【普及奨励すべき事項】

網走支庁訓子府町における微量要素(硼素)の欠乏について

北海道立農業試験場 化学部

 

Ⅰ 普及上の注意
 低位生産地特殊調査の一つとして行った微量要素特殊成分欠乏地調査の際に裸麦の黄変が見られたが、その原因が判明しなかったので確認試験を行ったところ甜菜に対して明らかに硼素欠乏を示した。対策としては硼砂反当り100匁程度を肥料とともに播種溝に施用するか、欠乏症状の出始めに0.3%硼砂液を葉面撒布するかが有効である。
 本土壌の水溶性硼素含有量は0.335ppmであり0.5~0.3ppmで欠乏症がみられるということと符合する。またこの土地の硼素欠乏は土壌のPHが5.7内外であるから石灰過用により招来されたものとは考えられない。
 甜菜含有量は硼素欠乏甜菜の根部6.8~12ppm葉部9.8~11.8ppmであったが硼素施用によりそれぞれ16~17ppm、20~32ppmに増加した。しかして硼素施用、不施用によって硼素含量の差異は根部よりも葉部において著しいようである。また欠乏症のものの古葉においては含有量にあまり差はないが、幼葉では極端に少ないことが示された。
 硼素欠乏は訓子府町の高台に限らず、道内各地において小面積ではあるが、点々として認められるので、道内いずれの土地においても注意する必要がある。また本試験地においては小豆、馬鈴薯については硼素欠乏が見られなかったが、甜菜に限らず他の作物徳に菜種について注意すべきである。

Ⅱ 成績
 1. 試験施行地並びにその特徴
  常呂郡訓子府町字北栄
   土壌は第三紀凝灰岩地区内の泥炭地においては表層下10~20cmの位置に厚さ約1~2cm火山灰が介在している。地形は微傾斜乃至ほぼ平坦な台地状を呈す。
   第Ⅰ層(作土)HL厚さ15cm第Ⅱ層HL5~7cm第Ⅲ層L黄褐10cm第Ⅳ層SL灰褐極めて堅密で鉄斑がある。数年前まで過湿地であったが暗渠により現在は排水状態は改善されている
   がなおやや不十分で、また酸性土壌地帯であったが昭和27~29年耕土培養法により石灰が施用された。
   試験地は炭カル反当り160費施用前作は菜豆堆肥は3~4年目毎に反当り400費施用(馬鈴薯または甜菜作付年に)している。
 2. 昭和31年度試験成績
  (1) 試験方法
   (イ) 供試作物甜菜「本育192」燕麦「前進」
   (ロ) 試験区別
区別 施用微量要素 反当り施用量
1. 無処理区   Mg1貫、MgCO3供用
Mn500匁MnSo4,4H2O供用
B25匁Na2B4O7
2. 微量要素1区 Mg..Mn.B
3. 微量要素2区 Mg..Mn.-
4.    〃  3区 Mg..-.B
5    〃  4区.  -..Mn.B

MgCO3は播種溝に施用後約深さ2寸の土と良く混合し他は肥料と混合して施用した。

   (ハ) 共通肥料
     甜菜 - 硫安4貫、智硝6貫、過石12貫、硫加2.5貫
     燕麦 - 硫安3貫、過石10貫、硫加2.5貫
 

  (2) 生育調査成績
     6月11日燕麦は草丈15cm内外に伸長しており苦土欠乏症に関しては調査の適期であったが各区共全く異状認められず生育は良好であった。
    甜菜は4葉期に達していたが生育は全般にやや不良で各区別間の差は明らかでなかった。
     8月1日燕麦は登熟期であったが各区とも生育良好で差を認め得なかった。甜菜は無処理区および微量要素2区において株数の70%内外のものに異状が認められた。すなわち中
    心のもっとも若い3~4枚の葉緑が腐変して黒褐色を呈し、甚だしいものはこれ等の葉全体が黒変し、中位葉の葉柄の中心部は筋状に黒褐色となっていた。しかるにBaronを施用
    している他の区においては、このような徴候は全く認められなかった。これらの点から硼素欠乏の疑が濃厚と認めた。
    そこで8月7日無処理区の内異状を呈する3個体に対しNa2B4O7 0.3%液を1個体につき約30ccを噴霧した。
     10月3日甜菜の状況は8月1日の状況に比べ幼葉の黒変の状態はむしろ幾分軽くなっていたが依然として多く見られた。しかし根頂部まで腐変しているものは見られなかった。
    しかるに硼砂液葉面撒布せるものは全く健全に生育しており、またBaron施用区に異状は見られなかった。

  (3) 収量調査成績  訓子府試験地
区別 燕麦(貫) 甜菜(貫)
総重 子実重 子実1000
粒重(g)
菜根 冠根
茎葉
葉根
反当(斤)
1. 無処理区 4780 2100 36.7 13.240 14.000 4137
2. 微量要素1区 4840 2210 43.2 16.740 17.280 5731
3. 微量要素2区 4700 2140 40.5 13.140 11.340 4106
4.    〃  3区 4550 2100 41.0 18.340 16.940 573
5    〃  4区.  4620 2200 41.0 13.500 15.480 4219

  (4) 土壌分析成績 訓子府土壌
層別 粘土分 腐植 PH(水) PH
(Kcl)
置換容量
(me)
置換性 水溶性
Boron
(ppm)
CaO
mg/100
MgO
mg/100
1層   10.88 5.7 4.9 30.7 275 9.26 0.332
2層   9.79 5.8 5.0 34.1 - 7.06 0.332
3層   4.96 5.7 4.8 24.8 - - 0.280
収穫時の2区畦の土壌   6.0 5.3 - - - -

  (5) 作物分析成績 硼素含量
     部位
区別
無処理区 9.8 12.0
微量要素1区 32.6 17.2
微量要素2区 11.8 20.0
葉面撒布区 27.8 21.0
  試料は10月30日採取せる甜菜(乾物ppm)

 以上の成績から本土状は甜菜にたいしては硼素欠乏を示すことが明らかに認められたが苦土並びにマンガンの欠乏の徴候は明らかでない。しかし苦土硼素の施用されている区および4区の収量がやや大であるので、苦土の効果はあるようであるが燕麦で苦土欠乏の徴候が認められなかったことは前年の裸麦の状態から考えて以外であった。

  

 3. 昭和32年度試験成績
  前年に引き続き他の作物にも硼素欠乏現象がみられるか否かを確かめるため圃場を増設して試験を行った。
  A 第一試験
   (1) 試験方法甜菜栽培には無堆肥は実際上は考えられないので前年の試験地において次のように試験を行った。
    (イ) 試験区別
      前年度試験区に対し各区反当り500貫の堆肥を施した外処理は行わず。
    (ロ) 供試作物
      全区甜菜  したがって一連は連作となった。
    (ハ) 施肥量 
      前年に同じ。
   (2) 試験成績
    (イ) 生育経過
      発芽は各区良整7月17日の状況は前作燕麦区は各区生育良好であったが連作区は一般にかなり生育が劣った。いずれも前処理の別による生育差は明らかでなく欠乏症は未
     だ発生していなかった。
      9月10日前作燕麦列の無処理区に3株微量要素2区に2株連作列無処理区に2株微量要素2区1株それぞれ硼素欠乏症が認められた。いずれも前年のように著しいものではなく
     幼葉の黒変はなく葉柄の中心が縦に黒褐色化している程度であった。なお両列の生育差は少なくなってきていた。
    (ロ) 収量調査成績(1区6坪当)
区番号 試験区 前作燕麦列 連作列
菜根(貫) 同比率 根冠葉 菜根 同比率 根冠葉
1 無処理区 18.18 100 12.16 11.60 100 8.56
2 微量要素1区 20.20 111 15.32 13.54 117 10.76
3 微量要素2区 16.02 88 12.98 11.72 101 8.70
4   〃  3区 18.96 104 15.72 12.42 107 10.16
5   〃  4区.  18.28 101 15.04 11.22 97 8.50

 堆肥を施用した為か前年と異なり硼素を施用しない1.3の両区共欠乏症の発現は極めて軽微であった。しかし収量においては硼素施用区がやや高いので硼砂の残効があると考えられる。しかして硼素と苦土を施用せる2区、4区が他の区に比べ幾分優る傾向があるので欠乏症は見られなかったが苦土の効果はあると考えられる。

 

  B 第二試験
   本地区は一般に作物生育は良好と言い難いので他作物に対しても硼素施用効果の有無を見る為下記の試験を行った。
   (1) 試験方法
    圃場第一試験地と同一土壌の隣接農家の圃場内に前年甜菜に硼素欠乏症を見た隣の筆に設定した(前作物薄荷)
    (イ) 供試作物
      馬鈴薯「農林1号」  小豆「高橋早生」  甜菜「導入2号」
    (ロ) 施肥量(反当貫)
   肥料
作物
硫安 智利
硝石
過石 硫加 堆肥
(施用区のみ)
馬鈴薯 5 - 12 3 500
小豆 1.5 - 8 1.6 -
甜菜 4 6 12 2.5 500
    
    (ハ)区別
区番号 区別 備考
A1 硼素不施 硼素は反当25匁
A2 堆肥不施 Na2B4O7供用
B1 硼素不施 肥料と混合し播種溝に施用
B2 堆肥施用  
C1 硼素施用  
C2 堆肥施用  

   (2) 試験成績
    (イ) 生育経過
      播種は甜菜、馬鈴薯は5月1日小豆5月25日発芽状況は特記すべきことなく発芽7月17日馬鈴薯各区共生育良好で堆肥不施が多少劣るように見受けられたのみで硼素施用によ
      る差は認められない。
      小豆葉部における炭疽病の被害が見られB1,B2両区は甚だしく、次いでA2区、A1、C1、C2は軽微であった。この為明らかでないが若干苦土欠乏と思われる徴候が見られた。生長
      点の異状はなかった。甜菜、欠乏症はいまだ認められず無耐肥区は生育やや劣る。
      9月17日馬鈴薯全区異状なし。
      小豆生育状況は前回の炭疽病の被害の順位と同一傾向であった。甜菜はA12両区著しい硼素欠乏症を呈しB1区は著しくはないが症状が見られC1区は健全であった。
    (ロ) 収量調査成績(1区当)
          作物
区分
馬鈴薯
(貫)
小豆
(匁)
甜菜(貫) 備考
菜根 根冠及葉
硼素不施無堆肥  A1 10930 360 5100 6220 馬鈴薯及び小豆は6坪当甜菜は
4坪当
硼素不施無堆肥  A2 9100 300 3480 5000
硼素不施堆肥    B1 12240 400 5140 7320
硼素不施堆肥    B2 11870 340 - -
硼素不施無堆肥  C1 11100 250 6780 9950
硼素不施無堆肥  C1 12130 230 - -

    (ハ) 分析成績
     甜菜のみ分析し(10月12日採取)他は症状が認められず生育状況収量に有意差が認められなかったので分析せず。次表は乾物ppm

      部位
区分
古葉 幼葉 備考
葉柄 葉肉 葉柄 葉肉
A1   区 6.8 19.6 20.6 3.2 4.4          
C1   区 16.6 19.6 13.2 18.0 15.8

 前記の表は1個体についての分析成績でありA1区のものは出葉直後の小葉は黒変している。但し、根までの褐変は見られない。C1のものは生育良好。
 幼葉とは根冠における着生位置もっとも中心部にありいまだ幼柄長く葉内は先端部に菱形をなして着生しておるもの以外出葉直後のものまでを採ったものであり古葉とは最外側部2例程度のものを採った。但しまったく枯凋しているものは除外し葉面黄化しつつあるものは試料に加えた。

 

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 参考事項

  甜菜に対する硼素欠乏症状

 

 初期の症状は葉に幾つか皺が多くなり、濃緑色を呈し葉柄の内側の長軸に直角に黒線が現れてくる。そしてこの黒い線は現在旺盛な生育をしている葉に顕著である。それよりやや欠乏症が強くなると中心部のもつとも旺盛な生育をなしつつある新葉が次々におかされて、黒線が葉柄から葉脈に沿って葉一面に拡がってきて古葉の緑色はやや褪せ葉の尖端が黄色を呈してくる。
 欠乏症状がさらに進むと全葉が緑色を失い黄色となり根頚の中心部まで黒化してくる。
 甜菜が細菌におかされて心腐れを起こした場合は黒化した部分がベトベトになり、臭気が感ぜられるが硼素欠乏の場合は比較的乾燥した状態であり、かつ無臭であるので区別することができる。