【指導参考事項】
稚苗育成時における立枯病防止に関する試験
北農試 作物第1部 稲第2研究室
(昭和44年度)

・ 試験の目的
 稚苗移植栽培においては苗紐強度の強い良苗の育成が重要であるが、たとえ施肥、水、温度などの一般管理に周到な注意を払ったとしても、立枯病菌によって部分的な枯死、苗の生育不整、根の発育阻害などが起こり苗紐強度が著しく弱まって、機械移植が全く不能の場合がある。
 従って、立枯菌の発生を防止するために従来クロ−ルピクリンを用いて殺菌をしていたが、この方法は大量の土壌を用いる場合には必ずしも適当でないので、簡易にしかも有効な殺菌法を確立するため、本試験を実施した。

 1. 土壌殺菌用薬剤の検索と効果
  試験方法
   1)供試土壌  羊ヶ丘 火山性、壌土
   2)品種名    ほうりゅう
   3)施肥量    箱当り(30×60)基肥P2O5−1g、K2O−1g、追肥第1葉期にN−1g
   4)種子の予借 ウスプルン1.000倍液15時間処理
   5)播種期    6月23日  発芽揃  6月28日  本葉1葉期  7月3日
   6)区 数    1区 30×30cm  2区制
   7)供試薬剤名
    ①とまつ用有機水銀剤  セレサン
    ②有機水銀乳剤      シミルトン
    ③キヤブタン剤       オ−ソサイド
    ④クロ−ルピクリン剤   クロ−ルピクリン
    ⑤PCNB剤          デクソン、ペントロン
    ⑥ヒドロキシ、イソキサゾ−ル剤  タチガレン粉剤(4%)
                             〃  液剤(30%)
   8)処理方法
    ①種子粉衣  イ)セレサン  ロ)オ−ソサイド  各種子重の0.3%
                                 (浸籾 1L重710gに対し2.13g)
    ②土壌処理  イ)クロ−ルピクリン  土1m2当たり140cc
              ロ)シミルトン       覆土後散布1000倍液  箱当り(60cm×30cm)560cc
              ハ)テクソン       土壌混和  箱当り  1.3g
              ニ)ペントロン      土壌混和  箱当り  1.2g
              ホ)タチガレン粉剤   土壌混和  箱当り  6g
              ヘ)タチガレン粉剤   覆土後散布 箱当り  6g
              ト)タチガレン粉剤    覆土後散布 500倍液 箱当り350cc

・ 試験結果
 第1表 観察による苗の生育
区 別 発芽〜1.5葉期 2葉期
処理法 薬剤名 生育の
整否
薬害 生育の
整否
根の発育 葉色 薬害
無処理   不良 ヤヤ良 黄緑  
種子粉衣 セレサン ヤヤ不良 ヤヤ良 黄緑
オ−ソサイド ヤヤ不良 中、伸長抑制 ヤヤ良 ヤヤ不良 黄緑 大、葉先枯死
土壌混和 クロ−ルピクリン なし 濃緑 なし
デクソン なし 濃緑 なし
ペントロン ヤヤ不良 中、伸長抑制
黄緑色
ヤヤ良 不良
根ぐされ
淡緑 大、苗腐敗
タチガレン なし 濃緑 なし
覆土後散布 シミルトン 不良 ヤヤ良 黄緑
タチガレン粉 なし 濃緑 なし
タチガレン液 なし 濃緑 なし
粉衣+覆土後 オ−ソサイド+
 シミルトン
ヤヤ不良 中、伸長抑制 ヤヤ良 ヤヤ不良 黄緑 大、葉先枯死

 第2表 苗の生育(播種後21日目)
区 別 苗の生育 生育の整否
処理法 薬剤名 草丈
(cm)
葉数
(枚)
100個
体当り
乾物重
(g)
苗紐
拡張力
(g)
苗紐
1列当り
個体数
(本)
成苗
歩合
(%)
不良苗
歩合
(%)
不発芽
発育停止
歩合
(%)
無処理 9.4 2.2 1.211 377 145 88.6 3.8 7.6
種子粉衣 セレサン 10.4 2.3 1.259 637 142 92.6 3.2 4.2
オ−ソサイド 9.8 2.2 1.218 504 144 91.7 2.0 6.3
土壌混和 クロ−ルピクリン 11.2 2.2 1.397 810 140 93.6 0 6.4
デクソン 11.2 2.4 1.309 929 134 91.9 1.9 6.2
ペントロン 11.2 2.3 1.091 371 128 86.3 8.2 5.5
タチガレン 10.9 2.2 1.397 443 148 94.3 0.7 5.0
覆土後散布 シミルトン 9.9 2.1 1.184 557 160 94.8 0 5.2
タチガレン粉 11.1 2.3 1.317 583 162 92.0 2.5 5.5
タチガレン液 11.5 2.3 1.328 568 134 96.2 1.5 2.3
粉衣+覆土後 オ−ソサイド+
 シミルトン
10.1 2.2 1.172 498 154 96.4 0 3.6

 第1〜2表に示すように、各処理の間に苗の生育に対する影響の程度が異なり、セレサン・オ−ソサイドの種子粉衣処理は葉にの褐色、伸長抑制をもたらし、苗の生育は不整になった。また生育調査の結果、草丈および乾物重が低下し、苗ひも拡張力も劣ることから、稚苗用殺菌剤としては不適当と推定した。
 土壌混和による効果については、クロ−ルピクロン、デクソン、タチガレンともに苗に対する薬害が観察されなかった。また播種後21日目の調査結果でも生育に対する影響が認められなく、着菌による生育の不揃もみられないことからこれらの薬剤については実用上支障がないと判断された。
 しかし、ペントロンは、本葉1葉期頃までは、葉色が褐変し、初期伸長が抑制され、2葉期に至って苗腐敗を発生した。
 一方、覆土後処理のうちシミルトンは草丈、乾物重が低下し、軽微であるが薬害が観察され、オ−ソサイド粉衣との重複処理の場合には著しく薬害を惹起するので、使用上問題があるが、タチガレン粉剤、液剤ともに、水稲生育に対する影響もなく、着菌個体も少ないことから、本薬剤は実用性があると考えられる。
 以上の諸結果において実用薬剤を選定することが出来たが、これらの薬剤基準について今後検討する予定である。

 2. 土壌殺菌用薬剤の使用方法
  試験方法
   1)供試土壌  羊ヶ丘  火山性壌土
   2)品種名    そらち
   3)施肥量    箱当たり(30cm×60cm)基肥:P2O5、K2O各1g、追肥:1葉期N1g
   4)種子の予借比重選、ウスプルン消毒
   5)播種期    9月16日  発芽期9月21日
   6)区 数    1区 30cm×30cm2区制
   7)供試薬剤名 ヒドロキシ、イソキサゾ−ル剤、タチガレン液剤(30%)
   8)処理方法
    ①覆土後       500倍液  5L/m2  9月16日処理
    ②発芽期       250 〃    〃    9月22日 〃
    ③ 〃         500 〃    〃      〃
    ④ 〃          1000 〃    〃      〃
    ⑤覆土後+発芽期各500 〃  各5L/m2 9月16日と9月22日

 試験結果
 第1表 苗の生育(播種後29日目)
区  別 苗の生育 生育の整否
処理法 処理量 草丈
(cm)
葉数
(枚)
100個体
当たり
乾物重
(g)
苗ひも
1列当り
個体数
(本)
成苗
歩合
(%)
不良苗
歩合
(%)
不発芽

発芽停止
歩合
(%)
無処理 7.2 2.1 0.732 159 46.5 11.1 42.4
覆土後 タチガレン 500倍 8.2 2.1 0.812 152 65.2 12.5 22.3
発芽期   〃    250 7.6 2.2 0.802 149 41.8 9.8 48.4
  〃    500 8.0 2.2 0.778 155 43.2 8.1 48.7
  〃    1000 7.3 2.2 0.760 150 43.6 9.7 46.7
覆土後+発芽期   〃    500 7.7 2.1 0.798 145 63.6 12.6 23.8

 第2表 着菌の有無による苗生育の差異(播種後29日目)
区  別 着菌
有無
苗ひも1列当
個体数
(本)
同左総数
に対する比
(%)
草丈
(cm)
葉数
(枚)
100個体
当乾物重
(g)
処理法 処理量
無処理 38 24 7.7 2.2 0.839
121 76 6.5 2.0 0.618
覆土後 タチガレン 500倍 88 58 8.5 2.1 0.895
64 42 7.1 2.0 0.570
発芽期   〃    250 41 27 8.1 2.3 0.906
108 73 7.0 2.1 0.693
  〃    500 52 33 8.8 2.3 0.900
103 67 6.8 2.2 0.531
  〃    1000 54 36 7.7 2.2 0.894
96 64 6.1 2.1 0.425
覆土後+発芽期   〃    500 90 62 7.9 2.1 0.843
55 38 5.3 1.9 0.527


                 第1図 成苗の草丈の頻度分布

 本試験を実施した時期は春先と異なり、気温が次第に低下する頃で、さらに、本年は冷涼な気象条件であったため、試験施行上、必ずしも良条件でなかった。従って、一般に軟弱徒長気味に生育し、成苗歩合も低いが、それでも区間に一定の傾向があり、処理間に差異が認められたので、その結果を考慮すると次のようである。
 草丈については調査全個体の平均値で区間差は大きくないが無処理、1000倍区が稍々劣り、乾物重においても同様の傾向があった。
 また、生育の整否についてみると、覆土後、または発芽期との重複処理の場合には成苗歩合が他処理に比べて高く、不発芽+発育停止苗歩合は低い。しかし発芽期の各区は無処理と同程度の成苗歩合で処理効果が顕著でなかった。
 土壌菌が稲苗の基部または籾に着生すると、籾内養分の消費と組織の崩壊により生育が次第に弱まり、伸長が緩慢になるが、着菌程度が著しい場合には本葉1葉期ころより枯死個体の発生が顕著になる。従って作物試験で薬剤効果を確認するには、間接的であっても成苗歩合、或いは発育停止苗歩合などの測定によって推測せざるを得ないが、一般に移植可能な成苗の中でも着菌によるものが混入し、苗生育が不揃いになることがあるので、この程度の差異によって処理効果を比較すると、第2表のように、無処理または効果が顕著でなかった発芽期処理の場合には着菌個体数が多く、総個体数に対し60%以上を占めている。
 また生育の整否を草丈の頻度分布によってみると、第1図に示すように発芽停止苗を除いたものでも広範囲に分布するが、中でも処理効果の劣った区ほど広く、しかもその中央値が低い状態にあり、生育不揃えがこの点からも認められた。
 以上のように、土壌殺菌薬剤タチガレンの効果を確認することが出来たが、<実用上効果な方法は500倍液の覆土後処理>で、発芽処理の場合には、効果は期待出来ないようである。