【指導参考事項】
完了試験研究成績               (作成平成2年1月)
1.課題の分類  総合農業 作物生産 夏作物
          北海道 畑作 てんさい
2.研究課題名  てんさいの育苗管理と徒長防止技術に関する試験
3.予算区分  道費
4.研究期間  (昭和60年〜平成元年)
5.担当  十勝農試 てん菜科
6.協力・分担関係  なし

7.目的
てんさいの移植栽培は生育期間の延長が主な目的であり、移植技術が関発された当初は育苗期間は30日程度であったが、徐々に育苗期間は長くなり苗の徒長が問題となってきた。てんさいの徒長防止技術については昭和55年に「物理的刺激によるてん菜の移植苗の徒長防止」が道の指導参考になっているが、農家では物理的刺激(接触刺激)の他に苗ずらし、根切り、ビニール敷き育苗等が行われており、また、苗の徒長のために徒長した葉を切る農家もみられ、首の徒長防止に対する農家の関心は大きい。
本試験では、各種の徒長防止技術の有効性と切葉による影響を検討して育苗期間が45日〜50日間に及ぶ場合の健苗育成のための育苗管理技術と苗質の違いによる生育及び収量の差を明かにする。

8.試験方法
1)播種期 3月中旬播き 3月下旬播期
2)徒長防止処理 物理的刺激、苗ずらし、低温育苗、ビニール敷き、切葉処理
3)品種 昭和60年〜昭和63年「モノヒル」、平成元年「スターヒル」
4)試験区設計 乱塊法 8反復 ただし、昭和60年は収量試験4反復、生育調査6反復で実施

9.結果の概要・要約
1)発芽までの積算温度はペーパーポット上の温度で95〜100℃、ハウス内で40〜55℃であった。播種からの発芽までの日数は日平均温度が高いほど早くてぺ一パーポット上の平均温度が約12℃の場合は発芽まで8日を要した。移植苗の葉長は発芽してから移植するまでの平均温度が高いほど長くなり、特に、育苗中期の本葉が展開始めてから本葉の3、4枚目が展開を始める時期の温度が大きく関わっていた。
2)徒長防止の効果が最も大きかったのは、低温育苗区であり、育苗期間が50日程度でも温度管理により徒長防止ができるのが確認できた。しかし、低温育苗区はかなり早い時期から外気に当てるため、凍害や高温害を避けるため管理が難しく、一般的技術ではなかった。また、ぺ一パーポットの下にビニールを敷いて乾燥気味に生育させたビニール敷き区も低温育苗区と同程度の効果があったが、ビニール敷区の場合は苗の全体の生育は劣っていた。苗ずらし区は葉長が無処理区の8割と物理的刺激区と同程度になり徒長防止効果が有効であった。また、苗ずらしをすることにより根の張りが良くなり根部乾物重が増加した。
3)6月中旬までの初期生育は処理による差がみられ、播種期別では3月中旬播きは3月下旬播きと比較して明らかに優っていた。7月上旬では地上部の生育は変わらないが、根部の乾物重は3月中旬播きが依然として優っていた。徒長防止処理別では、低温育苗区、苗ずらし区が優り、逆に、ビニール敷き区は無処理区に比較してやや劣り、切葉処理区ではかなり劣っていた。
4)昭和60年に圃場の表土の乾燥により葉の枯死が観察されたが、処理によって個体当りの枯死した葉の数に差がみられ、移植苗の葉柄長が長いほど多かった。処理別では3月中旬播きの切葉処理区、無処理区が他の処理と比較してかなり多かった。また、葉の枯死の多かった処理はその後の生育が劣り収量も少ない傾向にあった。
5)凍害や霜害を想定してポリバケツに移植した苗を一晩、冷蔵庫にいれて冷温処理した結果、ビニール敷き区、低温育苗区、苗ずらし区で生存率が高くて枯葉数は無処理区、物理的刺激区、切葉処理区で多かった。
6)収量調査の結果、根重、糖量に有意に差がみられたのは昭和63年のみで他の年は有意にならなかった。根中糖分については明かな差は認められなかった。播種期別では、昭和60年を除いて根重は3月中旬播きが3月下旬播きを上回っていた。徒長防止処理別では、低温育苗区、苗ずらし区が他と比べてやや根重が多い傾向にあり、特に生育不良年ではその差が大きくて収量が安定していた。
7)移植苗と収量の関係をみると葉柄長が長いほど収量が少ない傾向にあり、昭和60年のように徒長した葉の枯死によって生育が遅延した場合は収量が減少する場合があった。また、初期生育と収量の関係は明かで、初期生育が旺盛なほど収量は多い傾向にあった。
8)健苗の条件と実際の徒長防止処理別の苗質と照らし合わせてみた結果から徒長防止処理で最も優れていたのは苗ずらし処理であった。苗ずらし処理は徒長防止処理の作業も比較的容易に行うことができて十分な徒長防止効果があり、移植後の生育、障害に対する抵抗性が良くて生育不良年の収量性が優れいることが確認できた。

10.成果の具体的数字


図1 ペーパーポット上の平均温度と発芽までの日数


図2 ハウス内の平均温度と移植苗の葉長

表1 播種期及び徒長防止処理の違いと苗の生育
             (昭和60年度〜平成元年度 5か年平均)
播種期 処理 葉長
(cm)
葉柄長
(cm)
葉身長
(cm)
葉数
(枚)
乾物重
(g/100株)
葉長当りの
茎葉乾物重
(g/cm)
茎葉
3月
中旬
ビニール敷 4.3 1.8 2.6 2.4 6.64 1.38 1.57
低温育苗 4.9 2.0 2.9 3.0 8.70 1.73 1.81
物理的刺激 6.0 2.8 3.3 3.2 10.51 1.97 1.79
切葉処理 6.3 3.9 2.4 3.1 8.99 1.72 1.47
苗ずらし 5.8 2.7 3.1 3.0 8.92 1.91 1.58
無処理 7.4 3.8 3.7 3.0 10.85 1.67 1.47
3月
下旬
物理的刺激 3.8 1.4 2.4 2.3 5.24 0.84 1.39
切葉処理 3.2 1.6 1.6 2.2 4.06 0.73 1.28
苗ずらし 3.7 1.4 2.3 2.2 4.82 0.99 1.22
無処理 4.7 2.0 2.7 2.3 5.57 0.78 1.17
注)ビニール敷きは昭和61年〜平成元年 4か年平均

表2 徒長防止処理別の茎葉乾物重の推移
            (昭和60年度〜平成元年 5か年平均)
播種 処理 5中 5下 6中 6下 7上 無処理に対する比(%)
5中 5下 6中 6下 7上
3


ビニール敷 1.65 8.20 67.8 247.2 484.1 76 93 95 98 99
低温育苗 1.79 8.43 65.4 216.8 434.7 85 102 103 97 99
物理的刺激 2.00 7.84 62.1 214.1 434.7 95 95 98 96 99
切葉処理 1.68 7.02 55.8 206.5 441.2 79 85 88 93 100
苗ずらし 1.81 8.82 65.8 218.5 461.2 86 107 104 98 106
無処理 2.10 8.24 63.4 222.7 439.9 100 100 100 100 100
3


物理的刺激 1.20 6.01 53.9 205.1 437.3 92 102 102 100 98
切葉処理 0.97 5.22 48.2 189.1 421.9 75 89 91 93 95
苗ずらし 1.12 6.07 56.8 215.2 444.6 86 103 108 105 100
無処理 1.30 5.88 52.7 205.0 444.3 100 100 100 100 100
注)ビニール敷きは昭和61年〜平成元年 4か年平均

表3 葉初期及び徒長防止処理別の根部乾物重の推移
                (昭和60年度〜平成元年 5か年平均)
播種 処理 5中 5下 6中 6下 7上 無処理に対する比(%)
5中 5下 6中 6下 7上
3


ビニール敷 0.37 1.61 18.9 115.8 340.9 60 81 95 97 103
低温育苗 0.47 1.81 19.7 101.2 308.5 84 97 114 97 103
物理的刺激 0.58 1.79 17.4 96.8 293.5 100 96 99 93 98
切葉処理 0.46 1.60 14.6 93.2 297.4 79 86 83 90 99
苗ずらし 0.47 1.79 18.6 104.9 317.8 81 96 106 101 106
無処理 0.58 1.86 17.5 104.0 300.6 100 100 100 100 100
3


物理的刺激 0.31 1.10 13.2 89.2 271.5 97 104 101 103 96
切葉処理 0.27 0.97 11.3 77.6 267.6 84 92 86 89 95
苗ずらし 0.31 1.06 13.9 86.9 293.8 97 100 106 100 104
無処理 0.32 1.06 13.1 86.9 282.7 100 100 100 100 100
注)ビニール敷きは昭和61年〜平成元年 4か年平均


図3 移植苗の葉柄長と5月29日の枯葉数の関係

表4 冷温処理による株・葉の枯死
播種期 処理 5月1日処理 5月11日処理
生存
株率
(%)
株当り
枯葉数
(枚)
生存
株率
(%)
株当り
枯葉数
(枚)
3月
中旬
ビニール敷 100 0.05 80 0.25
低温育苗 95 0.26 95 0.16
物理的刺激 75 1.60 55 0.91
切葉処理 80 1.44 50 2.30
苗ずらし 85 0.24 65 0.69
無処理 25 2.00 75 0.47
3月
下旬
物理的刺激 55 0.27 50 0.6
切葉処理 55 0.09 70 0.36
苗ずらし 85 0.12 90 0.00
無処理 45 0.56 60 0.44

表5 収量調査(昭和60年度〜平成元年度 5か年平均)
播種期 処理 茎葉重
(t/10a)
根重
(t/10a)
根中糖分
(%)
糖量
(kg/10a)
3月下旬播き・無処理に対する比(%)
茎葉重 根重 根中糖分 糖量
3月
中旬
ビニール敷 4.77 6.68 17.38 1160 97 102 100 102
低温育苗 4.72 8.72 17.25 1159 98 104 100 103
物理的刺激 4.94 6.61 17.28 1142 103 102 100 102
切葉処理 4.92 6.58 17.20 1132 102 101 99 101
苗ずらし 4.72 6.70 17.29 1158 98 103 100 103
無処理 4.84 6.59 17.19 1131 101 102 99 101
3月
下旬
物理的刺激 4.79 6.48 17.22 1115 98 100 99 99
切葉処理 4.89 6.47 17.28 1116 100 100 100 99
苗ずらし 4.69 6.64 17.27 1146 96 102 100 102
無処理 4.81 6.49 17.31 1123 100 100 100 100
注)ビニール敷きは昭和61年〜平成元年 4か年平均

表6 健苗の条件と苗質  (昭和60年度〜平成元年度 5か年平均)
播種期 処理 葉長
(cm)
葉柄長
(cm)
葉数
(枚)
葉の
厚さ
(cm)
胚軸の
太さ
(cm)
茎葉
乾物重
(g)
根部
乾物重
(g)
茎葉乾物
重/葉長
(g/cm)
*
発根力
(本)
**
初期
生育
3月
中旬
ビニール敷 4.3 1.8 2.4 0.58 1.65 6.64 1.38 1.57 6.8 97
低温育苗 4.9 2.0 3.0 0.58 2.25 8.70 1.73 1.81 10.4 106
物理的刺激 6.0 2.8 3.3 0.68 2.40 10.51 1.97 1.79 5.1 101
切葉処理 6.3 3.9 3.1 0.55 2.10 8.99 1.72 1.47 5.7 91
苗ずらし 5.8 2.7 3.0 0.58 2.30 8.92 1.91 1.56 6.7 105
無処理 7.4 3.8 3.0 0.68 2.40 10.85 1.67 1.47 4.1 100
3月
下旬
物理的刺激 3.8 1.4 2.3 0.55 2.05 5.24 0.84 1.39 10.0 89
切葉処理 3.2 1.6 2.2 0.50 1.80 4.06 0.73 1.26 7.5 82
苗ずらし 3.7 1.4 2.2 0.48 1.70 4.82 0.99 1.22 9.1 91
無処理 4.7 2.0 2.3 0.53 1.90 5.57 0.78 1.17 6.4 88
播種期 処理 障害に対する抵抗性*** ****
収量(%)
乾燥による
葉の枯死
60.5.29
60.6.11
の草丈
(cm)
冷温処理
生存株率
(%)
冷温処理
後枯葉数
(枚)
3月
中旬
ビニール敷 - - 90 0.15 - (100)
低温育苗 0 19.0 95 0.20 103(102)
物理的刺激 0.3 19.6 65 0.88 101(100)
切葉処理 1.6 16.7 65 1.87 100(99)
苗ずらし 0.2 20.5 75 0.47 104(104)
無処理 1.2 18.0 50 1.24 100(100)
3月
下旬
物理的刺激 0.0 18.1 53 0.44 99(99)
切葉処理 0 17.7 63 0.23 99(97)
苗ずらし 0 18.1 53 0.44 99(99)
無処理 0 20.2 53 0.50 99(96)
注)葉の厚さ、胚軸の太さは10株当り(平成元年調査)、乾物重は100株当り。
  *発根力は移植2週間後の株当りの発根数(昭和63年、平成元年調査)
  **初期生育は6月中旬の草丈、葉数、乾物重の3月中旬播き無処理区に対する比の平均値
  ***冷温処理は移植当日、移植10日後の平均値
  ****初期生育不良年の糖量の3月中旬播き無処理区に対する比。
    ( )内は昭和63年、平成元年のみの平均

表7 処理別の苗質の評価
播種期 処理 葉長 葉柄長 葉数 葉の
厚さ
胚軸の
太さ
茎葉
乾物重
根部
乾物重
茎葉乾物
重/葉長
3月
中旬
ビニール敷 カナリ短 カナリ短 ヤヤ厚 ヤヤ細 ヤヤ少 ヤヤ少 ヤヤ多
低温育苗 カナリ短 カナリ短 ヤヤ多 ヤヤ厚 ヤヤ多
物理的刺激
切葉処理 ヤヤ多 ヤヤ太 ヤヤ多
苗ずらし ヤヤ多 ヤヤ厚 ヤヤ多 ヤヤ多
無処理 ヤヤ多
3月
下旬
物理的刺激 カナリ短 カナリ短 ヤヤ太 カナリ少 ヤヤ少
切葉処理 カナリ短 カナリ短 ヤヤ薄 ヤヤ細 カナリ少 カナリ少
苗ずらし カナリ短 カナリ短 ヤヤ薄 ヤヤ細
無処理 カナリ短 カナリ短 カナリ少
播種期 処理 発根力 初期
生育
障害に対する抵抗性 初期生育
不良年の
収量性
乾燥 低温
3月
中旬
ビニール敷 やや悪
低温育苗 カナリ良 ヤヤ多
物理的刺激 ヤヤ良 ヤヤ弱
切葉処理 ヤヤ良
苗ずらし ヤヤ強
無処理
3月
下旬
物理的刺激 カナリ良
切葉処理 カナリ悪 ヤヤ弱 ヤヤ少
苗ずらし カナリ良
無処理 ヤヤ少

11.成果の活用面と留意点
1)移植苗の徒長防止は温度管理が最も重要であり、育苗期間が45日〜50日間になる場合には別記の育苗管理基準を参考にする。
2)徒長防止技術の一つである苗ずらしは、徒長防止の他に根張りを良くし、初期生育も無処理に比べて良く、生育不良年でも収量が安定する。
3)徒長防止を苗ずらしで行う場合は、育苗ハウスの設置場所や温度管理により一度だけの処理では不充分な場合があるので、温度管理に気をつけて苗の生育が進む場合には苗ずらしの時期を早めたり、苗ずらしを再度行うなど工夫が必要である。
4)移植前の切葉処理は初期生育を遅延させるととがあるので極力避ける。

12.残された問題とその対応
1)障害に対する抵抗性の機構の解明
2)より簡易な育苗法の関発(生育調節剤の利用等)