水産研究本部

試験研究は今 No.519「魚肉を原料に用いた天然調味料(=魚醤油)の製造方法」(2004年3月8日)

魚肉を原料に用いた天然調味料(=魚醤油)の製造方法

はじめに

  魚醤油は,魚肉タンパク質を酵素により分解し,生成したエキスアミノ酸を豊富に含んだ天然系調味料です。現在,その需要は大豆醤油に比べると非常に少ないですが,ハタハタを原料に用いた秋田県のしょっつる,イカの肝臓を原料にした能登地域のいしり,あるいは香川県のイカナゴ醤油が良く知られおり,古くから伝統的に利用されています。また,近年,エスニック料理のブームによって,天然発酵調味料としての魚醤油の需要は増加傾向にあり,タイのナンプラーやベトナムのニョクマムなども量販店でも良く見られるようになりました。
  魚醤油は,複雑で伸びのある味を付与し,素材の味を引き出すなどの相乗効果があることから,隠し味としても多用されています。しかし,原料由来の魚臭などの欠点もあります。そのような中で,各地域の原料を生かした特色ある魚醤油の開発が要望されておりますので,醤油麹を使った魚臭が少なく,製造期間の短縮が図れる魚醤油の製造方法をご紹介いたします。

魚醤油の調整法とその成分

魚醤油の原料には,発酵・醸造中の脂質の劣化を考慮すると,脂質の少ない魚肉が適当と考えられます。そこで,原料には,いずれも低脂質魚である秋サケとスルメイカの魚肉を用いました。この魚肉タンパク質を分解し,エキスアミノ酸を生成するために,醤油麹が持つタンパク分解酵素を利用します。
基本的な魚醤油の製造方法は,魚肉7キログラム,醤油麹3キログラムと食塩1.7キログラムを混合したものを30度で3ヶ月間,発酵・醸造します。その後,搾汁し,火入れによって澱(おり)を除いて完成となります。
ア.醤油麹の混合割合の影響
  魚肉を分解し醤油を醸造するために必要な醤油麹の量を把握するため,魚肉と醤油麹の混合割合を9:1,8:2あるいは7:3とし,これらに食塩1.7キログラムを添加し,30度で3ヶ月間発酵し検討しました。

  秋サケ醤油の醸造中における魚肉タンパク質の分解状況をエキス態窒素量として図1に示しました。いずれの麹の添加割合においてもエキス態窒素は,醸造1週間で急激に増加し,その後は緩やかに増え続けますが,4週目以降はほぼ一定でした。このエキス態窒素の生成量の変化からは,醤油麹の添加割合による差は見られないことから,麹の添加量は10パーセントでも可能なこと,あるいは発酵期間が4週間程度でも十分であることが分かります。しかし,実際の醸造過程での醤油の状態を見ると,醤油らしい深みのある香気や褐色の色調となるには3ヶ月の熟成期間と20パーセント以上の醤油麹の混合が必要と思われました。
    • 図1
イ.醤油麹の分散性が発酵に及ぼす影響
  魚肉と醤油麹を混合した時の麹の分散状態が醸造に及ぼす影響について,スルメイカ肉(80パーセント)と細粉砕した醤油麹(20パーセント)を使用し,混合時の麹の分散均一性を高めた発酵条件で検討しました。
上記アの試験と同様にエキス態窒素の生成量を指標として,スルメイカ肉から生成されるエキスアミノ酸量を推定した結果を図2に示しました。スルメイカについても秋サケと類似の変化を示し,醸造初期にエキス態窒素の急激な増加が見られ,その後は非常に緩やかに増えていますが,醤油麹の細粉砕の有無によるエキスアミノ酸の生成に明確な差は認められませんでした。したがって,魚肉と麹は初期の状態である程度均一に混合されていれば,その後の攪拌もありますので,十分な麹のタンパク分解活性を引き出すことが出来ると考えられました。
    • 図2
ウ.魚醤油中のエキスアミノ酸組成
  上記アおよびイの試験で醸造した魚醤油のエキスアミノ酸量と組成をそれぞれ表1及び図3に示しました。実際の魚醤油の味や香りには原料となった魚種の特徴が現れますが,秋サケ醤油にはアンセリン,スルメイカ醤油ではタウリンとプロリンを多く含んでおり,エキスアミノ酸組成にも魚種の特性が反映されています。 
    • 表1、図3

まとめ~魚醤油の製造方法

これまでの結果を魚醤油の製造方法として,図4にまとめました。その製造工程を以下に概説します。
  1. 魚肉をチョッパーに掛け(採肉機でも良い),この魚肉重量に対して25パーセント以上の醤油麹を混ぜ合わせる。
  2. つぎに,(1.)の魚肉-麹混合物の重量に対し,17パーセントの食塩を塩分が均一になるように十分に混合する。
  3. これを安定して発酵・醸造させるため,30度の恒温庫に3ヶ月間保管する(ボイラー室などの暖かい場所が良い)。この間,はじめの1週間は朝夕2度攪拌し,液状となった後は毎日1回攪拌する。発酵をスムーズに導くためには,最初の1週間の攪拌が非常に重要です。
  4. 発酵を完了したものは,ろ布(日本酒醸造用の酒袋を使用)で濾こした後,さらに重石を乗せて搾汁します。
  5. 得られた液体を85度で5分間の加熱(火入れ)し,静置よって澱(おり)を沈殿させて分離し,上澄みを魚醤油とします。さらに清澄な魚醤油とするためにはろ過が必要となります。
(釧路水産試験場 加工部 信太茂春)
    • 図4