水産研究本部

試験研究は今 No.510「マツカワ人工種苗の形態異常を防ぐ」(2003年10月24日)

マツカワ人工種苗の形態異常を防ぐ

はじめに

  近頃、新聞やテレビで「幻のさかな王鰈(おうちょう)」という名前をよく目にするようになりました。立派な名前を掲げ、北海道の新たな味覚として嘱望されているこの魚は「マツカワ」という冷水性の大型カレイです。美味はもちろんのこと、低水温でも成長が優れていることから、本道における重要な栽培漁業対象種として期待され、現在、人工種苗放流による資源増大が試みられています。

  北海道立栽培漁業総合センターでは、平成2年からマツカワの種苗生産技術開発に取り組んできました。その成果として、今では、毎年10万尾をこえる種苗(全長30ミリメートル)を安定的に生産できるようになりました。しかし、こうした人工種苗の中には、体の裏表ともに色素が発現しない「白化魚」や反対に両面ともに黒くなってしまう「両面有色魚」といった形態異常魚が出現します(写真)。こうした形態異常魚は、放流後生き残りが悪いばかりではなく、漁獲物として水揚げされた場合、その外観から価格を下げてしまうことも懸念されます。従って、人工種苗の形態異常は放流事業を展開するうえで重大な問題であり、形態異常の出現要因を早急に解明することが望まれています。本紙では、現在実施している「マツカワ人工種苗における形態異常の防除試験」について紹介します。

形態異常は変態過程の異常

  ヒラメや他のカレイでも白化魚や両面有色魚は出現し、人工種苗ではその出現頻度が特に高いといわれています。では、こうした形態異常はなぜ発生するのでしょうか?その答えはカレイ類独特の発育過程にあるようです。「形は平たく、表は黒くて裏は白い」というのがよく知るカレイの姿です。しかし、生まれたばかりのカレイ仔魚は、他の魚と同じ左右相称の体をもっています(図1)。ある時期になると、片方の眼が動き始め、それは頭頂をこえて反対の体側面へ移動します。同時に、将来、表となる体側面は色素芽細胞の分化・増殖によって黒くなり、一方、裏となる体側面では色素芽細胞が死滅するため白くなります。この一連の形態変化を変態と呼び、この過程を経てやっとカレイの形となるのです。一方、写真のように白化魚や両面有色魚では、特に眼の位置や体色に顕著な異常が認められます。つまり、これら形態異常魚は、何らかの原因によって変態が正常に進まなかった魚であると推察されます。では、マツカワの変態に影響しうる要因とは一体何でしょうか?

変態に関わる要因・水温

  変温動物である魚類にとって、水温は基礎代謝や内分泌機構を制御する重要な環境因子です。そこで、今回、水温がマツカワの変態過程及び形態異常の発生にどのような影響を及ぼすかについて調べました。1t水槽にふ化5日目のマツカワ仔魚を2万尾ずつ収容しました。それぞれ飼育水温を12度、14度、16度及び18度に設定し、変態が完了して稚魚となる100日齢まで飼育しました。

  実験期間における仔稚魚の成長過程を調べた結果、飼育水温が高いほど仔稚魚は急速に成長しました(図2)。また、変態の進行速度は水温と比例関係にあり、18度区ではわずか55日齢で全個体が変態完了となったのに対し、12度区では90日齢でもまだ変態途上の個体が観察されました。さらに各区の形態異常の出現状況を調べました。その結果、飼育水温が高い区ほど両面有色魚の出現率が明らかに高くなりました(図3左)。特に16度以上で飼育した場合においては、異常率は50パーセントを越え、眼の移動不全が高頻度で認められました。一方、12度区及び14度区では、両面有色魚はほとんど出現しなかったのですが、しかし、白化の出現率が高く、最も低い水温で飼育した12度区では白化率40パーセントにも達しました(図3中)。以上の結果から、水温はマツカワの変態速度を制御する一因子であり、同時に形態異常の出現にも大きく関連することがわかりました。また、12度~18度の範囲において、飼育水温が高くなると両面有色の出現率が急増し、反対に低水温となるほど白化出現率が高まることが示されました。そのため、本種の場合、形態異常を防ぐためには、変態が完了するまでの期間、水温を14度前後に設定し、その条件下で発育させることが重要と考えられます(図3右)。

  なぜ高水温では両面有色となり、低水温では白化となってしまうのか?その詳細なメカニズムは今のところ未解明です。ただし、今回の結果から考えると、マツカワ仔魚が正常な形態へと成長するためには、適正な速度で変態が進行することがキーポイントであると思われます。そのため、今後、栄養条件やストレス因子など、水温以外の環境要因が変態に及ぼす影響についても検討し、形態異常が発生しない飼育環境条件を明らかにしたいと考えています。
(栽培漁業総合センター 魚類部 萱場隆昭)
    • 写真 マツカワ人工種苗の形態異常

      正常魚(左)、白化魚(中)、両面有色魚(右)

    • 図1 マツカワ稚仔魚の発育過程
    • 図2 水温別飼育実験における変態期の長さ(上)と稚仔魚の成長(下)
    • 両面有色魚の出現率
    • 白化魚の出現率
    • 正常魚の出現率
図3 水温別飼育実験における形態異常の出現状況