試験研究は今 No.569「道東海域に適したマツカワ放流技術の開発を目指して」(2006年5月26日)

はじめに

図1
図1 十勝・釧路・根室海域におけるマツカワ放流地域の位置.
  北海道東部海域(十勝・釧路・根室海域)におけるマツカワ人工種苗の放流は、1987年に厚岸町で始まり、1990年代前半以降は図1に示した各地で実施されています。この海域における漁獲量は2001年から放流尾数が増加したことに伴い大きく増加し、2005年には放流開始後最高の約6.1トンとなりました。しかし、放流技術、すなわち人工種苗を効率的に資源に添加させるための技術に関する知見は厚岸町を除いた海域では全くありません。そのため、今回は、2001~2003年に各地で標識放流されたマツカワの再捕率(再捕報告尾数/標識放流尾数)を年次間・場所間で比較し、今後この海域に適した放流技術を開発するための課題を整理したので紹介します。なお、北海道におけるマツカワ人工種苗のふ化日はおおむね4月前後であることから年齢起算日を4月1日としました。

再捕率の変動

  2001~2003年に十勝・釧路・根室海域から0歳時にタグ標識を装着して放流されたマツカワの年齢別再捕率を表1に示しました(標識放流尾数が1,000尾未満の群は除く)。これをみると、再捕率は放流年次や放流場所によって大きく異なっています。タグ標識による再捕率を年次間や地域間で比較する際には、標識装着時のサイズや標識装着の実施者による標識脱落率の違いや、各地でマツカワを漁獲している漁法・漁期の違い、再捕報告率の違いなどが再捕率の変動要因となりうることに注意する必要があります。しかし、2002年放流群では放流サイズや放流時期に関わらず1歳再捕率の低い群が多かったことから、他に何か共通の要因があったのではないかと考えました。

表1 十勝・釧路・根室海域において0歳時にタグ標識を装着して放流されたマツカワの年齢別再捕率(2001~2003年)
    • 表1

再捕率と冬の水温の関係

  道東海域は我が国で最も寒冷な海域であり、冬には海が凍ることもあるほどの低水温になります。このため、再捕率と冬の水温の関係を検討してみました。2001~2003年放流群が0歳時に経験した2002~2004年冬の旬平均水温最低値(図2)をみると、2003年冬には広尾を除く地点で-1.0度以下となっており、羅臼では3カ年とも-1.0度以下となっていました。このような低水温を0歳時に経験した放流群で1歳時の再捕率が低くなっているように思われました。
    • 図2
      図2 十勝・釧路・根室沿岸域における2002~2004年1~3月期の旬平均水温最低値(℃).(社)北海道栽培漁業振興公社発行「全道沿岸水温情報」を使用.広尾:広尾海洋水族科学館、厚岸:北大厚岸臨海実験所、歯舞:根室市ウニ種苗生産センター、別海:別海町ニシン種苗センター、羅臼:羅臼町ウニ種苗生産センター.
  図3に2001~2003年放流群における0歳冬の旬平均水温最低値(図2の水温観測地点の値)と年齢別再捕率(表1)の関係を示しました。1歳時の再捕率は0歳冬の最低水温が低かった放流群で低くなっていますが(図3a)、2歳時の再捕率ではそのような傾向はみられませんでした(図3b)。また、同一放流群における1歳再捕尾数(A)と2歳再捕尾数(B)の関係を(A-B)/(A+B)で表し(A<Bのとき-1~0、A>Bのとき0~1)、水温との関係をみると、0歳冬の最低水温が低かった放流群では0以下となっており、1歳よりも2歳での再捕尾数が多くなる傾向がみられました(図3c)。この要因としては、0歳冬の最低水温が低かった放流群の成長が悪かったことから、漁獲加入が1歳よりも2歳で多くなったためではないかと考えています。


    • 図3
      図3 2001~2003年放流群における放流翌年1~3月期の旬平均水温最低値と年齢別再捕率の関係.

      各放流場所の水温として図2に示した5つの水温観測地点のうち直近地点の値を使用.

  では、なぜ0歳冬の最低水温が低かった放流群の成長が悪かったのか?これについては、越冬のためにより多くのエネルギーを消費したことや、越冬後の餌料環境が悪化したこと、成長の悪い小型個体の方が低水温耐性が高く生き残りが良かったことなどが要因になったのではないかと予想しています。しかし、今のところは予想でしかないため、年次間・地域間でマツカワの成長や餌料環境を比較することなどにより、さらに検討していきたいと思います。

道東海域でマツカワ栽培漁業を成功させるためには

  これまで述べたように、道東海域では冬の低水温がマツカワ放流種苗の成長に影響を与えている可能性があります。また、佐々木・角田(2003)は、水温が-1.0度以下になると育成中のマツカワが凍結死するという羅臼町における情報から、冬の低水温が放流種苗の生き残りを左右する可能性があることを指摘しています。

  ところで、2003年冬のような低水温は、この海域では普通にみられる現象なのでしょうか?1987年以降の旬平均水温最低値の推移(図4)をみると、-1.0度以下の水温は1990年代にはあまり記録されていませんが、2000年代には広尾を除く地点でしばしば記録されています。2005年と2006年の最低水温は広尾を除き-1.0度付近まで低下していたことから、2004年と2005年の放流群への影響が気になるところです。今後は、脱落等の問題があるタグ標識による再捕率だけでなく、漁獲物調査に基づいて算出される回収率からも低水温の影響を検証していく予定です。
    • 図4
      図4 十勝・釧路・根室沿岸域における1~3月期の旬平均水温最低値の推移(1987~2006年).(社)北海道栽培漁業振興公社「養殖漁場海況観測取りまとめ」及び「全道沿岸水温情報」を使用.
  以上のことから、道東海域に適したマツカワの放流技術を開発するためには、捕食者や餌生物に関連する放流条件だけでなく、放流種苗を無事に越冬させるための放流条件も検討していく必要があると考えられます。そのため、今後は、越冬場となりうる冬も水温が高い場所や、低水温耐性が高くなるサイズや栄養状態などを明らかにしていきたいと思います。
(釧路水産試験場 美坂 正)

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