試験研究は今 No.18「北海道周辺のニシンの系統群はどうなっているのか」(1990年1月26日)

Q&Aは平成元年度水産試験研究プラザの質問からです。

Q&A 北海道周辺のニシンの系統群はどうなっているのですか。

  ある魚の資源が増えたからといって、同じ魚が別の海域でも増えるとは限りません。これは、魚の集団によって産卵の時期や場所、成長などの生態が異なることや、生育する環境が異なるためです。このような魚の集団を系統群と呼んでいます。したがって資源評価を行う場合には、これらの系統群を調査し、産卵などの再生産の実態や系統群ごとの資源変動を明らかにしなければ、漁業実態に見合った資源を評価することはできません。系統群を分ける方法には、ウロコの模様、脊椎骨の数などや、成長、産卵期、寄生虫の付着状況など生態から見る方法、アイソザイムなど遺伝子レベルで見る方法、漁況の共通性、周期性から見る方法などがあります。

  ご質問のニシンは北海道の日本海からオホーツク海の沿岸に分布し、その系統群は、産卵場、分布、ウロコの年輪、脊椎骨の数などから
  1. 北海道・サハリン系群
  2. テルペニア系群
  3. 石狩湾系群
  4. 湖沼性ニシン
の4つの系群があると考えられています。

    • 北海道周辺のニシンの系統群分布図
  北海道・サハリン系群は、昔「春ニシン」と呼ばれていたニシンです。この系群は4歳で一部が成熟し、5歳で大半が成熟します。また、ウロコの年輪(鱗相)は鮮明で、脊椎骨の数は比較的多く(平均54.0から54.3個)、分布が大変広いという特徴があります。また、春になると本道の日本海沿岸に産卵のため来遊し、そこで大量に漁獲されていました。この系群は、昭和30年ころから産卵群の来遊が見られなくなり、この海域から姿を消してしまいましたが、約30年後の昭和60年5~7月に石狩湾からオホーツク海沿岸に来遊し、11月には稚内北西の日本海や、稚内東方のオホーツク海域でも沖合底びき網でとれだしました。その後、昭和61年には主に沖合底びき網で索餌群を7.2万トン、62年には産卵群約2千トンを含め1.8万トンの漁獲がありました。このニシン資源がどこで、どのように増えたかは明らかではありませんが、本道沿岸にはこの系群の産卵魚が見つからなかったので、おそらくサハリン沿岸に残っていた群れから大量発生したニシンが分布域を拡大したものと考えられます。テルペニア系群はこれまでオホーツク海系群と呼ばれていました。この系群は3歳で一部が成熟し、4歳で大半が成熟します。また、ウロコの年輪はやや不鮮明で、脊椎骨の数が比較的少なく(平均53.7から53.9個)、分布も比較的広いという特徴があります。産卵場は本道沿岸にも若干見られますが、中心はテルペニア湾(通称タライカ湾)だろうと考えられています。漁場の中心はオホーツク海で、索餌群を中心に沖合底びき網で漁獲されます。

  石狩湾系群は、厚田ニシンとも呼ばれています。この系群は成熟が早く、2歳で一部が成熟し、3歳で大半が成熟します。ウロコの年輪は不鮮明で、脊椎骨の数が多く(平均54.3から54.6個)、産卵期が早い(2月下旬~3月上旬)という特徴があります。産卵場は、ほぼ石狩湾周辺に限られ、成魚の分布範囲も狭く、石狩湾から天塩周辺までしか回遊しないようです。

  最後に湖沼性ニシンですが、オホーツク海沿岸にはサロマ湖や能取湖などの湖があり、それぞれ特有のニシンがいますが、ここでは研究されている能取湖のニシンについて述べます。この系群は、一部は2歳で成熟し、3歳でほとんどが成熟します。ウロコの年輪は不鮮明で、成長も4つの系群の中で最も悪く、3歳で平均19.6センチメートルにしかなりません。産卵場は能取湖内で、成魚の分布範囲も狭く、湖とその周辺の沿岸に限られているようです。この系群は昭和49年に永久湖口が完成してからは、湖内の環境変化にともなって資源状況が大変悪化しています。
(稚内水試)

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