だったんそば新品種候補「北海T8号」(普及推進事項)
 
             北海道農業研究センター寒地地域特産研究チーム、
             機能性利用研究北海道サブチーム(資源作物育種グループ)
                    執筆担当者:本田 裕、六笠裕治、鈴木達郎
 
 「北海T8号」は、「道南産(標準)」と比較し、倒伏においてやや優り、やや多収である。また、普通そば品種「キタワセソバ」より、子実中にルチンを数十倍の量を含む。実需により「品質特性において「道南産(標準)」とほぼ同程度で、苦味が強い傾向がみられ、麺としてだったんそばの特徴がよく表れている品種である。」との評価を得た。
 
1 来 歴 等

 だったんそば「北海T8号」は、昭和53年に北海道農業試験場が旧ソ連の全ソ植物生産研究所から導入しただったんそば遺伝資源「Rotundatum」を、北海道農業試験場畑作部厳寒地資源研究室(現北海道農業研究センター資源作物育種グループ)において、寒地に適しただったんそば品種の育成を目的として、純系選抜により特性向上を図り、多収系統として育成した。

 平成3年に播種し、収穫した3240個体から選抜し、平成9年に生産力検定予備試験の結果より、選抜された5系統から成熟期、耐倒伏性、子実収量を基準に1系統を選抜し、「北系1号」の系統名を付した。平成10年から3年間の生産力検定試験(紋別)を行った結果、「北系1号」の成績が優れ、平成12年より芽室にて生産力検定試験を継続し、平成13年に品種登録出願し、平成14年に出願公表された。平成16年より3年間、「北海T8号」の地方番号名により北海道立中央農業試験場及び上川農業試験場における地域適応性試験、道内3〜4ヶ所における現地試験を実施した。なお、平成18年7月「北海T8号」の名称で品種登録された。
 
2 特性概要

 (1)長所及び短所

  長所 1)「道南産」より草丈がやや低く、耐倒伏性にやや優る。
     2)「道南産」よりやや多収である。
     3)「道南産」より千粒重が重い。
     4)「道南産」並にルチン含量が極めて高い。

  短所 1)「キタワセソバ」より脱粒しやすい。

     2)「キタワセソバ」より草丈が高く、倒伏しやすい。

 (2)特性の概要

  1) 形態的特性

    「北海T8号」の草型は“直立・短枝型”で、草丈及び主茎長は道南産より低い“中”で主茎節数や分枝数は“やや少”である。茎の太さは「道南産」に比べて細い“やや細”で、茎色は「道南産」が“淡緑”に対して「北海T8号」は“濃紅”である。なお、「北海T8号」と「道南産」の花色は“緑黄”で、普通そばの「キタワセソバ」の“白”と異なる。

  2) 生態的特性

    「北海T8号」の開花期は、「道南産」と同じ“中”であり、成熟期は“中”である。子実重は「道南産」に比べて10%以上も多く、同等の“中”で、耐倒伏性も“やや強”である。

  3) 品質特性

   「北海T8号」の粒型は“平滑型”であり、千粒重は“中”である。ただし、普通そばの「キタワセソバ」に比べると粒が小さいため千粒重は軽い。「北海T8号」の粒の長さと幅は、「道南産」に比べて長さが“やや短”で幅が“やや広”であるため、粒の長幅比は“小”である。「北海T8号」の製粉歩留は「道南産」と同程度の“中”で、食味及び苦味も同程度の“中”である。
 
3 試験成績
表1 特性一覧
調査地    北海道農業研究センター(芽室)    道立中央農試    道立上川農試  
調査年次        平成16〜18年    平成16〜18年    平成16〜18年 
試験の種類         生産力検定試験   地域適応性試験    地域適応性試験
形質/品種・系統名

 
北海T8号

 
道南産
(標準・対照)
キタワセソバ
(参考)
 
北海T8号

 
道南産
(標準・対照)
北海T8号

 
道南産
(標準・
対照)
キタワセソバ
(参考)
 
北海T8号

 
道南産
(標準・
対照)
キタワセソバ(参考)
 
播種期(月日)  6. 5 6. 5 6. 4  5.19  5.19  6. 4 6. 4 6. 4  6. 4 6. 4 6. 4
開花期(月日)
成熟期(月日)
 7.19
 8.26
7.22
8.26
7. 8
8.21
 7. 8
 8.11
 7. 9
 8.12
 7.16
 8.28
7.20
8.30
7.10
8.18
 7.14
 8.27
7.14
8.28
7. 9
8.18
草丈(cm)
第1次分枝数(本/株)
倒伏程度(無:0〜甚:5)
脱粒(kg/10a)
  170
  3.8
  4.1
 12.5
 174
 5.7
 4.8
 8.5
 116
 2.3
 1.9
 6.6
  152
  3.6
  4.2
  7.8
  158
  4.1
  4.6
  5.7
  150
  4.3
  1.4
  −
 155
 5.4
 3.1
 −
 131
 3.0
 0.7
 −
  138
  2.6
  1.3
  −
 149
 3.1
 1.9
 −
 124
 2.0
 1.0
 −
子実重(kg/10a)
標準比(%)
  180
  137
 131
 100
 173
 132
  259
  116
  224
  100
  217
  94
 231
 100
 216
  94
  262
  115
 227
 100
 199
  88
容積重(g/L)
千粒重(g) 
製粉歩留り(%)
  651
 18.4
 54.2
 665
17.3
54.5
 592
28.1
55.9
  663
 18.0
 56.6
  670
 16.9
 55.8
  596
 16.3
 51.0
 611
15.7
49.7
 719
 28.5
 52.1
  559
 16.4
 51.8
 586
16.8
51.1
 532
28.3
54.4
ルチン(mg/100g)   933 1114    18  948  1093  
 
  表2 麺官能試験結果   
採点基準 機械製麺生そば 手打ちそば
評価項目 道南産(標準) 北海T8号 中国産 北海T8号 中国産
色  (−薄⇔濃+) 5.0 5.6* 4.3 5.8* 4.4
香り(−不良⇔良+) 5.0 5.2 5.1 5.3 4.5
味 (−不良⇔良+) 5.0 5.3 4.8 5.1 5.0
苦味 (−弱⇔強+) 5.0 5.5* 5.2 5.7* 5.2
硬さ (−軟⇔硬+) 5.0 4.9 5.0 6.1*  5.2
蕎麦らしさ(−不良⇔良+) 5.0  5.1 4.9  4.9 4.9
  *:5%水準で「道南産」に対して有意差有り
  注)各10点満点で行い、「道南産(標準)」を標準5点として0.5点刻みで評価
 
  表3 そば茶抽出液官能試験結果   
採点基準
そば茶抽出液
評価項目
道南産(標準)
北海T8号
中国産(比較)
色  (−薄⇔濃+)
5.0
5.0 
5.0
香り(−不良⇔良+)
5.0
5.3
5.2
味 (−不良⇔良+)
5.0
4.9
5.1
注)各10点満点で行い、「道南産(標準)」を標準5点として0.5点刻みで評価
    「道南産」との有意差なし。
4 採用理由及び普及見込み地帯等

 (1) 採用理由

   機能性成分のルチンを多く含むだったんそばは健康志向の高まりから、消費者に根強い人気があり、その結果、道内でも道南の森町を嚆矢として、当麻町及び上士幌町等、だったんそばを特産化しようとする動きがある。だったんそばの統計が全道で取られはじめた平成14年の1haより、17年の作付面積は157haとなり、急激に拡大している(道農政部調べ)。さらに中国産玄そばの高騰に伴い、実需からは国産だったんそば穀実の安定生産を求める声が強く、今後、国産需要の高まりとあいまってだったんそば穀実生産が大きく伸びる、と予想される。

   「北海T8号」は、寒地に適しただったんそば品種を開発することを目標に、ロシアから導入した遺伝資源「Rotundatum」から純系選抜されたものである。在来種の「道南産」と比較して、耐倒伏性や収量性にやや優り、千粒重も高い。さらに、だったんそばの7割のシェアーを占める国内加工業者により、加工適性試験において、「多くの品質特性において、輸入された「中国産だったんそば」より優れ、麺の食味試験では「道南産」に比し、苦味が強い傾向がみられ、麺としてだったんそばの特徴が良く表れている品種である。」と評価された。「道南産」等在来種は種子譲渡により作付けを拡大していると考えられるが原採種体系がなく、今後の種子供給は不安定である。「北海T8号」は育成品種であり、原採種体系の下で種子が供給される。

図1 北海T8号の子実重の対比(%)
 標準播:道南産比(斜体字キタワセソバ対比)
●:生検及び地適試験(16〜18年),
▲:現地試験、深川市(16〜17年)、他(16〜18年)
 「北海T8号」は、以上のような利点を有することから、道内に導入可能なだったんそばであり、機能性を利用した差別化食品への開発利用が期待され、全道において300ha程度の栽培面積を確保することにより、国産需要に応えられる。また、品種登録出願後、生産者及び加工業者からの要望が多数あり、今後、急速な普及が見込まれ、優良品種として採用することにより、国産だったんそば振興に寄与する。

 (2)普及見込み地帯   北海道 300ha
 
5 普及指導上の注意事項

 (1) 普通そばとは交雑しないが、後作を普通そば とした場合、野良生えにより種子が混入するの で、後作物の選定に留意する。

 (2) 多肥により倒伏し、減収するので、適正施肥 量に努める。

 (3) 密植による顕著な増収効果がないので、適正 播種量に努める。

 (4)「キタワセソバ」より脱粒しやすいので、適  期収穫に努める。