試験研究は今 No.204「道東海域のマサバ資源は復活するのか?」(1994年10月28日)

道東海域のマサバ資源は復活するか?

    • マサバ
Q1 今年は道東沖のマサバが話題になったようですね。
A1 釧路港の水揚げ日本一を支えてきたまき網漁業によるマイワシの漁獲量が平成元年から減少し、昭和58~63年まで100万トン以上であったのに対し、昨年(平成5年)はわずか1,100トン、今年はついに皆無でした。
その一方で、かつてまき網漁業の主役であったマサバが平成4年から出現し始めたことと、今年は釧路沖の北上暖水の勢力が強くマサバの来遊には良好な条件であったことから、マサバ資源の復活に期待が寄せられました。

Q2 これまでのマサバの漁獲状況はどうでしたか?
A2 道東海域では、明治の末からマサバの漁獲がありましたが、サバブームと言われた豊漁時代は昭和24?27年と昭和45~50年の2回ありました。1回目の最盛期には昭和25年に約5万トン漁獲されたと見られていますが、12回目のピークは昭和49年の29万トンでした。その後、まき網漁業の対象がマイワシに代わってからマサバの漁獲はほとんど皆無でした。

Q3 ところで、マサバはどのような生活を送っているのですか?
A3 道東沖で見られたマサバは太平洋系群に属し、本州中部以北の太平洋沿岸に分布しています。産卵は主に3~6月に伊豆諸島や房総周辺海域で行われ、春~夏に北上、秋に南下回遊し、常磐以南沖で越冬します。また、この回遊に伴って周年漁獲の対象となっており、1~6月には伊豆諸島海域のたもすくい漁業、8~1月にはかつての道東海域と三陸や常磐の沿岸でまき網漁業によって漁獲されています。
道東沖でまき網漁業の漁獲対象となったマサバは、索餌のために北上してきたものですが、不漁時代には来遊が見られませんでした。

Q4 太平洋系群の資源状態はどのように評価されていますか。
A4 昭和40年代後半から50年代前半にかけて、太平洋系群の資源は高水準期にあり、年間70?80万トンから130万トンの漁獲がありました。しかし、昭和56年から減少し始め、昭和60年前後には30?60万トン、平成2~4年は1~2万トンにまで落ち込みました。
また、産卵量水準は昭和50年前後に約1,000兆粒であったのに対し、昭和57年には162兆粒、平成3年はわずか21兆粒でした。さらに、まき網漁業やたもすくい漁業によるCPUE(単位漁獲努力量当たり漁獲量)は昭和50年代後半から低い水準になっています。
これらのことから、マサバ太平洋系群の資源は近年非常に厳しい状況にあるといえます。

Q5 それでは、道東沖のマサバの復活は全く見込みがないのですか?
A5 結論を急ぐ前に最近のマサバを取り巻く状況を冷静に見てみましょう。
昭和54年以降、道東沖のまき網でほとんど漁獲のなかったマサバが、平成4年の8~9月にサンマ棒受け網でかなり混獲されました。この時の平均体長は20センチメートル前後だったことから、この年に生まれた当歳魚と思われました。また、8月に行った調査船による流し網調査では元年~3年の調査よりも多くのマサバが採集されました。
昨年(平成5年)は1歳魚と思われる27~28センチメートルの小サバが、まき網で1,800トン漁獲され、5月と8~9月の調査でも平成4年級群のマサバが採集されました。
今年の6~7月と8~9月に行った調査では、2歳魚になった平成4年級群のほかに当歳魚の6年級群も見られ、さらにサンマ棒受け網による当歳魚の混獲は一昨年よりも多かったようです。しかし、道東沖のまき網は1船団が数日間操業しただけで、カタクチイワシを400トン程度漁獲しただけでした。

Q6 今後の見通しはどうですか?
A6 道東沖で見られたマサバの平成4年級群は昭和61年以降では比較的高い水準で、三陸漁場を中心に当歳魚の時からまき網の漁獲対象となっています。このため、平成4年級群の累積漁獲量は約34万トンに達し、生き残りがあとどのくらいあるか心配です。しかし、マサバの成熟年令が2?3歳であるため、今年の当歳魚はこの4年級群から生まれた可能性があります。また、4年級群が来年も産卵を行い、今年の当歳魚が2歳になって産卵を始めれば、次々とマサバ資源が復活して行くと考えられるのではないでしょうか。
現在、マイワシが見られなくなった道東海域ではサンマやスルメイカの安定した漁獲が続いています。また、かつてはニシンやマグロも回遊してきたことがありました。しかし、今はマサバが次の出番を待って、あるいは主役を狙ってじっくり準備を整えていることと思いますので、優しく見守ってあげたいものです。(釧路水試資源管理部 中明幸広)

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