成績概要書(2002年1月作成)
研究課題:受精卵の遺伝子解析による牛の遺伝性疾患診断法の開発       
担当部署:北海道立畜試  畜産工学部 遺伝子工学科、受精卵移植科
                  家畜生産部 育種科
協力分担:なし
予算区分:道費
研究期間:1998〜2000年度

1.目的
 近年、白血球粘着不全症、バンド3欠損症など牛の遺伝性疾患の原因遺伝子に ついての
解明が進み、遺伝性疾患保因牛の排除が進められているが、全ての保因 牛を排除する
には長い年月を要する。いくつかの遺伝性疾患についてはその診断 法も開発されているが、
後代に遺伝性疾患が遺伝するか否かは実際に子牛が出生 した後でなければわからない。
移植前の受精卵の段階で遺伝性疾患の診断ができ れば、遺伝性疾患保因牛由来の受精卵
のなかから原因遺伝子を持たない受精卵を 選別することが可能となり、育種改良に大きく
貢献できる。そこで、受精卵の段 階における牛の遺伝性疾患診断法の開発を行った。

2.方法
1)受精卵からの細胞採取法の検討
2)細胞からのDNA抽出法の検討
3)PCRに用いるDNAサンプル量の検討
4)牛受精卵における「バンド3欠損症」の診断

3.結果の概要
1)先端を研磨したマイクロピペットを用いて、受精卵から少数の細胞を吸引採取する方法を
開発した。この方法は切断による採取に比べて受精卵に対する損傷が小さく、桑実期胚および
小型化桑実期胚から1〜4個の細胞を採取することができた(図1、表1)。

2)培養細胞を用いて、細胞からDNAを抽出する方法を検討した。酵素法の場合は、加熱法
および凍結融解法と比較して、1細胞または3細胞のいずれにおいても安定的にDNAの増幅が
できた。よって少数の細胞からゲノムDNAを抽出するには、酵素法が適していることが明らか
となった。

3)100pgから3pgまで階段希釈した牛白血球由来ゲノムDNAを用い、PCRに用いることのできる
最少DNAサンプル量を検討した。細胞1個に相当する3pgのDNAサンプル量でもPCR産物が
得られることが明らかとなった(図2)。

4)受精卵の段階で遺伝性疾患を診断する方法について、バンド3欠損症をモデルとして検討した。
受精卵の一部の細胞から抽出したDNAを用いてPCRを行い、PCR産物を制限酵素Dra
消化することにより、原因遺伝子保因の有無を診断することができた(図3、表2)。
また、同時に抽出したDNAを用いた性判別も可能であり(図4)、バンド3欠損症の診断と性判別を
同時に行った受精卵39個のうち、バンド3欠損症はすべてにおいて(100%)、性判別では1つを
のぞいて(97%)診断および判別が可能であった。

 以上のとおり、牛受精卵から採取した少数の細胞を用いて、バンド3欠損症の診断および
性判別を同時に行う方法を開発した。また、その手法をプロトコルとして示した。



図1 受精卵からの細胞採取法



図2 DNAサンプル量とPCR



図3 PCR産物の酵素消化によるバンド3欠損症の診断



図4 PCRによる受精卵の性判別


表1 細胞採取後の受精卵の細胞数
  供試
受精卵数
細胞採取後の
受精卵の細胞数
吸引法 16 36.1±2.6
切断法 15 23.3±2.1

表2 受精卵におけるバンド3欠損症の診断

供試
受精卵数
判別 判別率
(%)
正常
受精卵
ヘテロ
保因受精卵
不明
62 36 25 1 98.4


4.成果の活用面と留意点

1)本診断法は、牛生体においてPCR-RFLP法により診断可能な遺伝性疾患の診断に
応用可能と考えられる。しかし、遺伝性疾患の診断法は、特許取得または出願されて
いるものがあり、営利目的の利用には特許実施の承認が必要である。
2)細胞を採取する受精卵が小型化桑実期およびそれ以前の場合は吸引法、それ以降
(胚盤胞期、拡張胚盤胞期)の受精卵は切断法により細胞を採取するのが望ましい。
3)受精卵からの細胞採取法および本診断法に関しては現在、特許出願中である。

5.残された問題とその対応
1)3項目以上の遺伝性疾患や経済形質を効率的に判別する方法の検討