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林業試験場

ハラアカトウヒヒラタハバチ

ハラアカトウヒヒラタハバチ

写真1 エゾマツ上の幼虫の巣、新得、1992/7/13。

写真2 前同巣内の老齢幼虫(体長20mm)。

写真3 雌成虫、新得、1992/5/28採集。

被害の特徴
樹 種 トウヒ属(ドイツトウヒ、エゾマツ、アカエゾマツなど)。
部 位 葉。
時 期 6月下旬~8月初め(幼虫発生時期)。
状 態 葉がなくなり、糸で糞が絡まる(写真1)。 被害部位に幼虫や幼虫の脱皮殻がみられる(写真2)。 蛹や蛹殻はない。 糞は細長く、たいてい長さは直径の2倍以上(針葉樹を食べるハバチ亜目の特徴)。
夏から翌春までは被害木下の土中に幼虫や前蛹がいる。 繭は作らない。
幼 虫 体長最大約20mm。胸腹部は灰緑色で暗い縦縞を持つ(写真2)。頭部は褐色だが、若い時は黒色。 土中の幼虫は胸腹部が全体緑色~黄緑色で頭部が褐色。 数頭の集団で糞の塊のような巣を作る(写真1)。
ヒラタハバチ科では腹脚がなく、腹部先端節の両側に細長い突起を持ち、触角と胸脚は細長い(写真2)。 ハバチ亜目では眼(側単眼)は左右に各1個、脱皮殻は頭部から腹部までつながり、頭部が縦中央で割れる。
注) オオアカズヒラタハバチもトウヒ属を食べるが、胸腹部は黄色で黒色の斑紋・斑点がある。トウヒ属を食べるヒラタハバチは他にも数種あるが、巣の状態と終齢幼虫の頭部が褐色であることにより、区別可能なようである(文献2010)。

 Cephalcia属は分類学的再検討が必要で、2~3の特徴的な種を除き同定が困難である(文献2005)。本種は松村(文献1912)により"ハラグロヒラタハバチLyda semiflava"として北海道から新種記載された。Uchida(文献1949b)は本種をユーラシアに広く分布するCephalcia abietis (Linnaeus)のシノニムとしたが、これには異論もある(文献1955)。また、松村(文献1912)は本種に"ハラグロヒラタハバチ"の和名を与えたが、それに反して腹部背面は暗黄色または赤黄色と記述しており、Uchida(文献1949b)は和名を"ハラアカヒラタハバチ"に変更した。しかし、和名ハラアカヒラタハバチはUchida(文献1949b)が本種に採用する以前からPamphilius venustusに用いられている(文献1930)。一方、井上(文献1960)は"ハラアカヒラタハバチCephalcia abietis"と"マツヒラタハバチCephalcia abietis f. nigricoxae"を解説する際に、北海道産"Cephalcia abietis"の報告内容(文献1949a、1949b)を後者の下で記述したが、その理由は示されていない。マツヒラタハバチはマツ属を食べるとされ(文献1912)、独立種Cephalcia nigricoxaeとして扱う見解もある(文献1967、1989)。このような状況のため原(文献2010)は竹内(文献1955)に従い松村(文献1912)の学名を採用し、和名をハラアカトウヒヒラタハバチに変更した。


和名  ハラアカトウヒヒラタハバチ(文献2010)

別名 ハラグロヒラタハバチ(文献1912、1955など)、ハラアカヒラタハバチ(文献1949、1989など)

学名 命名者・年   Cephalcia semiflava (Matsumura, 1912)

分類  ハチ目(膜翅目)Hymenoptera、ハバチ亜目(広腰亜目)Symphyta、ヒラタハバチ科Pamphiliidae


形態  幼虫の色彩は多様だが、普通、摂食期間は頭部が黒く胸腹部が灰緑色で暗い縦縞を持つ;巣は卵程度の大きさで、幼虫が集団で住み、糞が多数絡みつく(写真1、2)(文献1949b)。老熟すると体長20mm、頭部は褐色になる(文献2010)。土中の幼虫は頭部が褐色、胸腹部全体が緑色または黄緑色(文献1949b)。潜土幼虫の体長は雌18mm内外、雄14mm内外(文献1949a)。雌成虫は体長12mm、腹部背面は暗黄色または赤黄色(写真3)(文献1912、1955)。卵は楕円形、透明な緑色(文献1949a)。

寄主  ドイツトウヒ(文献1949a、1949b)、エゾマツ(文献1955、引用元不明)、エゾマツ・アカエゾマツ(文献1992 "?マツヒラタハバチ")、モミ類(文献1967、引用元不明)。

生態  年1回発生、成虫は6月初め~7月中旬に出現;卵は1~3個ずつ前年枝の葉に産みつけられる;幼虫は1年生以上の小枝の分岐部に集団で巣を作る;摂食時期は6月下旬~8月初めで、その後、土中(一般に深さ10cm)に潜る;1世代1~3年を要する(文献1949b)。雌成虫の飛翔力は弱く、幹をのぼって葉に産卵する; 5月下旬~6月中旬に蛹になる(文献1949a)。幼虫集団が数十頭に及ぶことがあるといわれているが(文献1949a)、大発生における観察と思われる。成虫が春出現するタイプと夏出現するタイプがあり(文献1992 "Cephalcia sp. 1 ?マツヒラタハバチ"と"Cephalcia sp. 5")、オオアカズヒラタハバチのように成虫羽化時期に変異があると思われる(文献2010)。

分布  北海道(文献1912)。北海道では全域に分布する(文献1949b)。

被害  被害は1940年代後半に空知地方の30~40年生、胸高直径30cm内外のドイツトウヒ林で発生した(文献1949a)。鉄道防雪林で被害がある(文献1949b)。1952年に浦臼のドイツトウヒ人工林で被害が発生した(文献1952)。これ以降ではトウヒ属に"ヒラタハバチ科のハバチ"が散見されたという報告(文献1987a、1987b)がある程度で、被害は記録されていない。しかし、1991年に新得町の庭木のアカエゾマツ被害が発生した(文献2010)。食害や二次被害による枯死木の発生は記録がない(文献2010)。

防除  常緑針葉樹は食葉性害虫の被害に比較的弱いので注意が必要である。ヤツバキクイムシの二次被害による枯死木の発生も心配される。“まつ類”の“ハバチ類”に適用可能な農薬としてMEP乳剤(商品名スミパイン乳剤・普通物・魚毒性B)及びジフルベンズロン水和剤(商品名デミリン水和剤・普通物・魚毒性A)がある(2009年10月時点)。


文 献
[1912] 松村松年, 1912. 續日本千蟲図解, 4: 1- 247; Tab. 42-55. 警醒社, 東京.
[1930] Takeuchi, K., 1930. A revisional list of the Japanese Pamphiliidae, with description of nine new species. Transactions of the Kansai Entomological Society, 1: 3-16.
[1949a] 谷口一芳(?芳一), 1949. ハラグロヒラタハバチの一年. 北方林業, 3: 34-35.
[1949b] Uchida, T., 1949. Systematische Ubersicht der Cephalcia-Arten aus Hokkaido (Pamphiliidae, Hymenoptera). Insecta Matsumurana, 17: 6-10.
[1952] 林野庁森林害虫防除室, 1952. 情報, 発生速報. 森林防疫ニュース, (9): 1-3.
[1955] 竹内吉蔵, 1955. 原色日本昆虫図鑑(下). 190pp. 68pls. 保育社, 大阪.
[1960] 井上元則, 1960. 林業害蟲防除論, 下巻(I). 210pp. 地球出版, 東京.
[1967] 奥谷禎一, 1967. 日本産広腰亜目(膜翅目)の食草(I). 日本応用動物昆虫学会誌, 11: 43-49.
[1987a] 吉田成章(北海道森林昆虫談話会), 1987. 昭和60年度・北海道に発生した森林害虫. 北方林業, 39: 106-110.
[1987b] 吉田成章(北海道森林昆虫談話会), 1987. 昭和61年度・北海道に発生した森林害虫. 北方林業, 39: 179-184.
[1989] 阿部正喜・富樫一次, 1989. ハバチ亜目. 平嶋義宏(監修), 日本産昆虫総目録: 541-560. 九州大学農学部昆虫学教室, 福岡.
[1992] 東浦康友・原秀穂・菊地健, 1992. アカエゾマツの害虫の発生予察技術の開発. 平成3年度(1991)北海道林業試験場年報: 17-18.
[2005] Shinohara, A. and M. Yamada, 2005. Pamphiliid sawflies (Hymenoptera) from Aomori Prefecture, northern Honshu, Japan. Bulletin of the National Museum of Nature and Science, Tokyo, Series A, 31: 51-64.
[2010] 原秀穂, 2010. 北海道における膜翅目ハバチ亜目の樹木害虫I:ナギナタハバチ科, ヒラタハバチ科, ミフシハバチ科, コンボウハバチ科. 北海道林業試験場研究報告, 47: 51-68.(解説、被害、文献など)

2010/3/31