉脈間に黄化症状→壊死斑へ
    と変化「葉縁枯れ」、
    葉脈間に波状の隆起、葉が裏側に湾曲、
    葉柄と茎に壊死斑

    やや生育抑制

    カルシウム欠乏

    上位葉

    新葉の壊死、生長点の発育停止、葉柄側
    の葉脈から壊死斑

    生育抑制
    尻腐れ果発生

    下位葉

    葉脈間に黄化症状、上位葉に向かって進
    行(窒素の吸収阻害)

    マグネシウム欠乏 

    下位葉

    葉脈間に葉先より黄化症状、葉脈付近の
    }緑色鮮明→葉脈だけ緑を残し、全葉黄
    →中位葉へ進行、果実の肥大に伴い激化
     最下葉は全葉黄化せず、一部葉脈間紫紅
    色化

    やや生育抑制

    鉄欠乏 

    上位葉

    葉柄側から黄白化症状、新葉では黄白化
    が著しい

    やや生育抑制
    異常果発生

    中下位葉

    淡緑化、葉脈の緑を鮮明に残し、葉脈間に
    網目状の黄白化症状

    マンガン欠乏

    上中位葉

    葉脈間に網目状の黄白化症状→葉脈間の
    一部に褐色の枯死斑点、主脈沿いに隆起

     

    銅欠乏 

    下位葉

    表皮剥離状の黄化症状→壊死斑


    上中位葉

    主脈沿いに隆起、葉縁部の巻き上がり

    亜鉛欠乏 

    下位葉

    葉脈間に黄化症状→壊死斑、葉脈の緑色
    鮮明
    直上の葉では葉先より葉先半分に黄化症
    状→壊死斑


    ホウ素欠乏 

    上位葉

    生長停止、葉縁部周辺に黄化症状→葉縁
    部、葉脈間の一部に壊死斑
    →中位葉へ進行

    やや生育抑制
    導管部コルク化

    マンガン過剰 

    中下位葉

    葉脈の一部に黒褐色壊死斑、葉脈沿いに
    黒褐斑点、茎・葉柄毛茸の黒褐変

    生育抑制

    上位葉

    葉全面に黄白化症状(マンガン過剰に伴う
    鉄欠乏)

    銅過剰 

    上位葉

    巻き上がり、小葉化

    生育抑制

    中下位葉

    表側へ巻き込んだしおれ→全葉に黄化症
    状→壊死斑へと変化

    亜鉛過剰

    上位葉

    葉全面に黄白化症状、生長抑制(亜鉛過剰
    に伴う鉄欠乏)

    生育抑制、異常果発生

    ホウ素過剰 

    下位葉

    葉縁部に壊死斑、表側への巻き込み、葉脈
    間の一部に表皮剥離状の斑点
    →斑点は黒褐色壊死斑へ変化→葉縁部、
    葉脈間の壊死斑は拡大し、枯死
    →中位葉へ進行、果実の肥大に伴い激化、その他の部分は濃緑色



    ニッケル過剰

    上中位葉

    葉脈間の一部に白斑→葉脈間に褐色斑点
    →葉全面に黄化症状→生長停止

    生育抑制






      表2  トマトの栄養障害診断を補完するための情報一覧

    栄養障害


    地上部生育量
    (5段階評価)

    根群の発達程度
    (5段階評価)

    着果性および果実の発育

    尻腐れ果の発生程度

    多量要素

    窒素欠乏

    1

    1

     

    リン欠乏

    1

    2

    ×

     

    カリウム欠乏

    2

    3

     

    カルシウム欠乏

    1

    1

    マグネシウム欠乏

    2

    3

     

    微量要素

    ケイ素欠乏

    5

    5

    鉄欠乏

    2

    3

    ×

     

    マンガン欠乏

    3

    4

     

    銅欠乏

    4

    5

     

    亜鉛欠乏

    3

    4

     

    ホウ素欠乏

    3

    3

     

    多量要素

    窒素過剰

    4

    5

    リン過剰

    3

    4

     

    カリウム過剰

    4

    5

    微量要素

    マンガン過剰

    1

    1

    ×

     

    銅過剰

    1

    1

     

    亜鉛過剰

    1

    1

    ×

     

    ホウ素過剰

    4

    5

     

    ニッケル過剰

    1

    1

     


    注1) 地上部生育量および根群の発達程度は正常株を5とした5段階評価で行った。すなわち、評価値は正常株と比較して
    やや劣る場合に4、劣る場合に3、生長はするが著しく劣る場合に2、ほとんど生長しない場合に1とした。

    注2) 着果性および果実の発育では、○印は発育良好、△印は発育不良、×印は異常果が発生、−印は着果しないとした。

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