1.課題の分類 2.研究課題名 市場対応型農業生産法人の経営戦略と組織 (農業法人化の動機とその成立・誘導条件 −市場対応型農業生産法人における組織運営の確立) 3.予算区分 道費 4.研究期間 平成5年〜6年 5.担当 十勝農試 経営科 原 仁 6.協力・分担関係 中央農試 経営部経営科 根釧農試 経営科 |
7.目的
畑作物価格の低迷が続く中で、畑作農家は、今後とも規模拡大や野菜導入により所得の維持・拡大を図っていく必要がある。しかし、労働力、資金不足からこのような対応を取れない農家も多い。
本研究ではこれら農家の新たな経営展開形態の1つとして、複数戸による農業生産法人をとらえ、その野菜導入・定着過程における経営戦略、組織運営の手法を明らかにする。
8.試験研究方法
1)畑作地帯における複数戸による農業生産法人と個別経営の比較
2)畑作地帯における複数戸による農業生産法人の先発事例と後発事例の比較
9.結果の概要・要約
1)農業生産法人の設立を契機とした野菜作導入・定着過程の生産性、収益性の特徴
A事例(昭和50年7戸で設立。昭和58年より野菜導入)と畑作個別経営の生産性、収益性の比較分析より、生産性では、機械施設の効率的利用による資本生産性向上と野菜導入・定着による土地生産性の向上をとらえることができ、また、これらと野菜の導入・定着による就業機会の増加により、畑作個別経営以上の農家1戸当り所得の向上を認めることができる(表1)。
2)農業生産法人の野菜導入・定着過程における経営戦略と組織運営手法
新たな経営展開は、経営の効率化による余剰資源の創出を前提とし、その定着化は新展開による成果の高付加価値化、安定化によって図られる。すなわち、新たな経営展開は、効率化→拡大→安定化という3つの段階を経ることになる。複数戸による農業生産法人の設立を契機とした野菜作の導入・定着過程の経営戦略と戦略実現のための組織運営手法をA事例の分析を基に明かにした(表2)。
(1)第1期(効率化)
第1期は、共同化による資源を最大限に活かすために、規模の有利性を追求する戦略を取る。また、戦略遂行のための組織運営手法として、作物毎に担当者を決める専任性をとり、技術修得の促進、作業のマニュアル化を図る。事例では、借地による規模拡大、農地・作付の団地化、基盤整備により規模の有利性追求され、高い資本生産性、少ない労働時間、作業のマニュアル化という成果を得る。
(2)第2期(拡大)
第2期は、第1期の効率化で得た労働力を活かし、高収益作物の導入による事業領域の拡大を図る戦略を取る。組織運営上では第1期の作業のマニュアル化で可能となった担当者交替(輪番性)で人材育成を図ると共に、中核的人材を新作物部門へ投入し、新たな作物の技術修得促進、作業のマニュアル化を図る。事例では、情報収集、経営分析、労働力、新技術修得を踏まえた野菜導入が図られ、土地生産性、収益性が向上した。
(3)第3期(安定化)
第3期は、不安定な新作物の収益性を改善すべく、販売方法の改善により新作物の高付加価値化、安定化を図る。その活動は第2期の人材育成による、意思決定の分権化、情報収集の専門化が進み、販売活動に重きをおけるリーダーを中心に行われる。事例では、情報収集、経営分析、外部との交渉によって、キャベツの産地化、コーン・人参の契約栽培・販売先多元化、苺・人参の作業受託が行われ、作物の再編成(低収、不安定作物の縮小・中止→高収、安定作物の増加)も実施される。
また、以上から、経営展開における戦略と組織運営手法の同時平行的な関係も指摘できる。
3)地域農業の担い手としての農業生産法人(複数戸)の育成
(1)先発事例(A事例)と近年設立の新規事例(B事例)においても、上記で明らかにされた経営戦略(規模の有利性追求→事業領域拡大→高付加価値化、安定化)と戦略実現のための組織運営手法(専任性、輪番性、分権化、専門化)が展開されていることを確認することが出来(表2)、今後の育成指導に当たっても、この手法が重要であることを指摘できる。
(2)しかし、B事例は短期間でかつ少ない人数で戦略の展開、組織の成熟を図ろうとしているため、共同による機械施設投資節減効果は認められるものの、まだ、土地、作付の団地化、基盤整備が不十分、情報収集、経営分析のための人材、時間が不足しているため充分な成果を得ていない。
(3)今後、畑作経営で野菜導入を前提とした複数戸による農業生産法人を検討する場合、その計画段階においては、上記の経営戦略と組織運営手法を充分意識した計画策定が求められる。また、今後の生産環境を考慮すると、B事例のように短期間で各段階を実施することが求められ、育成指導に当たっては、効率化段階の土地の団地化、借地契約の長期化、拡大段階の新作物の情報提供・技術指導、経営分析に関わる婦人を含めた人材育成を積極的に支援する必要がある。野菜の高付加価値化、安定化のためには地域の野菜販売力の早期強化が望まれる。
表1 A農事組合と畑作個別経営の生産性、収益性の比較
単位 | 52年 | 53年 | 54年 | 55年 | 56年 | 57年 | 58年 | 59年 | 60年 | 61年 | 62年 | 63年 | 1年 | 2年 | 3年 | 4年 | |||
生 産 性 |
耕地10a 当り 農業所得 |
個 | 千円 | 22.0 | 39.4 | 43.0 | 49.3 | 33.9 | 39.0 | 25.9 | 33.6 | 30.5 | 31.2 | 31.3 | 31.8 | 28.1 | 26.8 | 35.7 | 34.4 |
A | 千円 | 9.2 | 11.0 | 10.8 | 8.7 | 10.9 | 13.7 | 14.0 | 15.6 | 17.6 | 16.6 | 18.8 | 17.7 | 19.9 | 23.5 | 22.5 | 20.0 | ||
農業固定 資本 千円当り 農業所得 |
個 | 円 | 979 | 1526 | 1644 | 1643 | 748 | 1001 | 661 | 657 | 539 | 543 | 631 | 601 | 538 | 542 | 680 | 733 | |
A | 円 | 4815 | 1886 | 2132 | 2376 | 3004 | 3506 | 1609 | 987 | 1243 | 1430 | 1487 | 1252 | 1626 | 1468 | 1554 | 995 | ||
家族労働 10時間 当り 農業所得 |
個 | 千円 | 10.8 | 25.2 | 23.9 | 30.4 | 20.1 | 24.9 | 17.5 | 23.9 | 20.8 | 22.2 | 26.7 | 23.1 | 22.6 | 20.4 | 25.7 | 15.1 | |
A | 千円 | 15.2 | 14.0 | 14.9 | 14.5 | 19.0 | 21.3 | 21.4 | 20.9 | 23.8 | 20.7 | 23.2 | 19.2 | 16.5 | 20.7 | 18.0 | 18.1 | ||
収 益 性 |
農家1戸 当り所得 |
個 | 万円 | 521 | 998 | 1025 | 1249 | 853 | 981 | 698 | 903 | 811 | 844 | 864 | 890 | 816 | 780 | 973 | 845 |
A | 万円 | 518 | 538 | 535 | 501 | 627 | 775 | 715 | 797 | 901 | 849 | 963 | 907 | 1020 | 1208 | 1155 | 1025 | ||
農業 所得率 |
個 | % | 37.1 | 49.6 | 49.7 | 50.4 | 37.8 | 38.9 | 32.5 | 35.2 | 30.8 | 31.0 | 31.8 | 31.8 | 30.8 | 29.3 | 36.3 | 34.1 | |
A | % | 31.4 | 29.9 | 31.1 | 29.5 | 28.5 | 33.1 | 32.2 | 24.5 | 27.9 | 27.1 | 29.0 | 27.0 | 28.2 | 31.0 | 28.8 | 25.4 |
表2 市場対応型農業生産法人の経営展開における経営戦略と組織運営
経営展開 | 第1期 効率化 | 第2期 拡大 | 第3期 安定化 | ||
組織戦略の 展開過程 |
共同化した資源を基に 規模の有利性の追求 ↓ ↓ 余剰労働力・資金の創出 |
野菜導入により 事業領域拡大 ↓ ↓ 収益性は向上したが不安定 |
販売方法の改善により 野菜の高付加価値化、安定化 資金・情報集積 |
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組織運営に 必要な手法の 成熟過程 |
技術修得促進 マニュアル化 ↓ ↓ 係の専任制 |
人材育成 ↓ ↓ ↓ 係の輪番制 |
マーケティング能力向上 ↑ ↑ 意思決定の分権化 情報収集の専門家 |
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不可欠な条件 | 農地の団地化、基盤整備 作付の団地化、技術修得 |
情報収集、新技術修得、経営分析 雇用労働力、資金的余裕 |
情報収集、経営分析 交渉力 |
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A農事 組合 昭和50年 設立 (7戸) |
(昭和50〜昭和55年) [借地による規模拡大] 経営規模193ha→350ha [1戸当り労働時間] A1戸当:3,567時間 個別経営:4,891時間 (52-55年平均) [高水準の資本生産性] 農業固定資本千円当農業所得 A組合:2,802円 個別経営:1,448円 (52-55年平均) |
(昭和56〜昭和61年) [新作物導入] 畑作:小麦、ピート、豆類 野菜:キャベツ、ごぼう、白菜、 試験人参、コーン (昭和61年) 野菜の作付割合 0%→4.9% 粗収入割合 0%→8.6% [土地、労働生産性向上] |
(昭和62年〜) [高付加価値化] キャベツ産地化 [契約栽培、取引先多元化] コーン、人参 [作業受託] いちご、人参 [野菜の再編、位置付け] 人参 減:白菜、ごぼう 増:コーン、キャベツ 《61→2年》 作付割合4.9%→16.3% 粗収入割合8.6%→26.5% |
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A土地 組合労働 |
《50-55→56-61平均》 9.3千円→14.7千円 13.2千円→21.1千円 |
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個別土地 経営労働 |
38.4千円→32.3千円 22.6千円→21.6千円 |
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B農事 組合 平成3年 設立 (4戸) |
[借地による規模拡大] 設立当初経営規模 58ha→100ha [集約度、生産性、所得]3-5年 10a当り農業固定資産24.1千円 (個別経営49.7千円) 耕地10a当り農業所得19.9千円 農業固定資本千円当〃 630円 家族労働10時間当〃 11.1千円 1戸当り農業所得 503万円 |
[新作物導入] 設立当初から導入 アスパラ、大根、人参 ホウレン草、キャベツ、白菜 |
[高付加価値化] 設立3年目からまだ、 少量出荷だが ・大根の加工出荷(5年末より) ・馬鈴薯の加工(6年より) [契約栽培] 設立当初から ・コーン、人参 |
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共同による機械施設費用の低減効果は大きいが、農地不足のため、野菜を大幅に導入。 しかし短期間に多品目の野菜の生産・販売を行っているため、まだ充分な成果(生産性、所得)は上がっていない。 |
11.成果の活用面と留意点
野菜の生産・販売における指導機関の積極的な助言指導が不可欠である。
12.残された問題点とその対応
地域農業振興に関わる市場対応型農業生産法人の役割について