成績概要書(2002年1月作成)
研究課題:ジャガイモ疫病菌の系統の変遷と圃場抵抗性品種の罹病化の要因解明       
担当部署:農研機構 北海道農研 生産環境部 病害研
協力分担:
予算区分:経常
研究期間:1996〜2000年度

1.目的
 北海道では1980年代以降ジャガイモ疫病菌のJP-1系統が急速に分布域を拡大し、1992,93年には
分離菌株の97%がJP-1系統になった。JP-1系統は現在栽培されている全ての真性抵抗性遺伝子
保有品種を侵すことができるので、疫病対策には圃場抵抗性を重視する必要があると考えられる。
一方、近年、減農薬栽培に対する要望が高まっており、「マチルダ」、「花標津」などの圃場抵抗性品種が
奨励品種となった。ところが、1998年に芽室町で「マチルダ」の発病時期が早まり、その原因解明が
求められた。そこで、疫病菌の系統の分布変動を調査し、「マチルダ」に対する病原力に系統間で
差があるかどうかを検討した。


2.方法
1)系統の年次変動:1996年から2000年にかけて疫病罹病葉を北海道各地から採集して疫病菌を分離
した。交配型、塊茎スライス上の菌そうの形態、オートミール寒天培地上の菌糸生育、酵素多型
(グルコース-6-りん酸イソメラーゼ:Gpi、ペプチダーゼ:Pep)、メタラキシル耐性を調べた。これらの
指標を組み合わせて、系統識別を行った。
2)「マチルダ」の早期罹病化の要因解明:1997年に近接圃場に栽培されたばれいしょ品種から疫病菌を
分離し、品種と疫病菌の系統との関係を調査した。「マチルダ」の葉に疫病菌3系統の遊走子のう懸濁液
を滴下接種、あるいは噴霧接種し、病原性と病斑形成率を調査した。


3.成果の概要
1)北海道の疫病菌には少なくとも6つの系統(US-1、JP-1、A、B、C、およびD系統)が存在することが
明らかとなった(表1)。A系統の菌株は殺菌剤メタラキシルに耐性であり、B、D系統は弱耐性、
US-1、C系統は感受性であった。JP-1系統は、1993年には耐性菌、弱耐性菌、感受性菌の割合が
ほぼ同じであったが、1998年以降に分離した菌株では大部分が感受性菌であった。

2)1996年まで北海道で高度に優占していたJP-1系統に代わって、新系統のAおよびB系統の割合が
1997年以降次第に増加し、1999年、2000年には圧倒的に優勢となった(図1)。新系統の中では
A系統の割合が全道的に高いが、B系統の割合が道東地方で徐々に高まった。新系統は、北海道の
北東から南西方向に向かって分布域を拡大した。

3)「マチルダ」は「農林1号」より疫病の進展開始時期が遅かったが、進展速度はほぼ同等であった。
年次によっては「マチルダ」の塊茎腐敗が他品種より高かった。

4)1997年に札幌市で「マチルダ」から分離された疫病菌の交配型は全てA1型であったが、「男爵薯」
など主要栽培品種6品種から分離された菌株のA1:A2比は3:144であった(表2)。

5)「マチルダ」に遊走子のう懸濁液を滴下接種すると、JP-1、A、B系統とも病斑を形成し、病原性が
認められ(表3)、現在分布している主要系統に対して特異的抵抗性を有していないことが明らかと
なった。遊走子のうの噴霧接種では、「マチルダ」においてJP-1系統はほとんど病斑を形成しなかった
が、A系統は高率に病斑を形成した(表4)。一方、「男爵薯」、「コナフブキ」ではJP-1系統の方が
高率に病斑を形成した。また、B系統はJP-1系統と同様に「マチルダ」に対する病斑形成率が低かった。
「マチルダ」における病斑形成率は、A系統、JP-1系統とも「男爵薯」や「コナフブキ」より
低かった。

6)「マチルダ」の発病時期が早まった原因は、「マチルダ」に対する病斑形成率が高いA系統の
分布域の拡大によるものと考えられた。


表1 ジャガイモ疫病菌の系統の性質
系統 交配型 塊茎スライス上の
気中菌糸の長さ
オートミール寒天培地上の
菌糸生育
酵素多型 メタラキシル
耐性
Gpi Pep
US-1 A1 不良 86/100 92/100 S
JP-1 A2 良好 100/100 96/96 S,I,R
A A1 不良 100/100 100/100 R
B A1 良好 100/100 98/98 I
C A1 不良 100/100 98/98 S
D A1 良好 100/100 100/100 I
 酵素多型の数値は遺伝子型を表す。Gpi:グルコース-6-りん酸イソメラーゼ;Pep:ペプチダーゼ。
メタラキシル耐性は、 S:感受性;I:弱耐性;R:耐性。



表2 疫病菌の分離品種と交配型との関係
分離品種 分離月日 交配型
A1 A2
マチルダ 9/22 24 0
男爵薯、メークイン、
キタアカリ、紅丸、
コナフブキ、農林1号
8/29 3 122
男爵薯、農林1号 10/17 0 22


表3 ジャガイモ疫病菌の遊走子のうの滴下接種による「マチルダ」に対する病原性
系統 供試菌株数 平均発病指数
A 5 3.6
B 1 3.5
JP-1 6 3.3
 発病指数は0:無病徴〜4:気中菌糸を豊富に形成の5段階で調査した。


表4 ジャガイモ疫病菌A系統およびJP-1系統の噴霧接種によるばれいしょ4品種における病斑形成率
品種 病斑形成率
(/1000遊走子のう)
有意差
A系統 JP-1系統
マチルダ 02.9 00.6 *
男爵薯 11.8 17.2 *
コナフブキ 05.0 11.2 *
花標津 00.1 00.0  
 *:系統間で有意差あり(P=0.05,Tukey法)


4.成果の活用面と留意点
1)メタラキシル耐性のA系統が北海道に広く分布しているので、メタラキシルの効果は低下している
と考えられる。

2)「マチルダ」の圃場抵抗性レベルは「コナフブキ」や「農林1号」より強いが、「マチルダ」の
無農薬栽培は疫病多発条件下では早期発病のおそれがある。

3)圃場抵抗性強品種で早期発病や急速な病勢進展が認められた場合には、その品種に対する
病原力の強い系統が出現した可能性があるので、殺菌剤散布などの的確な防除を行う必要がある。


5.残された問題点とその対応
1)疫病菌の系統のモニタリングを定期的に行う必要がある。
2)優占系統が変動した場合、圃場抵抗性品種の抵抗性レベルを再チェックする必要がある。