水産研究本部

試験研究は今 No.526「天塩パンケ沼のアオコについて」(2004年7月9日)

天塩パンケ沼のアオコについて 北海道立水産孵化場

  天塩パンケ沼は、幌延町にある利尻礼文サロベツ国立公園にある海跡湖(砂丘、砂州などによってせき止められた海岸の湖)です。サロベツ原野内にあり、流入河川は、十号支線明渠(パンケオンネベツ川)、流出河川は、サロベツ川に注ぐ約500メートルの水路です。サロベツ川は、蛇行しながら海岸線とほぼ平行に流れる川で、パンケ沼からの水路と合流し、天塩川(南側)に注いでいます(図1)。天塩川は河口域から海水が塩水くさびとなって遡上し、その塩水がサロベツ川経由でパンケ沼に流入してきます。天塩川の本流、支流とパンケ沼では、ヤマトシジミを対象にした漁業がおこなわれています。ここで採れるシジミ貝は、古くから厚岸の牡蠣、十勝の鮒とならび「蝦夷の三絶」として珍重されていました。

  このパンケ沼で、平成12、13年に、藍藻類の大増殖によるアオコが発生したため、シジミ漁業に支障が生じ、現在もアオコの発生が心配されています。

  従来、パンケ沼では局所的にアオコの発生が観察されていましたが、大量発生することは知られていませんでした。過去の調査でも植物プランクトンに関する記述にアオコの原因となっている藍藻類の Anabaena flos-aquaeは報告されていません。このような状況を考慮し、アオコ発生の要因を解明することを目的として、平成14~15年の2年間、水質の現状について調査をしました。この調査は留萌支庁の地域政策推進事業(しじみ貝資源保護対策事業)の一部として行われた調査です。調査結果の詳細については、平成15年度天塩しじみ資源環境対策調査報告書(平成16年3月北るもい漁業協同組合、社団法人 北海道栽培漁業振興公社)で報告しておりますが、ここではその概要をまとめました。

  調査地点は図-1に示しました。各地点で採水し、同時に水温、塩分、溶存酸素などの湖沼観測を行いました。採水した水は各種の分析を実施しました。調査は春から秋まで、アオコの発生が予想される時期に行いました。アオコは硝酸イオンが少なくてもリン酸イオンが多いと発生しやすいと言われています。今回のパンケ沼調査結果から、水質環境とアオコの発生の関連について以下のことがわかりました。

  1. 平成14、15年の調査では、大規模なアオコの発生はありませんでした。
  2. パンケ沼は周辺の土壌が泥炭地帯であることから、流入河川水や湖水水質にもその特徴や影響がみられます。泥炭から溶出する腐食物質(難分解性物質)によって、有機物(COD)が高く測定され、同時に紫外部吸光度も大きな値となりました。また、リン酸イオンやアンモニア態窒素の濃度も高くなっていました。
  3. 十号支線明渠から1年間に流入する水量はパンケ沼の容積の半分を超えると推測されました。しかも、その水にはリン酸イオンや鉄イオンが多く含まれており、パンケ沼への栄養塩組成に影響があると考えられます。
  4. 湖内では春から秋まで、クロロフィルa濃度が高く、活発な一次生産活動がみられました。このため、夏から秋にかけて硝酸態窒素が消費されて欠乏していました。その反面、流入河川からはリン酸イオンの供給量が多く、6月以降はアオコの発生(図-2)に有利な環境になっていたと考えられます。
  5. 湖水を用いて培養実験を行ってみました。この結果から、アオコは塩分が4~5psu以上あると発生しないことが確認できました。湖水の水質調査からも、パンケ沼はアオコが発生しやすい環境にあることがわかりました。平成14、15年にアオコの大量発生がみられなかったのは、6月中旬以降塩分が5psuを超えたため、アオコの発生が抑制されたものと考えられます。
  6. パンケ沼の底層水で酸素濃度が減少しているのが観測されました。湖沼の低質が分解によって無酸素なると、嫌気性細菌の働きで底質からリン酸イオンや窒素などの栄養塩類、それに二価鉄が溶出してきます。このことは栄養塩類による富栄養化の原因にもなりますし、二価鉄はシジミへの赤サビ付着の原因にもなります。今後の湖沼環境の変化に注意し観測を続ける必要があります。
  7. パンケ沼は塩水遡上があって微妙な湖水環境が保たれ、パンケ沼での漁業資源となるシジミの生産が図られています。また、サロベツ川からパンケ沼へつながる水路部分での塩水遡上の様子は、微妙な構造になっていることも調査でわかってきています。パンケ沼に塩水遡上が起こるためには気象条件も関係があると推測されました。それは、融雪増水期が終わり天塩川本流の流量が減少する時期に降水量が多いと、本流の塩水くさびの発達が遅れサロベツ川への塩水遡上が不十分になります。このため、パンケ沼への塩水遡上が遅れ、あるいは沼への塩水遡上が少なくなるようです。

  パンケ沼の水質はアオコが発生しやすい条件にあることがわかりました。アオコの発生があるかないかは、塩水遡上の強弱を予測することにかかってきます。そのためには、春先の天塩川やサロベツ川の流量変化と塩水遡上との関連や、周囲の降水量と塩水遡上の関連も検討する必要があります。これらから、パンケ沼でのアオコ発生の有無を予測する技術も生まれると考えられます。
(北海道立水産孵化場内水面資源部 安富亮平、今田和史)
    • 図1
    • 図2
      図-2 リンを添加したパンケ沼の水(培養開始後約2ヶ月)

      アオコ様細胞の増殖(緑色の部分)