(作成 平成5年2月)
1.課題の分類  総合農業 生産環境 病害虫 病害 小麦−糸状菌病−生態
          農業環境 環境生物 徴生物 寄生菌 Ⅱ−4−b
          北海道 病理昆虫 農業 畑作 3−2−2
2.研究課題名  小麦スッポヌケ病の病因とその防除法(小麦雪腐立枯症の防除対策)
3.予算区分  道資
4.研究期間  完了(昭和62年〜平成3年)
5.担当  北見農試 研究部 病虫科
6.協力分担  なし

7.試験目的
 小麦スッポヌケ病の発生実態及ぴ発生原因を解明し、適切な防除法を検討する。

8.試験研究方法
1)スッポヌケ病の発生実態調査および被害に関する試験
2)スッポヌケ病の病原菌に関する試験
3)スッポヌケ病の感染方法および多発要因に関する試験
4)スッポヌケ病の防除対策に関する試験

9.結果の概要・要約
1.発生実態調査
 1)本病の発生原因は長い間不明であったが、本試験によリ初めて担子菌による病害であることが確認さ
  れた。
 2)本病の発生は網走および十勝支庁管内の内陸部で多く見られ、道央地帯で確認されたのは追分町の
  1圃場のみであった(図1)。
2.病徴
 1)本病の典型的病徴は、小麦分げつの中心葉基部が腐敗することにより、その中心葉の上部が褐色に
  枯凋する。基部が腐敗しているために、このような被害分げつの中心葉はひっぱると抵抗なく抜け、こ
  れが本病の特徴である。接種を行うと株全体が枯凋する場合があるが、自然条件下では条件が整わ
  ないかぎリ稀である。
 2)融雪直後の本病罹病株は、しばしば健全に見えることがある。これは本病病原菌が展開葉に感染せず
  また菌核なども形成しないためで、その後しばらくしてから基部の腐敗した中心葉が褐色に枯凋て初
  めて発病に気付くことが多い。この時期の感染部位はすでに細菌や他の糸状菌が多数混入・繁殖して
  おリ、軟腐症状を呈している。
 3)本病に罹病した小麦の葉鞘間や未展開葉内部には、まれに本病病原菌の菌核が見られ、その形状は
  黒色で薄いかさぶた状で小麦組織内に埋没しない。
 4)一般畑で本病と類似する症状は、雪腐黒色小粒菌核病および褐色小粒菌核病が小麦の地下部のみ
  に感染した場合に見られる。この場合根やクラウンが枯死するため、地上部が褐色に枯凋する類似し
  た症状となり、外観上区別しにくい。しかしスッポヌケ病が中心葉しか抜けないのに対し、小粒菌核病の
  地下部感染の場合、株ごとクラウンから抜け、根やクラウンに球形の菌核が組織内に埋没している。
3.被害
 1)本病は弱小分げつ茎から感染・発病し、激しい場合には主茎まで感染して株全体を枯死させる。
 2)少発生の場合には無発生の場合と同程度の個体当リの穂数が確保されるため、減収の程度は低いが、
  発病茎率が高まると穂数が減リ減収となる(表1)。
4.病原菌
 1)病原菌は好低温性の糸状菌で、菌糸の隔壁部に"かすがい連結"が見られることから担子菌類に属す
  る。しかし現在のところ子実体の形成を認められないことから、分類学的所属は確定できない。
 2)本菌は菌核の形状・病徴およびダイモン交配の結果から、同じ担子菌類に属する雪腐病菌Typhula
  incarnataおよびT.ishikariensisとは、本菌は異なる低温性担子菌であると考えられる(表2)。
 3)カナダなどで発生しているLTBは培養性質および病原性など非常に変異に富む菌の総称である。この
  中で菌核形成タイプ(SLTB)は培養性質が本菌にやや似るが、記載されている小麦に対する病徴は異
  なる。さらにLTBのモノカリオンと本菌とのダイモン交配は認められなかった。以上のことから本菌は
  LTBと異なる担子菌であり、本病は小麦の新病害であると考えられる(表3)。
 4)本菌はペレニアルライグラス・トールフェスク・レッドフェスク・オチャードグラス・クンタッキーブルーグラス・
  レッドトップ・コロニアルペントクラス・チモシーに病原性を示した。またクリーピングベントクラスは品種に
  よって反応が異なった。
5.発生生態に関する試験
 1)野外において越夏した本菌の菌核は、次作の感染源に十分なリうる。
 2)菌核が土壌中に存在する場合でも本菌は小麦に感染できるが、感染力は低下する。
 3)菌核からの菌糸の伸長は、積雪下で始まリ、根雪後少なくとも50日目には発病が観察された。
 4)小麦の中心葉基部への到達経路は、クラウンや外側の葉鞘からの貫入ではなく、葉鞘上端葉舌部の
  隙間から各葉位の葉鞘間を迷走し、中心葉基部へ到達・感染するものと考えられる。
 5)小麦の播種時期が遅くなるほど発病は高まる。
 6)基肥の高度化成肥料の施用量が、窒素量で10㎏/10aを越えると発病が少なくなる傾向にあった。
 7)pH土壌の高い土壌(7.0〜7.5)では、土壌中菌核からの発病が少ない傾向にあったが、適正な土壌pH
  (5.5〜6.0)では発病は高かった。
6.防除対策に関する試験
 1)北海道栽培品種は概ね本病に強い傾向にあったが、その中で「ポロシリコムギ」は最も罹病性、道東地
  帯の基幹品種「チホクコムギ」は低抗性と判定された(表4)。
 2)供試した品種・系統の、他の雪腐病および耐凍性に対する抵抗性と、本病に対する反応との間には一
  定の傾向は認められなかった。
 3)「チホクコムギ」と「ホロシリコムギ」の抵抗性の差、および基肥の多施用による発病の軽減効果は、播
  種が9月中旬以前の場合顕著であるが、9月下旬以降に播種した場合は、いずれの処理も多発すること
  によリ差が認められなくなる(図2)。
 4)殺菌剤ではトルクロホスメチル水和剤およびメプロニル水和剤が安定して高い防除効果を示し、薬害も
  認められなかった。
 5)殺菌剤の散布時期は根雪目に近いほど防除効果が高かった。
 6)殺菌剤の効果についても、播種時期が遅い小麦の場合は、適期播種の小麦に対する散布に比べやや
  効果が劣る傾向にある(図2)。
 7)播種時期・枷日量を適性に行い、抵抗性の品種を選定し、さらに薬剤防除を行うことによって、本病の
  発生をほぼ完全に押さえることができた(図2)。

10.主要な成果の具体的数字

図1  小麦スッポヌケ病の発生分布

 

表1  播種時期の違いによるスッポヌケ病の発病程度と被害
播種日 発病茎率(%) 穂数(本/㎡) 対無接種 収量(kg/10a) 対無接種
9月15日 5.4 629.2 (105) 583.3 (101)
9月25日 51.0 454.7 (101) 475.0 (93)
10月5日 71.3 193.3 (42) 208.3 (39)

表2  スッポヌケ病病原担子菌とTyphula incarnataおよびT.ishikariensisとのダイモン交配結果
スッポヌケ病
病原担子菌
(Dikaryon)
Tester monokaryon
Typhula
incarnata
Typhula ishikariensis
biotype A biotype B biotype C
1,S-1 O-3 Skwh-6 E-12 Tu-17 17.5-7 AFwh-m
Sps-2 - - - - - - -
Abs-1C - - - - n.t. - -
Tk-7S - - - - - - -
Smz-1RS - - n.t. - n.t. - -
-:テスターのモノカリオンにかすがい連結の形成が見られない
n.t.:未試験

表3  スッポヌケ病病原担子菌およびカナダ産LTBの培養性質
菌株 菌糸幅
(μm)
クランプ 菌核 色素 生育
適温
(℃)
氷点下で
の生育
病原性
コムギ リンゴ
Supponuke Sps-1 3.4(2.7〜4.1) + + 10 + + ++c
Abs-1C 3.1(1.7〜5.1) + + 10 + + ++c
LTB LRS-067
(C.psychromorbidus)
2.4(0.7〜3.4) 25 b c
LRS-013(LTB) 3.4(2.7〜4.1) h.k.a 15 + +b +c
LRS-059(SLTB) 4.1(2.7〜6.8) + + 10 + +b ++c
LRS-233(FRLTB) 3.8(1.7〜5.1) 15 + ? +c
a:hyphal knot、b:Gaudet氏私信、c:++〜軟腐症状、+〜水浸状、−〜変化なし

表4  スッポヌケに対する品種・系統の抵抗性
品種・系統 スッポヌケ発病茎率(%) 雪腐病特検内容**
 平均   '89/90*   '90/91a   '90/91b  Sb Ti Fn Fr
赤銹不知1号 10.1 5.6 16.9 8.0
ホクエイ 10.8 6.7 13.8 12.1
チホクコムギ 13.2 11.1 4.7 23.9
タクネコムギ 15.1 5.8 13.3 26.4 × ×
ムカコムギ 23.3 27.3 13.3 29.5
タイセツコムギ 31.2 25.3 29.0 39.5
ホロシリコムギ 39.4 35.3 32.8 50.2
*:接種菌株('89/90:Kun-48fs、'90/91a:Okt-ls、'90/91b:Tk-8)
**:各種雪腐病および凍害に対する品種・系統反応(北見農試 小麦科)
 Sb:雪腐大粒菌核病、Ti:雪腐小粒菌核病、Fn:紅色雪腐病、Fr:凍害
 ×:弱、△:中、○:強、◎:極強

11.成果の活用面と留意点
1)播種時期が遅れると、品種の抵抗性や薬剤散布の効果が低くなるので、道東地方の播種適期を守る。
2)低抗性の品種を作付けする。
3)雪腐小粒菌核病に対して現時点で指導参考となっている殺菌剤(有後銅水和剤を除く)は、本病に対して
 効果がある。

12.残された問題とその対応
1)本病の低温性病原担子菌の同定
2)新品種の抵抗性の確認