水産研究本部

試験研究は今 No.511「異なる時期に降海するサクラマス集団は作れるか~」(2003年11月14日)

試験研究は今 No.511「異なる時期に降海するサクラマス集団は作れるか?」(2003年11月14日)

異なる時期に降海するサクラマス集団は作れるか? ~その可能性と選抜効果~

研究の目的

  サクラマスは日本海沿岸を中心とした地域で重要な漁業資源であるとともに、遊漁の対象として利用され、高級食材としても珍重されています。しかし1970年代には1500トン近くあった漁獲量も最近では500トンを割るようになってしまいました。サクラマス資源を回復させる方法の一つに種苗放流があり、道内各地で実施されています。放流方法には、数ヶ月間餌づけした稚魚を放流するもの、越冬前の幼魚を放流するもの、降海間近のスモルト(銀毛)化変態した魚を放流するものなどがあります。近年、河川内での減耗を避けられ、放流効果も高いと考えられている降海間近のスモルト化した魚の放流数が増えてきています(図1)。水産孵化場ではスモルト放流魚の回帰を増やすために種々の試験を行っていますが、今回は降海時期をコントロールするための試験について紹介します。
    • 図1 
      図1 スモルト化し降海間近のサクラマス幼魚
  サクラマスは一年あるいは二年の河川生活の後にスモルト化変態し、海水抵抗能を上昇させるとともに降河行動を起こし海洋生活へと入ります。このような一連の変化が起こる時期は遺伝的に固定されているようであり、道南では早く道北では遅い傾向があります。このように降海時期に地域的較差が認められる場合には、放流対象河川に適合した種苗を作ることが重要です。そこで、スモルト化時期についての遺伝率を算出し、スモルト化時期は選抜により早期化あるいは遅延化が可能であるかを推定したうえで、実際にスモルト化時期による選抜を行い、異なる時期にスモルト化する集団を作出できるか検討してみました。

試験の内容

  当場森支場の池中で飼育しているサクラマスの雌12尾、雄4尾を用いて12の試験区を作出しました(図2)。
    • 図2
      図2 今回の試験に用いた試験区の交配様式
  各試験区から100尾を鰭切除標識により交配試験区を識別後一つの水槽で混合飼育し、加温水を用いて成長を促進させて0+でスモルト化させました。さらに各試験区から100尾を標識後一つの水槽で混合飼育し、河川水を用いて1+でスモルト化させました。スモルト出現時期には定期的にその出現個体数を計数しました。

  0+、1+の両年齢時にそれぞれ初めてスモルトの出現した日を0日目とし、その後出現したスモルトには○○日後という経過日数を測定し、分散分析を行ったのちに遺伝率を算出しました。また、試験区ごとにスモルトに達するまでの平均日数を算出し、同一雄親魚を用いた試験区で年齢間でのスモルト化時期の相関関係を検討しました。

  遺伝率というのは表現形質に変異がある場合、その変異がどのくらい遺伝的要因によるものかを示すもので、理論的には0から1までの値をとり、その値が0に近い場合は表現形質の変異は環境によるものであることを示し、1に近い場合は変異のほとんどが遺伝的によるものであることを示しています。また遺伝率が0.2をこえる場合には、その形質についての選抜の効果が期待されるといわれています。

  1+スモルト出現時期にはそのスモルト化した時期を示す標識を施し、翌年その標識をもとに子供を得ました。得られた子供は加温水を用いて飼育し、0+スモルトの出現時期を調査することから親子間におけるスモルト化時期の相関関係を検討しました。

結果

  0+時と1+時の各試験区のスモルトに達するまでの平均日数は両年齢時ともに試験区間で有意差がみられ、スモルト化する時期の早い、遅いは試験区ごとに異なることがわかりました。

  各試験区のスモルトに達するまでの平均日数の0+時と1+時の間の相関図を作成しました(図3)。これをみると4例中3例で高い相関係数を示し、スモルト化する年齢にかかわらずスモルト化時期が早い、遅いという関係は変化しないことも確認されました。
    • 図3
      図3 スモルトに達するまでの平均日数の年齢間での相関
  0+スモルト出現時期についての遺伝率は、父親成分からは-0.02、母親成分からは0.52、父親母親両成分からは0.25でした。1+スモルト出現時期についての遺伝率は、父親成分からは0.26、母親成分からは0.27、父親母親両成分からは0.26でした。これより、スモルト化時期には選抜効果が期待され、スモルト化時期の早い魚の子供のスモルト化時期は早く、遅い魚の子供のスモルト化時期は遅いことが予想されました。以上の結果をふまえ、実際にスモルト化時期による選抜試験を行いました。

  1+時のスモルト化時期によって選抜した魚から子供を作り、子供の0+時のスモルト化時期との相関を調査しました。その結果、子供を得られた3群のスモルトに達するまでの平均日数の親子間での相関係数は高く、
親子間でスモルト化時期には相関があることが示されました。
    • 図4 
      図4 親のスモルトに達するまでの平均日数と子供のスモルトに達するまでの平均日数の相関
  以上のように、サクラマスのスモルト化時期の早い、遅いはスモルト化する年齢によって変化することはなく、遺伝率の値からは選抜効果が期待され、実際に選抜を行ったところその効果が確認されました。今後も、スモルト化時期によって選抜をくりかえしていけば、早くスモルト化する集団、遅くにスモルト化する集団を作出することができるでしょう。

  今後の課題として、スモルト化時期によって選抜を行った場合、体サイズなど他の有用形質に変化を及ぼさないか、作出した集団に十分な海水抵抗能が備わっているのか、等について検証していかなければなりません。この試験は水産庁委託研究「水産生物育種の効率化基礎技術の開発」(平成9~14年度)で行った結果の一部です。
水産孵化場 養殖技術部 真野修一