【指導参考事項】
作成昭和63年1月
1.課題の分類 総合農業 生産環境 病害虫 診断 北海道 病理昆虫 診断 野菜 2.研究課題名 タマネギ軟腐病の発生生態と過リン酸石灰水溶液の散布試験 3.期 間 昭和59年〜61年 4.担 当 北見農試病虫予察科 5.子算区分 道 費 6.協力分担 十勝農試病虫予察科,北見・ 十勝農試各専技室,斜網西部 ・北見・十勝北部・十勝中部 普及所,訓子府町農協 |
7.目 的
タマネギ軟腐病については「タマネギ主要病害の総合的防除対策試験、昭和54〜58年の
なかで、発生生態解明と防除対策の成果が得られると同時に、過リン酸石灰水溶液の茎葉散布による防除が示唆された。しかし、過石水溶液散布については、作用機作および実用化に関する検討がなされないまま、一都の農家で実施されている事例がある。このため、過石水溶液の殺菌機作及び圃場における防除効果について試験すると同時にファージ利用による病原細菌検出法及びタマネギの時期的感受性変動の要因解明など生理生態的検討も行った。
8.試験研究方法
(1)発生生態:病原細菌の検出法、タマネギの感受性変動の原因解明
(2)軟腐病細菌に対する過リン酸石灰の作用:殺菌効果、殺菌因子の解明
(3)発病に対する過リン酸石灰の影響:過石の溶解時間、濃度、散布量、pH:調整剤、製品の種類についての検討
9.試験結果の概要・要約
Ⅰ.発生生態
(1)タマネギ軟腐病細菌の溶原菌め溶原性は遺伝的に安定であり、そのテンペレートファージは系統特異性が高かった。したがって、生態調査の手法として利用価値が高い。
(2)テンペレートファージは、溶菌斑形成適温が20℃、耐熱性が78℃、バーストサイズ
が16〜18で2本鎖DNAを含有し、多面体の頭部と収縮性の尾部から構成される。
(3)軟腐病細菌は5月中旬以降タマネギの地下葉鞘嶺茎部で病徴を現わすことなく生存しており、7月中旬になって軟腐病を引き起した。
(4)タマネキ葉身中空部での粘質物の集積は、ほぼ6月中旬から増加して感受性の高まる7月下旬から8月上旬に最大になり、しかも多発年に多い。この粘質物はペクチン質を主成分としガラクタン及びアラビナンからなり、軟腐病細菌の好適な基質である事が判明した。したがって、この枯賞物が病勢拡大に重要な役割りを果していると考えられる.(図1)。
Ⅱ.過リン酸石灰水溶液の殺菌効果
(1)20%過リン酸石灰水溶液(pH3.1)の500倍液中で軟腐病細菌は30分間で死減した(図2)。18%過石では殺菌効果は劣ったが、リン酸を添加しpH:3.0にするとその効果は増加した(図3)。また、タマネギ葉面でも同様の効果が認められた。
(2)過石水溶液は強酸性であるが、中性にすると殺菌効果は消失した。また、同一pH(3.2)の過石水溶液とリン酸水溶液を比較すると、前者の殺菌効果がより高い。したがって、過石水溶液の殺菌因子には低pHのほかに他の因子が存在する。
(3)過石の遊離リン酸を除去すると、pH3.1から3.8と上昇し、また殺菌効果も減少した。しかし、除去した量に相当するリン酸をこの過石に添加すると殺菌効果は回復した(図4)。
(4)過石の主成分の1つである硫酸カルシウムの1,000倍液はpH3.0以下の条件で顕著な殺菌効果が認められた。しかし、pH3.4以上にするとその効果は漸減した(表1)。
(5)過石の1成分である第1リン酸カルシウムの2,000倍液はpH:3.0以下の条件で、殺菌効果を示したが、pH:3.4以上でその効果は漸減した。(表2)。
(6)硫酸カルシウム単独、あるいは弟1リン酸カルシウムと硫酸カルシウムを共存させたときの殺菌効果は過石水溶液よりも劣った。従って、殺菌効果発言には更に他の要因も関与している可能性があった。(図5)。
Ⅲ.過リン酸石灰水溶液の防除効果
(1)20%過石の500及び1,000倍液、10a当り100-200L散布は軟腐病の発生を軽減した(表3)。
(2)20%過石は数分以内で水に溶解し、pH3.0になった。更に、溶解直後から殺菌効果を発現する。
(3)20%過石の500倍液はpH2.0以下でタマネギに薬斑を形成したが、pH2.5以上では認められなかった。
(4)18%過石の500倍液にクエン酸及びリン酸を添加してpH3.0に調整すると、無添加に比ぺて発病は減少した(表4)。ただし、使用する用水の種類によって調整剤の添加量は異なった。
(5)リン酸含量の異なる過石の発病抑制効果をみると、18%可溶性過石は20%に比べて不安定であった(表5-1、-2)。
10.主要成果の具体的数字
図1 タマネギの葉身中空部における粘質物の集積状況
図2 20%および18%可溶性過石水溶液の殺菌効果の比較
図3 18%可溶性過りん酸石灰水溶液のpHと殺菌効果
10分間処理
処理前生菌数(水)2.51×106/mL
処理後生菌数(水)1.43×106/mL
表1 硫酸カルシュウムの殺菌効果
pH | 生菌数 |
2.8 | 0 |
3.0 | 0 |
3.4 | 1.1×104 |
3.8 | 5.8×105 |
4.2 | 6.2×105 |
6.5 | 1.2×106 |
表2 第1リン酸カルシウムの殺菌効果
pH | 生菌数 |
2.8 | 0 |
3.0 | 3.4×101 |
3.4 | 8.0×104 |
3.7 | 1.6×105 |
4.2 | 4.2×105 |
4.6 | 4.0×105 |
表3 20%過石水溶液の濃度
及び散布量が発病に及ぼす影響
濃度 (倍) |
病株率(%) | |
100L散布 | 200L散布 | |
500 | 5.3 | 6.3 |
1000 | 10.5 | 4.6 |
無散布 | 15.8 | 15.8 |
表4 pH調節物質の添加と防除効果
病株率(%) | ||||
重過石 | 過石 | |||
8.6 | 8.16 | 8.6 | 8.17 | |
コハク酸 | 0 | 3.8 | - | - |
クニン酸 | 1.0 | 3.9 | 1.5 | 2.9 |
酒石酸 | 4.8 | 5.7 | 2.7 | 6.5 |
リン酸 | 0 | 0.9 | 2.9 | 2.9 |
無添加 | 7.4 | 8.3 | 6.7 | 8.0 |
対照(水) | 12.6 | 17.0 | 1.4 | 5.6 |
銅・ストマイ | 0 | 0 | 1.5 | 5.7 |
図4 過石中の遊離リン酸が殺菌効果に及ぼす影響
A:20%過石500倍水溶液
B:アセトン、ニチルエーテル処理過石+リン酸
C:リン酸
D:アセトン・エチルエーテル処理過石
E:水
図5 殺菌因子共存下での軟腐病殺菌の死滅
A:20%過石500倍
B:Ca(H2P04)2+CaS04
C:CaS04
D:水
表5-1 過リン酸石灰の茎葉散布と発病の関係−概評
試験 番号 |
効果 | 薬害 | 発生 | 過石 種類 |
会社名 | 回数 | 量(L) | 接種 | pHの調整剤 |
1 | ◎ | - | 多 | 20% | A | 3 | 140 | なし | なし |
2 | ○ | - | 少 | 20% | A | 3.5 | 140 | なし | 〃 |
3 | ○ | - | 少 | 20% | A | 5 | 100-300 | なし | 〃 |
4 | × | - | 中 | 20% | A | 3 | 100-200 | 噴霧 | 〃 |
5 | ◎ | - | 多 | 20% | A | 3 | 100-200 | 噴霧 | 〃 |
6 | ◎ | - | 多 | 20% | A | 5 | 200 | 噴霧 | 〃 |
7 | × | - | 少 | 18 20% |
A・B | 5 | 200 | 噴霧 | 〃 |
8 | ? | - | 少 | 20% | A | 5 | 200 | なし | 〃 |
9 | ? | - | 少 | 20% | A | 5 | 200 | なし | 〃 |
10 | × | - | 中 | 18% | B | 5 | 150 | 噴霧 | リン酸 |
11 | ○ | - | 少 | 18% | B | 7 | 200 | 注射 | 〃 |
12 | ? | - | 少 | 18% | B | 5 | 200 | なし | 〃 |
13 | × | - | 中 | 18% | B | 5 | 200 | 注射 | クニン酸 |
14 | ○ | - | 中 | 18% | B | 5 | 200 | なし | リン酸・クニン酸 |
15 | ○ | - | 中 | 20% | A | 5 | 150 | なし | なし |
表5-2 過石茎葉散布の発病軽減効果の安定性
過石の種類 | 20%過石 | 18%過石 | 計 | |
試験例 | 10 | 6 | 16 | |
効 果 |
有効 | 6 | 2 | 8 |
無効 | 2 | 3 | 5 | |
不能 | 2 | 1 | 3 |
11.成果の活用面と留意点
1)タマネギ葉身中空部にはガラクタン及びアラビナンを含有するペクチン性枯質物が7月〜8月にかけて急増し、これは軟腐病細菌の増進を促進する基質であって、この時期のタマネギ感受性を増大させる。
2)現行、市販されている過リン酸石灰の水溶液茎葉散布はタマネギ難腐病に対する抑制効果が不安定なので使用すぺきでない。また、農薬としては未登録である。
12.残された問題とその対策
1.発病機作(侵入経路など)