法人本部

第32回 チーズ

発酵と熟成 道産チーズを美味しくする小さな生き物
~ プロピオン酸菌を用いた乳製品の開発 ~

2013年3月21日
産業技術研究本部 食品加工研究センター 川上 誠(かわかみ まこと)

こんなお話をしました

 発酵、熟成を伴うナチュラルチーズ作りには、乳酸菌が不可欠です。チーズに利用する乳酸菌等を、発酵を開始するものとして「スターター」と呼びます。スターターはチーズ作りの基礎となる微生物で、原料となる牛乳1mlあたり100万個以上が添加されます。乳酸菌でなければ腐敗していると誤認されるほど多量の菌数で、多数派の微生物と言えます。
チーズの味や風味を決定する微生物は多数派ばかりではありません。チーズ製造工程の特徴の一つとして低温殺菌があげられます。原料を加熱し過ぎると牛乳のタンパク質が変性し、良質のチーズを作れません。このため、加熱は有害微生物を殺菌できる最低限の条件で行われます。つまり、殺菌後にも微生物が存在し、その中にチーズの熟成に関与する微生物がいるのです。スターターと比べると、殺菌後にわずかに生存する少数派の微生物と言えます。

チーズ製造工程の特徴のもうひとつは微生物が繁殖しやすい温度で作業することにあります。多くの食品では微生物が繁殖しやすい温度帯を避けて作業しているのと対照的です。発酵段階では、添加したスターターが増殖し、チーズの原型であるカードの形成に働きます。熟成段階に入ると、スターターの他に少数派の微生物が徐々に菌数を増やして、チーズの味や香りを作ります。
食品加工研究センターではチーズの熟成に関する研究を進めており、北海道の熟成チーズや生乳からプロピオン酸菌を見つけました。乳酸を作り出すものが「乳酸菌」だとすれば、プロピオン酸を作り出すので「プロピオン酸菌」と呼ばれます。人や動物の表皮や腸管内に存在している微生物で、整腸作用、コレステロールの低減、ビタミンの産生などの機能性が知られています。
さらに、当センタ-では北海道の乳製品から採れたプロピオン酸菌を活用した製品の開発に取り組みました。このプロピオン酸菌は乳酸菌との相性が良く、ヨーグルトへ利用できること、また、プロピオン酸菌がビフィズス菌の生育を促進することもわかりました。各種試験を実施し、プロピオン酸菌と乳酸菌を混合して培養することで、新規のヨーグルトが開発され、道内の企業に技術移転することによって実用化されています。

ところでネズミとチーズが引き合いに出されることがよくあります。そして、ネズミがチーズの穴から顔を出しているような漫画を目にすることがあります。このチーズはスイスのエメンタールですが、実はこのガスホール(チーズにあいた穴)を作るのがプロピオン酸菌なのです。国内では作られていない「穴あきチーズ」についても、このプロピオン酸菌を利用しての製品開発を試みました。結果として、プロピオン酸菌をチーズに利用する場合、添加する菌数のバランスが重要で、スターターの乳酸菌数(多数派)に対して0.1~0.01%と極めて微量で良いことが分かりました。逆に、プロピオン酸菌を多量に添加すると、異常なガス発生によりチーズに膨張や亀裂が生じ、さらに強い有機酸の香りがチーズを台無しにしてしまいます。チーズの中に少数派として存在することにより、特徴的なナッツのような香りを作り出すものがプロピオン酸菌なのです。現在、プロピオン酸菌を利用したナチュラルチーズも道内企業から商品化されています。

道内のチーズ製造を行っている中小事業者が利用するスターターの多くは欧州などからの輸入品に依存しています。しかし、北海道の乳、乳製品には、今回見つけたプロピオン酸菌のほか、いろいろな乳酸菌など有用な微生物が存在しているものと思われます。今後も、北海道の乳酸菌など有用な微生物を利用したオリジナルのチーズが出来るように研究を進めていきます。


質問にお答えします


会場からの質問

質問

 回答

お酒を飲みながらチーズを食べること が好きなので楽しく聞けました。
ワインとチーズは別々でも美味しいのですが、一緒だともっと美味しくなるのはなぜでしょうか?

食品加工研究センターに知見はありませんが、チーズ由来の乳タンパク質、乳脂肪などがワインに含まれるアルコールやポリフェノールなど刺激を緩和するなど、ワインとチーズの相性については様々な情報があります。

なぜ「プロピオン酸菌」の研究に力を入れるのか、今後活用される可能性について、もう少し聞きたかったです。 輸入のチーズを国産品に代替していくためには、様々なチーズが国内で作られることが必要です。エメンタールチーズのような「穴あきチーズ」にはプロピオン酸菌が必要であり、国内ではあまり作られていませんでした。熟成に関する研究や技術相談の中で、北海道の乳に由来するプロピオン酸菌が見つかり、乳製品での利用を検討しました。
「プロピオン酸菌を多量に入れることは出来ない 」等の問題点について説明がなかったので、多量に入れた場合のデメリットを教えてください。

プロピオン酸菌は少数派の微生物です。少量の添加で、ガスホールの形成やナッツのような香りを作り出します。チーズの中でプロピオン酸菌が働き過ぎると、ガス発生による亀裂が生じたり、膨張やプロピオン酸(有機酸)による強い臭いが発生して、チーズを台無しにします。

プロピオン酸菌はグラム陽性ですか? プロピオン酸菌は、乳酸菌と同じくグラム陽性菌です。 
プロピオン酸菌が腐敗臭の原因になると昔習ったので、少量なら良い効果を与えると聞き、興味深かったです。  強い香りは悪臭となることがあり、適度に希釈すると好ましい香りになることがあります。例えば、糞便の臭いで知られる悪臭物質のインドールを薄めていくと、バラのような香りになります。プロピオン酸菌も少しだけチーズに存在することで、ナッツのような快い風味が付与されるのだと思います。
スターターは添加したうち、ほとんどが最初に死ぬと聞いたことがありますが、プロピオン酸菌はどうですか? プロピオン酸菌や、添加したスターターは発酵などによって増殖し、熟成段階で少しずつ死んでいきます。
スタ-タ-は殆どが輸入とのことですが、国産(北海道)で作ることは出来ないのですか?輸入に頼らない「オリジナルスターター」についての取り組みはありますか? チーズ製造の長い歴史をもち、チーズの消費が多い欧州などでは、選抜した乳酸菌などをスターター化していくことが産業として成立しています。国内では、これまでチーズの生産、消費が少なく、既存の輸入スターターで対応してきたと考えられます。チーズやヨーグルトのスターターを作るには、まず発酵に利用できる乳酸菌があること、さらにそれが製造現場ですぐ使える状態にあることが必要です。また、様々なチーズ製造に対応するためには、スターターの種類が豊富にあることも重要です。北海道の生乳や乳製品製造環境には、様々な乳酸菌が存在しています。道総研、食品加工研究センターでは、チーズを美味しくするオリジナル乳酸菌を北海道の乳、乳製品から探していく研究、乳酸菌などの微生物を乾燥、凍結して製造現場で簡単に利用出来るようにする研究に取り組んでいます。出来るだけ早く、北海道の乳酸菌でオリジナルのチーズを作ることが出来るように研究を進めています。
TPPにより「北海道の乳製品は全滅する」、「打撃を受ける」と言われていますが、その対策はどのようにしていくのでしょうか?どうやって北海道のチーズを守れるのでしょうか?道民の一人として心配です。頑張って!! 現在でも、ナチュラルチーズの輸入量は多く、国産ナチュラルチーズの自給率は2割程度です。このため、輸入品に代替できる国産ナチュラルチーズ製品の開発が望まれています。そのため、北海道のチーズ全体の品質を向上させる手段として、乳酸菌、スターターの研究は重要であると考えています。

 

さらに詳しく知りたい方は・・・

動画 (道総研公式チャンネル

案内チラシ