水産研究本部

試験研究は今 No.538「トド捕食影響調査が始まりました」(2004年12月17日)

トド捕食影響調査が始まりました

はじめに

  平成16年度より,水産庁による,トドの資源調査及び総合的な評価などの調査研究が,サケ・マスや鯨類の資源調査を実施する「国際資源調査等推進対策事業」の中で,開始されています。

  北海道立水産試験場では,稚内水産試験場を中心に,水産庁から水産総合研究センターへ委託された事業のうち,被害実態調査,試料採取及び食性分析を請け負うことになりました。

  稚内水試が実施する被害実態調査については,また別に紹介する機会もあるかと思いますので,ここでは,釧路水試が担当する,胃内容物分析について紹介します。

トドとは

  アシカ科に属し,大きな個体では,雄で体長約3.3メートル,体重約1,000キロ(図1),雌で体長約2.5メートル,体重300キロ弱にもなる,大型の鰭脚類として知られています。

  ロシア海域に繁殖地を持ち,北海道沿岸へは11月~5月の冬期を中心に来遊してきます。トドの繁殖期は5~6月であることから,北海道沿岸は繁殖期に備えてエネルギーを蓄積するための重要な索餌海域になっていると考えられます。また,大型哺乳類であるトドは,その摂餌量も多く,魚類資源へ与える影響が大きいと予想されます。

  一方で,トドによる食害や漁具被害による漁業経済への影響は著しく,北海道で大きな問題となっています。

  しかし,漁業被害発生のメカニズムなどについては,明らかではない部分が多く,漁業対象種をどれくらい捕食しているかについても明らかではありません。つまり,北海道沿岸域におけるトドの食性を質的・量的に調べるということは,生物学的にも,社会科学的にも重要であるといえるでしょう。
    • 写真1
      写真1 トドの雄成獣

これまでにわかっていること

  これまでにトドについては,北海道大学水産学部を中心とした研究グループにより体系的な生態調査が行われており,食性についてもおよそのことが明らかになってきています。

  1990年代以降,調査が行われた海域は,根室海峡の羅臼,日本海側では礼文島,天売島及び積丹半島です。漁業被害防止対策として捕獲されたトドから,胃を採集し,胃内容物分析を行いました。

  胃内容物分析の結果,羅臼では,スケトウダラ,マダラなどのタラ科魚類を中心にその他イカ類などを捕食していました。日本海側では,同じくタラ科魚類の他,タコ類(おそらくミズダコ)を多く捕食していました(図1)。

  羅臼では,1994年~’98年の5年間について調査しましたが,年別に比較してみると,スケトウダラの捕食割合の高い年と低い年がありました(図2)。

  このような海域や年による食性の違いは,トドの食性が,現場の餌生物環境の変化に対応していることを示していると考えられます。
    • 図1
      図1 トドの胃内容物中にみられた餌生物の捕獲海域別重量割合(1994-1998年の計)
    • 図2
      図2 羅臼において捕獲されたトドの胃内容物中にみられた餌生物の捕獲年別重量割合
  例えば,羅臼では,冬期にはスケトウダラが卓越して分布しているため,トドはスケトウダラを中心とした摂餌を行っていると考えられます。しかし,’96年のような,スケトウダラの胃内容物中に占める割合が,低い年もあります。このような年は,スケトウダラの餌としての利用可能量が少なかったため,他の魚類を餌とした割合が高くなっていたのではないか,と考えられました。

  日本海側は,漁業被害が多発している海域ですが,これまで解析された標本数が少ないため,年別の変化など具体的な分析は行われていません。

  今年度から開始されたトド捕食影響調査では,日本海側の標本収集に努めることにより,より詳しい解析を行っていくことが可能となるでしょう。

これから行う調査

  水産庁が行うトド調査の一環として,平成16年度の冬期より,漁業被害防止対策として捕獲されたトドから頭,胃,腸,生殖器,DNA分析用試料の採取が行われます。

  頭は歯を使った年齢査定と骨格標本の作製,胃・腸は食性解析,生殖器は性成熟判定,DNA分析用試料は系統群判別と,それぞれの目的のために試料が収集される予定です。

  このうち,釧路水試では,胃・腸を用いた食性解析を担当しています。さらに,北海道大学水産学部による糞を用いた食性調査や,稚内水試による被害実態調査の結果と合わせて,これまでよりも詳しい摂餌生態が解明され,漁業被害の防止に役立つことができれば,と考えています。
(釧路水産試験場資源管理部 研究職員 後藤陽子)

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