法人本部

第31回 森と海のつながり

森と川と海の生き物たちのつながり
-森から海へ、海から森へのおくりものー

2012年10月23日
森林研究本部 林業試験場 長坂 晶子(ながさか あきこ)

こんなお話をしました

 

北海道は周囲を海に囲まれた島国で、豊かな森や海は世界に誇れる自然環境と言えます。ところが、森と海のつながりについては「何となく大事」と観念的に語られることが多く、具体的な生き物のつながりについてはよく知られていません。道総研では、10年以上も前から、林業試・さけます内水試・中央水試などの間で共同研究を行い、このテーマに取り組んできました。

落葉広葉樹が繁る豊かな河畔林からは毎年大量の落ち葉が川に落ちます。落ち葉は、水生昆虫や、ヨコエビなどの小さな生き物の格好の餌となります。そのヨコエビはヤマメの大事な餌となり、季節によってはヤマメの餌の7割を占めるほどでした。川の中の落ち葉は大半が細かく分解されてから海へと流されますが、全体の4.5%程度は葉っぱのまま海に到達します。落ち葉は河口域で「落ち葉だまり」となり、そこには「海のヨコエビ」が大量に生息していました。このヨコエビも落ち葉を盛んに食べ、さらにクロガシラガレイ稚魚の重要な餌となっていたのです。

サケ・マスの仲間は孵化後、降海して2~4年海で成長したのち、産卵のため生まれた川に帰ってきます。産卵を終えた親魚は、オス・メス共に全て死亡しますが、この産卵後の死体(ホッチャレ)が、水生昆虫、クマ、キツネやワシなどの餌となり、さらには養分として陸上植物にまで利用されることが明らかにされつつあり、北海道でも森とサケの関わりについて研究をより深めていく必要があります。

これまでの研究では、河畔林-すなわち森の存在がサケ・マス類の稚魚の生息場所を好適な環境に保つと言われてきました。加えて私たちの研究では、沿岸域に流出する落ち葉がクロガシラガレイの稚魚の保育場所となっていることが明らかになりました。さらに、サケ・マスの親魚が戻ってくることで、河畔林をより豊かに、生産力の高い場所にする栄養剤となっていることがわかってきました。流域全体の物質循環を維持するうえで河畔域は「鍵」となる地域といえ、上-下流といったタテ方向の連続性や、河畔林帯や氾濫原(※)の保全といったヨコ方向の連続性への配慮は沿岸環境の保全にも効果的と考えられます。今後は流域全体を見渡した河畔域保全・河畔生態系再生を目指すことが目標となるでしょう。

※河川の流水が洪水時に河道から氾濫する範囲にある平野部分

質問にお答えします

質問

回答

会場からの質問

河畔林の役割がよくわかりましたが、針葉樹(特にカラマツ)の役割はありますか?

残念ながら針葉樹の果たす役割についてはよくわかっていません。北海道では、河畔林を構成する樹種はほとんどが落葉広葉樹のため、針葉樹の葉っぱばかりが川に落ちるということが実態としてもあまり観察されないためです(全くないわけではありませんが、量として非常に少ないです)。

北米等ではヒグマが森林に搬入する鮭の成分が土から検出されているとい聞いたことがありますが、道内でも同様なことが確認されていますか?また、どの地域、河川で顕著ですか?

まず、ご指摘の北米での研究例ですが、土ではなく、河畔の植物(樹木や草)の葉っぱを分析したという報告と思います。土を分析した報告もあるにはありますが、葉っぱほど顕著に結果が出ていません。
また、正確には、サケの成分を検出しているわけではなく、「安定同位体窒素(通常の窒素より質量が重い窒素)」の含まれる割合(安定同位対比)を分析しています。これは安定同位体窒素が、淡水や陸上の生物よりも海の生物に含まれる割合が多いことを利用しているもので、安定同位体窒素の含まれる割合が多ければ、海由来の窒素を多く含むと判断できるため、サケの栄養が陸上に運搬されているかどうかを判断する指標として用いられています。
河畔の植物の葉っぱについて、北海道内で窒素の安定同位体比を分析した例では、北米の研究例と同様、サケ遡上量の多い川で安定同位対比が高くなる、すなわち河畔植物がサケ由来の窒素を吸収していることがわかっており、流路1kmあたり1000尾を超えるとその傾向が顕著に見られるようになります。

ホッチャレの河川に残積するものと、海に流されてしまうものとの割合は、どのくらいですか?

川の規模(水量の多寡)、またホッチャレが川の上・中・下流どこにあるかで、流されてしまうホッチャレの割合は大きく変わってくると思いますが、調査事例が少なく一般的な法則はわかっていません。
予想としては、水量が多く、河口に近いほど、海に流される割合は多く、上流にまで遡上できたサケほど(水量も少なく、ホッチャレが引っかかる場所も多いため)流出する割合が少ないと考えられます。

森林から落ち葉等の栄養が河川に流入し、その後、海中の海草類の生育に役立つことは知っていますが、同じように鮭が上る川が流入する海域では流下したホッチャレによる海草への栄養供給等は確認されていますか?

とても興味深い話だとは思いますが、まだ確認はされていません。

ホッチャレはオス、メスともに栄養分は同じですか?

当方では、サケの栄養成分について直接分析しておらず、知見は持っておりません。最新の食品成分表では、サケの種類別(シロサケ、アトランティックサーモンなどの区別をしている)に成分を掲載しているようですので、ご覧になってみたらよいと思います。ただし、オスメスの別については記載はないようです。

熊や狐・狸が食べるホッチャレは部位により食べられる量が違うのですか?また、生きている鮭をつかまえて食べる場合とホッチャレを食べる場合では違いがありますか?
また、ホッチャレとして食べられる鮭、生きているときに捕まえられて食べられる鮭、食べられることなくホッチャレとして分解されていく鮭の割合はどんなものですか?

当方の調査では、動物の行動を直接観察しているわけではないので、残念ですが確実なことはお答えできません。
限定的な情報であることを前提に、これまで調査した2、3カ所の川の状況を申しますと、(川に来た生き物にとって)そこに十分な量のホッチャレがある場合、ほ乳類は体の一部しか食べずに放置することがほとんどです。食べられる部位としてもっとも多く見られるのは頭部(氷頭)です。卵や白子なども食べそうですが、食べられているのを実際に目にしたことは殆どありません。また、冬眠しないキタキツネやエゾタヌキは、厳冬期、雪の下に埋もれたホッチャレを掘り出して食べています。この時期には、全部きれいに食べているようです。
ちなみに、鳥類の場合、目玉、卵など柔らかいところを先に食べるようです。ほ乳類に比べると、一部だけ食べるというのではなく、きれいに平らげてしまうという印象があります。
新鮮なサケを食べるか、ホッチャレを食べるかについて、その割合は不明ですが、両方食べられているのを確認しています。鳥類についても、カモメ以外は、腐肉でも構わないようです。面白い例として、カワガラスが潜水してサケの卵を食べていることが観察されています。
ホッチャレを利用する生物の種類や、いつの時期に多く食べられるのか、また食べられる割合は、サケの遡上時期、川の地形、大きさ、遡上量、周辺の土地利用状況(動物にとって川にアクセスしやすいかどうか)などによって変わってくると考えられます。北海道内では、サケの遡上時期は9月下旬から12月下旬までと多岐にわたり、また遡上量には年変動もあります。したがって、北海道を一括りにはできず、かなり地域性があるのではないかと予想しています。これまでの調査結果や経験を元に、今後、ビデオ観察や自動撮影カメラ等を用いた調査を全道様々なサケ遡上河川で実施してみたいと考えています。

鮭の上らない河川、上がらなくなった河川と上がる河川とでは海域、森林の栄養状態はかなり違うものですか?

当方も大変興味深いテーマと捉えております。現時点で試算しようと思うと乱暴な計算になってしまう危険性がありますが、道内での調査事例を増やす、あるいは広域調査するなど、データ蓄積が進めば、将来、推定できるようになると思います。

陸上に運ばれるホッチャレの調査を行ったどの川ですか。

この調査河川では、サケ遡上期間中、ヒグマが川に来ています。対処などの予備知識があればよいのですが、ない場合、大変危険なので、Web上で河川名を公表することは差し控えさせていただきます。

さらに詳しく知りたい方は・・・

動画道総研公式チャンネル

案内チラシ