水産研究本部

試験研究は今 No.524「海底設置型耐トロール式ドップラー流速計による宗谷暖流の長期観測開始」(2004年6月11日)

海底設置型耐トロール式ドップラー流速計による宗谷暖流の長期観測開始

宗谷暖流の長期観測開始!

  北海道立中央水試と北海道大学低温科学研究所は、宗谷暖流の流れの詳しい時間変化を得る目的で、浜頓別沖の宗谷暖流最強流部に海底設置型の耐トロール式ADCP(超音波ドップラー流速計)を2004年5月25日に設置し、約1年間の予定で共同観測を開始しました。

共同観測以前の経緯

  宗谷暖流はオホーツク海の宗谷海峡から、知床半島先端までの北海道沿岸に沿って流れる海流で、流域周辺では活発な漁業が行われています。宗谷暖流の上流に当たる宗谷海峡では、この海流の一部がロシア領内を流れているため、水試では1995年(平成7年)からユジノサハリンスクにあるロシア連邦サハリン漁業海洋学研究所(略称:SakhNIRO サフニロ)と宗谷海峡の海洋学的共同調査(ラペルーズプロジェクト)を行うことにより、国境を越えた範囲の情報収集を行ってきています(水産技術国際交流事業)。このラペルーズプロジェクトの中で北水試は「流量モニタリング方法の構築」の課題を持っています。宗谷暖流の流量を求めるためには北海道沿岸から宗谷暖流の沖側の境界を横切って観測する必要がありますが、これができるのは日本だけなので、宗谷暖流が日本の200カイリ内だけを流れるようになる浜頓別沖の海洋観測定線上で、宗谷暖流の流量観測を1999年から継続しています。

これまでの観測の問題点とその解決方法

  調査海域では、流速計を係留ロープに取り付けて設置する海流測定方法は係留ロープが漁業活動の支障となることから、水試では海流調査に船舶搭載ADCP(超音波ドップラー流速計)を用いる方法を使っています。しかし、船舶による調査は時間的に密な観測が行えないという観測方法上の構造的な問題を含んでいます。さらに、船舶搭載ADCPによる流量調査は、潮汐流の成分を除く必要があるので、24時間50分の間スケジュール通りに観測線上を運航しなければならない特殊な観測方法をとります。これは、特に時化に弱い観測方法となるため、実際、1999年以降の実績でも1年に1回あるいは2回しか観測が成功していません。このように、現状では流量を求めるための海流データ取得効率が悪く、海流を横断する方向の断面内の空間構造の知見は徐々に蓄積されつつあるものの、時間的な変動に関する知見は不十分なままの状況が続いています。

  このような状況を打開するためには、最近世界中で広く行われるようになった海底設置型耐トロール式ADCP(TRBM-ADCPと略す)による海流観測を本海域で行うことが最も有効な方法であると考えられます。この海底設置型流速計は、底曳網漁船がトロール網を曳いたり他の漁具が流れてきたりしても、それらが流速計の上をすべっていくような形状に設計されています(図1)。このような機器が利用できれば、漁業の現場に対する影響が最小限にとどめられ、流速の連続記録を長期間にわたり継続観測することが可能と期待されます。

  しかし、この機器は大変高価で現状では購入のめどは立たないため、道単独でこのような観測を実施することは困難です。そこで、この海底設置型のドップラー流速計を所有している機関と共同して海流観測を行うことが現実的解決方法です。

共同観測の実現

  北海道大学低温科学研究所は国際共同研究により1998年6月から2000年6月までサハリン東岸沖の陸棚上でTRBM-ADCPを使用して海流観測を行い、東カラフト海流の姿を明らかにし、この流速計の有効性を示しました。幸いなことに、その後このTRBM-ADCPがしばらく利用されない情報を得たため、2001年に北大低温研と情報交換を行いました。北大低温研でもオホーツク海研究の一環として宗谷暖流の海流観測を重視しており、北水試のラペルーズプロジェクトの目的とも合致していることが分かりました。そこで、2002年にラペルーズプロジェクトのサブプログラムという位置づけで、北大低温研がTRBM-ADCPを提供し、北水試試験調査船がTRBM-ADCPを設置・回収する宗谷暖流の共同海流観測を行うことになりました。

短期観測から本長期観測開始まで

  観測地点の選定について、北水試が1999年以来継続観測してきたことにより海流の空間分布がある程度分かってきた観測線の上で、最強流部が現れる観測点をTRBM-ADCPの短期観測のための設置場所候補地として決定しました。2002年春、稚内水試資源管理部の協力を得て、設置予定地点周辺で底曳網漁業を行っている関係漁協である稚内機船漁協と枝幸漁協に計画の説明を行って設置場所を検討しました。その結果、第一候補地より宗谷暖流の下流側約3マイルの位置に設置することになりました(図2)。2002年7月26日に中央水試おやしお丸で、ケガニ漁場となっていた設置予定点より北方にずらして設置し、9月4日に稚内水試北洋丸で回収しました。その時得られたデータは良好に収録されていました。

  この経験をもとに約1年間の長期観測を計画し、今回は設置予定地点が前浜の沖にあたることからケガニ漁を行っている頓別漁協とも協議し、2002年とほぼ同一の地点にTRBM-ADCPを設置することとしました。そして、2004年5月25日午前7時5分、凪と潮だるみの好条件に恵まれ、中央水試おやしお丸で予定地点に無事漁具の間にTRBM-ADCPを設置することができました。TRBM-ADCPの漁場内設置は、頓別漁協ならびにケガニ部会の好意と協力がなければできないことでした。
    • 写真1
      TRBM-ADCPの形状
    • 図
      TRBM-ADCPの設置位置

高まる期待!

  これまで宗谷暖流域では、流氷研究で有名な北大流氷研の青田先生が猿払沖水深32メートル地点で、連続ではないけれども約2年間にわたる長期間の海流観測を行った例があります。今回の設置地点は水深が91メートルあり、また宗谷暖流の最強流部であることから、これまで知られていなかった宗谷暖流の海流の鉛直方向の分布および時間変化を代表する詳しいデータが得られるものと期待しています。また、得られたデータから、流氷に覆われた時にも海底上を流れているという宗谷暖流の潜流状態の流速変化はどうなっているのか、宗谷暖流の流速変化とケガニ・スケトウダラ・カレイ・ニシン・イカナゴなどの分布・移動との関係はあるのか、資源量変動と関係しているのかなどなど、いろいろな観点からの疑問に答えられるような成果に結びつくことが期待できます。
(中央水産試験場 海洋環境部 田中伊織)