成績概要書　　　　　　　（作成　平成1３年１月）

課題の分類 研究課題名：タンパク質高含有率種子を利用した乾田直播水稲の苗立ち安定化法 　　　　　　　　（水稲乾田播種早期湛水栽培を中核とする寒地の大規模稲麦栽培体系の実証） 予算区分：総合研究（地域総合） 研究期間：平成９〜12年 担当研究室：北海道農試　総合研究部　総研１チーム 担　当　者：湯川智行・渡辺治郎，大下泰生，粟崎弘利 協力分担関係：

１．目　的
　水稲の乾田播種早期湛水栽培（乾田直播）においては，苗立ちの良否が大きく収量に影響を与える要因であるため，苗立ちを安定化することは極めて重要である。最近，水稲親植物に窒素追肥を行って，種子中のタンパク質含有率を高めた種子を利用することにより苗立ちが高まることが報告された。本知見の寒地乾田直播への適用の可能性とタンパク質高含有率種子（高タンパク種子）の生産方法について検討する。

２．方　法
１）北海道の乾田直播で用いられている「ゆきまる」を供試し，高タンパク種子の人工条件下（17℃）での出芽，苗立ちの変化について調査した。
２）圃場条件下での高タンパク種子の苗立ちについて，播種深度や酸素発生剤を粉衣，無粉衣の場合ついて調査した。
３）乾田播種早期湛水栽培の栽培体系に基づき，実際に高タンパク種子を用いてアップカットロータリシーダにより播種作業を行い，苗立ちの良否と生育について普通種子と比較した。
４）異なる土壌や施肥条件下でタンパク質含有率との関係を調査し，高タンパク種子の生産方法について検討した。

３．結果の概要
１）人工気象条件下（17℃）において，酸素発生剤を粉衣した高タンパク種子は同じく粉衣した普通種子に比較して，出芽速度，出芽率ともに高かった（図１）。また，酸素発生剤無粉衣の高タンパク種子の出芽速度および出芽率は，酸素発生剤粉衣の普通種子とほぼ同じ高さであった。
２）播種が浅い0.5，１㎝の深度では，酸素発生剤を粉衣しない高タンパク種子と酸素発生剤粉衣の普通種子の苗立ち率はほぼ同等に高く，播種深度が２㎝，３㎝では酸素発生剤を粉衣しない高タンパク種子の苗立ち率がやや高い傾向にあった（図２）。
３）機械播種の苗立ち率は，酸素発生剤粉衣高タンパク種子＞無粉衣高タンパク種子＞粉衣普通種子＞無粉衣普通種子の順であった（図３）。酸素発生剤を粉衣した高タンパク種子の苗立ちは最も高く，また酸素発生剤無粉衣の高タンパク種子は，酸素発生剤粉衣の普通種子程度に苗立ちが高かった。高タンパク種子は初期の生育の早いことが特徴的であった。現地実証栽培においても高タンパク種子は良好な苗立ちを示した（図４）。
４）苗立ちを高めるための種子タンパク含有率は９％以上であり，９％以上の高タンパク種子を作出するためには，淡色黒ボク土，灰色低地土水田では20㎏，低位泥炭土水田では10㎏の窒素施用が必要であるが，基肥半量，出穂期半量の追肥より効率的に生産できる（図５）。

４．成果の活用面と留意点
１）高タンパク種子に酸素発生剤を粉衣することにより，より高い苗立ちを得ることができ，高タンパク種子を用いることによりこれまでの酸素発生剤を粉衣した種子程度の苗立ちが確保できる。
２）高タンパク種子を利用することにより初期生育を促進できる。
３）窒素追肥を行った稲体の倒伏や病害虫管理に留意すること。また，高タンパク種子の生産に供試した圃場の後作付けには肥培管理に留意する。また，成熟期の遅延に注意する。
４）乾田直播で供試されている品種「ゆきまる」に適用する。
５）本技術は，「種子内窒素は水稲幼植物の生育を速め苗立ちを向上させる」（北陸農業研究成果情報14）及び特許第3044295号に基づき，寒地の乾田直播向け技術として開発したものである。

５．残された問題点とその対応
　高タンパク種子を利用することによる苗立ち安定化の機作については，初期生育が促進されることから発芽関連の酵素タンパクの増加等が考えられるが解明されておらず，今後の検討が必要である。また，土壌，生育診断等に応じた効率的な追肥時期や施用量，湛水直播栽培での効果についての検討が必要である。