成績概要書(作成 平成11年1月)
課題の分類
研究課題名  てんさいの遺伝子導入のための組織培養技術の確立
       (細胞・組織培養技術の開発)
予算区分  道 費
担当科  中央農試 生物工学部・細胞育種科
研究期間  平成6〜10年度
協力・分担関係  なし

1.目  的
 てんさいの遺伝子導入に利用可能な効率的、安定的な細胞・組織培養技術を確立する。

2.試験方法
1)カルスからの再分化系の確立
 (1) 供試材料:北海道農業試験場育成系統(4)、栽培品種(2)
 (2) 培養方法:てんさい種子を殺菌後、発芽培地(MS、植物ホルモン無添加)に播種して暗所で培  養。伸長した下胚軸を約1cmの長さに切断し1個体よりそれぞれ6片をカルス形成培地(MS、1mg/l  BAP)に置床して暗所で7週間培養。形成されたカルスは不定胚形成培地(MS、1mg/l BAP)に置
  床して明所で5週間培養。形成された不定胚は健全植物体獲得のため不定胚発芽培地(MS等、植  物ホルモン無添加)に置床し、さらに同組成の培地に数回継代。
2)プロトプラスト培養系の確立
 (1) 供試材料:北海道農業試験場育成系統「NK-219mm-O」
 (2) 培養方法:継代後4〜5日目の液体懸濁培養細胞を酵素液で処理してプロトプラストを単離。洗  浄、精製後、アガロースに包埋して培養(MS等、0.25mg/l BAP)を開始。2〜5週間後、分裂した  プロトプラストを含むアガロースプレートをカルス肥大培地(MS、0.25mg/l BAP)上に置床。3  〜4週間後、直径1〜2mm程度になった小カルスを直接あるいは再度カルス肥大培地で増殖後、不  定胚形成培地(MS、1mg/l BAP、1mg/l ABA、1mg/l TIBA)に置床。形成された不定胚は健全植物  体獲得のため植物ホルモン無添加の培地に置床し、さらに同組成の培地に数回継代。

3.結果の概要
1)北海道農業試験場育成系統の「NK-219mm-O」は、他の系統あるいは栽培品種に比べて、下胚軸か らのカルス形成能およびカルスからの不定胚形成能が極めて高かった(表1)。また、この系統は、 他の系統と異なり葉片からも高率でカルスを形成した。
2)不定胚形成培地の植物ホルモンとしてBAP、ABAおよびTIBAをそれぞれ1mg/l添加したM8培地は、
 BAP単独のM2培地に比べて不定胚形成率が著しく高くなり、形成数も10倍近くに増加した(表2)。 また、このM8培地は他の品種・系統にも極めて効果的だった(表3)。
3)カルスより形成される不定胚の大部分がビトリフィケーションを起こしていた。このためビトリ フィケーションを起こしたまま茎葉を分化し、発根して鉢上げが可能な健全植物体は継代を数回繰 り返すことで出現したが、形成率は低かった。早期に効率よく健全植物体を獲得するには、不定胚 の置床および継代の際に培養瓶のキャップとして通気性の良いメンブレン付アルミ箔(0.02ミクロ ン程度のフィルターを有する)の使用が効果的であった(表4)。また、メンブレン付アルミ箔は、 ビトリフィケーション苗から健全苗を再生させるのにも極めて効果的だった(表5)。
4)不定胚形成能の高い「NK-219mm-O」の液体懸濁培養細胞よりプロトプラストを単離し、培養する ことで、不定胚、さらには健全植物体を得ることができた(表6、7)。但し、プロトプラスト由来 不定胚からの健全植物体の形成は、カルス由来に比べて時間がかかり、形成率もやや劣った。
5)以上より、てんさいの遺伝子組換えに利用可能なカルスおよびプロトプラストからの効率的、安 定的な植物体再分化系を確立することができた。

 表1 下胚軸からのカルス形成とカルスからの直接不定胚形成およびカルスからの不定胚形成
系統名 供試
個体数
カルス形成率(%) 直接不定胚形成率(%)1)   供試数 不定胚形成率(%)
個体当たり 切片当たり 個体当たり 切片当たり 個体 カルス 個体当たり カルス当たり

TK-80-2BRmm-O
TK-80-2BRmm-CMS
NK-219mm-O
NK-183BRmm-CMS

 20
 17
 17
 10

45.0
52.9
100.0
50.0

 25.0
 34.3
 75.5
 18.3

  10.0
  5.9
  70.6
  10.0

  2.5
  2.0
 15.7
  5.0

  8
  9
 17
  5

 58
 90
130
 30

 12.5
 22.2
 64.7
 80.0

5.2
7.8
30.8
26.7
 1)カルスを移植することなく不定胚が形成した割合

表2 カルスからの不定胚形成におよぼす植物ホルモン組合せの影響1) 
培地
NO.
植物ホルモン(m/l) 不定胚形
成率 (%)
全不定
胚数
BAP ABA TIBA

M1
M2
M3
M4
M5
M6
M7
M8

-
1.0
-
-
1.0
1.0
-
1.0

-
-
1.0
-
1.0
-
1.0
1.0

-
-
-
1.0
-
1.0
1.0
1.0

10.0
30.0
40.0
25.0
62.5
75.0
35.0
85.0

 6
34
27
33
167
113
22
321
 1)供試系統は「NK-219mm-O」,置床カルス数は40

表3 下胚軸カルスからの不定胚形成におよぼすM8培地の効果
品種・系統名 培地
NO.
供試数
カルス
不定胚形
成率 (%)
全不定
胚数

TK-80-
  2BRmm-O

M2
M8

 25
 25

  8.0
 48.0

  2
 53

TK-80-
  2BRmm-CMS

M2
M8

  8
  8

  0.0
 37.5

  0
  5

NK-183BRmm-CMS
 

M2
M8

  6
  9

 33.3
100

  9
 93

スターヒル
 

M2
M8

 95
 95

 14.7
 45.3

 35
254

エマ

 

M2
M8
 

 65
 65
 

 12.3
 43.1
 

 10
142
 

表4 健全植物体形成におよぼす胚の状態と基本培地の影響1)
胚の状態 基本培地 健全植物体
形成率(%)2)


正常
 

 MS
 PGo
 B5

 63.3 ( 60.0)
 66.7 ( 50.0)
 66.7 ( 56.7)

ビトリフィ
ケーション

 MS
 PGo
 B5

 43.3 ( 26.7)
 53.3 ( 26.7)
 53.3 ( 16.7)

 1)キャップはメンブレン付アルミ箔を使用
 2)( )内は葉長が2cm以上の苗、置床胚数は30、調査は2ヶ月後

表5 ビトリフィケーション苗からの健全苗の形成におよぼす基本培地とキャップの影響
基本培地 キャップ1) 14週間後の健全苗形成率(%)2)
実験1 実験2 平 均

MS
PGo
B5

 A
 A
 A

12.0 ( 6.7)
50.7 ( 37.3)
50.7 ( 37.3)

30.0 ( 23.3)
90.0 ( 56.7)
73.3 ( 43.3

 21.0 ( 15.0)
 70.3 ( 47.0)
 62.0 ( 40.3)

MS
PGo
B5

 S
 S
 S

60.0 ( 40.0)
77.3 ( 53.3)
81.3 ( 58.7)

90.0 ( 53.3)
93.3 ( 70.0)
96.7 ( 73.3)

 75.0 ( 46.7)
 85.3 ( 61.7)
 89.0 ( 66.0)
 1)A:アルミキャップ、S:メンブレン付アルミ箔
 2)( )内は葉長が2cm以上の苗、置床苗数は75(実験1)、30(実験2)

表6 プロトプラスト培養での不定胚形成におよぼす培養過程と培地の影響
培養過程1 基本培地 カルス
置床数
不定胚
形成率(%)
全不定胚
置床カルス
当り胚数
 A
 
 MS
 PGo
  79
 128
36.7
43.8
 230
 427
 2.9
 3.3
 B
 
 MS
 PGo  
  41
  93  
26.8
30.1  
 103
 173  
 2.5
 1.9  
 1)A:小カルスを直接不定胚形成培地へ置床
  B:小カルスを再度カルス肥大培地で増殖後、不定胚形成培地へ置床

表7 プロトプラスト由来不定胚からの健全植物体の獲得1)
培 地 健全植物体形成率(%)2)
実験1 実験2 平均
1/2N-MS3)
1/4N-MS
PGo
 
  48.0
  28.0
  12.0
 
 54.3
 45.7
 45.7
 
 51.2
 36.9
 28.9
 
1)実験1は5ヶ月後、実験2は6ヶ月後まで調査
2)置床胚数は25(実験1)、70(実験2)
3)NH4NO3量が1/2

4.成果の活用面と留意点
1)今回確立した効率的、安定的な植物体再分化系は、テンサイそう根病抵抗性素材作出のための アグロバクテリウム法あるいはエレクトロポレーション法による遺伝子導入技術に利用できる。
2)カルス形成およびカルスからの不定胚形成は、品種・系統間差が著しいので、再分化の困難な 品種・系統については、さらなる培養条件の検討が必要である。

5.残された問題点とその対応
1)てんさい育種におけるバイオテクノロジー技術の積極的な利用。
2)てんさいの遺伝子型に左右されない培養系の確立。
3)遺伝子組換え技術の確立とテンサイそう根病抵抗性遺伝子の導入による抵抗性素材の作出。