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木を暮らしに活かす講演会「子供達とかつて子供だった人への贈りもの」
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今日は,タイトルにもありますように,子供達とかつて子供だった人への贈りもの,ということで,これまで私がやってきた木の仕事についてご紹介したいと思います。 皆さんもかつて子供だった頃がおありでしょうし,その頃の心に残る風景などをお持ちだと思います。心に残る風景とか遠い記憶というものは,大人になってある時に気付いてみると,とても深く心と体に印象を残しているものだと思います。今の子供達が何十年か経った後に,美しい北海道の自然が心に残る風景になっていてほしいなあというように,最近は思っています。 |
![]() 写真1 講演会の様子 |
木との出会い私は札幌で生まれました。手稲山の麓に星置の滝という所がありまして,その滝のそばの手稲鉱山という所で育ちました。私は子供の頃,絵を描いたり,折り紙を折ったり,工作をしたりするのが好きでした。ずっと,絵が得意だよねとか,工作すると上手だよねとか,周りからも言われたので,自分でもそういうことが向いているのかなあと思って,大学も,教育大学の美術の先生になる課程に進みました。 いろんな材料を授業で経験する中で,3年生の時に木と出会いました。小さいウサギを5匹くらい組み合わせて,1匹の大きなウサギになるというパズルをデザインしたときのことです。早速木工室の先生にぜひ作らせてくださいとお願いしたら,私はきれいな木がもらえると思ったのですが,そこで渡されたのは,すごく汚い,私にすればどぶ板のような古い材料だったんですね。まずカンナかけなさい,と言われて生まれて初めてカンナを手渡されて,使い方を教えられて,その板にカンナをかけ始めたんですね。最初は,うまくいかなくて大変でしたが,だんだんコツを覚えていくと,スルスルっとしたカンナの削りかすが出て,だんだん,汚いなあ,たいしたことがない板だなあと思っていたのが,実はその中からすごくきれいな木目が出てきて,木のとてもいい香りがして,削り終えたときは,ああ木って素敵だなあ,木が好きかなあ,木と相性が良いかもしれない,と感じたんですね。そして自分でデザインしたうさぎのパズルを作ったときには,本当に,物を作ってうれしいなあ,楽しいなあという気持ちがいっぱいでした。それが私と木の出会い。そこからずっとこの歳になるまで同じような気持ちで,うれしいなあ,楽しいなあと思いながら作り続けてきました。 「うれしい」と言われて私自身がうれしいと思ったことはもう一つあります。それまでずっと絵を描いてきましたが,母や父に見せたときや,コンクールで賞をもらったりしたときにも,いつも周りの人には,「よかったね」と言われました。それが大学に入って,例えば木のまな板を作ったり調味料入れを作って母にあげると,今までよかったねというのが,「うれしい」って言うんですね。その日から我が家の食卓には私が作った調味料入れが使われたりして,私の作ったもので親もすごく喜んでくれるのがとってもうれしかった。私の作る木のものを,同級生も友達もみんな,ああいいね,私にも作ってと言うんですね。そして私が作ってあげるとやっぱりすごく喜ぶんです。自分の作ったものが,人にこんなに喜んでもらえる。子供達も木のオモチャを使って楽しいと言ってくれるんですね。だから自分の作ったもので,人に楽しいとかうれしいとかいう気持ちを持ってもらえることが,これもまた素敵だなあというように思って,それが今でも続いています。 KEM工房を始める卒業後は学校の先生にはならずに,自分の作ったものをとおして子供達とかかわっていこうと,KEM(けむりやまのニックネーム)の工房を自分ひとりで始めました。それが23歳の時です。KEM工房の基本テーマは「子供達とかつて子供だった人への贈りもの」で,ずっと木と子供にこだわって活動してきました。 |
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あばれ木馬これは私の卒業制作の「あばれ木馬」です(写真2)。小さい頃に牧場の馬をよく見る機会があったので,馬が好きなんです。ですから,大学に入って木でものを作るようになったときに,自分の好きな馬を形にして木馬を何台も作りました。このあばれ木馬は,子供だと2人,大人でも乗れるような大きな木馬なんです。普通の木馬は足の部分にロッキングチェアみたいな曲がった木が付いていますが,これは台座に金物で馬の本体をつり下げるような形になっています。乗ってゆらしてみると,本当のあばれ馬のようにガッタン,ガッタンと激しく動いてとても面白い木馬です。これは幼稚園とかショッピングセンターの待合室とか,たくさん子供が集まる場所に置いてほしいと思って作りました。 |
![]() 写真2 あばれ木馬 |
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ベジタブル・じゃがいも 私は自分が好きなもの,感動したもの,楽しいなあと思うものを,人へ贈りものをするような気持ちで作りたいと思っています。 |
![]() 写真3 じゃがいも |
ベジタブルシリーズ |
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北海道はじゃがいものほかにも野菜がたくさんありますから,ニンジン,カブ,インゲンマメ,マッシュルームなどを作ってみました(写真4左)。そしてそれぞれの野菜の中に,ちょっとずつ仕掛けを作りました(写真4右)。例えばニンジンはパズル,カブは葉っぱをねじっていくと実と葉っぱがはずれます。また,インゲンマメはゴムが入っていて,マメを出して遊べます。そしてマッシュルームはかさの部分をはずすと,中にちょっとした空間があって秘密の宝物入れのようになっています。 |
工房を始めて3年目に,これを他の人も喜んでくれるのか知りたかったので,日本デザインコミッティがやっている,全国規模のデザインフォーラムというコンクールに出したんですね。そうしたらなんと,千何百点くらい応募した中で,私のような名もないものが一等賞をもらうことになりました。東京の偉い審査員の先生達が,たいそうこのベジタブルを気に入ってくださいました。東京の人達でも,こういうものをいいね,面白いね,楽しいねと言ってくださるということで,それならこのままKEM工房を自分は続けて行こう,とこのとき思いました。 |
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森の鳥たちからの贈りもの(木のタマゴ)自分の好きなものを作っていくということで勇気を得て作ったのが,このタマゴです(写真5)。これは全然音もしませんし,何ということがないものですが,タマゴの形って,とても素敵なんですね。じつは,タマゴを何十個も買って,一個ずつ形を比べてみましたが,けっこうタマゴ形ってそれぞれ違っているんですね。先がとんがっていたり,2段になっていたり,ちょっといびつな形だったり。タマゴの形は,自然にできたものですけれど,中には生命が宿っているもので,とても美しいんですね。目をつぶって,ボール状の木とこのタマゴ形を触ってみると,ずいぶん違うんですよ。タマゴ形っていうのは,不思議に人の心が落ち着くというか安らぐものです。タマゴのように命が宿っている,生き物の形を木で作ると,本当に材料と形が合うんだなあということを感じています。 |
![]() 写真5 タマゴ |
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KEM初期の遊具これが私の結婚して間もない頃の初期の遊具です(写真6)。ちょうどこの頃,自分が子供を産んだものですから,子供のもの,特に小さい子のおもちゃを一生懸命作るようになりました。タマコロファミリーというポーズが変わる人形(写真6左上)やガラガラ(写真6左下,右下),クルミ・コロコロという,木の枠の中にクルミの実が入っていて転がすと音がするものです(写真6右上)。 それまで作ってきた木のものは,自分の手で手作りしていました。でも自分の作る量は限られていますし,ましてや子供を産んでからは,世話も大変ですし,先のことを考えても限界を感じました。自分はもともと一個一個違う物を作りたいタイプの人ですから,デザインの形ができたものは,どこかに作ってもらった方が,値段も安くできるしモノもきちんとできると思ったので,製品を作ってくれる木工所を探すようになりました。 |
![]() 写真6 KEM初期の遊具 |
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木のつべつの木・KEMシリーズ 北海道は,その頃道産子産業といって,たくさんある良い素材を自分たちの町で加工して,付加価値を高めて北海道のブランドとして売っていこう,という気運があったんですね。 |
![]() 写真7 木のつべつの木・KEMシリーズ |
子供とのコミュニケーションおもちゃ |
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![]() 写真8 イナイイナイ・バア |
これは10年くらい前に作ったイナイイナイ・バアとイヤイヤという乳児用のおもちゃです(写真8,9)。こんなおもちゃで大人が子供と遊んでほしいなあ,と思ってデザインしました。子供とのコミュニケーションおもちゃのようなものです。 イナイイナイ・バアは,ただ棒のところを上下して,イナイイナイ・バア,とやっていただくためのものです。ちょっと最初は勇気がいりますが,子供が笑ったり喜んでくれたりすると,子供と心が通じたという喜びが味わえます。 |
![]() 写真9 イヤイヤ |
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きんぎょ(触れて楽しむシリーズ) これは最近自分が気に入っている,きんぎょです(写真10)。 |
![]() 写真10 きんぎょ |
あかるい とまとたち,たくましい じゃがいもたち |
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そうしているうちに,だんだん空間をデザインする仕事を頼まれるようになりました。これは,札幌市内の小学校の玄関ホールに作ったレリーフです(写真11)。直径3mのけっこう大きなものです。ここの学校の目標が,明るく,たくましく,ということだったので,「あかるいとまとたち」と,もう一個は,「たくましいじゃがいもたち」を作りました(写真12)。とまとやじゃがいもの子供達が,毎朝毎晩ここの学校の子供達に,朝はおはようとか,帰るときにさようならとか言って,いつも子供達を見守ってくれるような感じで作りました。 |
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![]() ![]() 写真11 あかるいとまとたち |
![]() 写真12 たくましいじゃがいもたち |
生命の樹 |
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これは,岩見沢農業高校寄宿舎のレリーフです。農業をやっている高校生ですから,ぜひ生命のつながりみたいなものを意識してほしいと思って,「生命の樹」というレリーフを作りました(写真13)。 なるべく多くの表情の木に,実際に手で触ってほしいと 思ったので,いろんな種類の木を寄木にして,ちょっと凸凹があったり,オイル仕上げといって表面に膜を作らない仕上げで,木の触感を感じてもらえるようにしています。 |
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![]() ![]() 写真13 生命の樹 |
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種シリーズ植物は,大きい木でも何でもそうですけれど,元々は一粒の種なんですね。その種が水分やお日様の力,それと長い時間をかけて,大きく成長していきます。だから,種に含まれている可能性みたいなものってすごいなあと感動したんですね。それで今度は種をモチーフにして,種シリーズ(写真14)というのを作るようになりました。これは使うための道具ではなく,すごいなあと思った種を,素直に表現したものです。自分なりにその材料を見ているうちに,その種の形のイメージがだんだんわいてきて,自然と種の形が決まっていくという,どちらかというと私の中では作品的なものです。種もたくさん作ったのですが,自分のところに置いておくだけではなくて,何とか子供達にも触らせてあげたいと思うようになりました。 |
![]() 写真14 種シリーズ |
図書館に種と赤いタマゴを |
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それで,私が今までレリーフでやってきたような公共の場所にこの種を付けることで,そこに来る人達にいつも触ってもらえるようにできないかなあと思っている時,石狩市に石狩市民図書館が建てられることになりました。私はずっと子供とか木とかやってきたので,そこの子供の本のコーナーなどをデザインする機会に恵まれました。 これが,テーブルの上に私の作った種を載せた,幼児の絵本のコーナーです(写真15)。このときは家具のソファーやテーブル,本箱,天井についている照明器具,壁の種の絵など,トータルでやらせてもらったので,自分の種と全部つながりがあるような建物になっています。テーブルに種が付いていますから,子供達は本を読んだりする合い間に,種を手で触ったりしながら楽しんでくれています。 |
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![]() 写真15 石狩市民図書館(幼児コーナー) |
![]() ![]() 写真16 石狩市民図書館(赤いタマゴのお話室) |
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木育への想い 木育については,昨年度北海道と一般公募の道民,いろんな分野の人達が20人ほど集まって取り組みがはじまりました。じつは食べ物の方では,食育という食で育てるという動きが数年前からあって,一生懸命食べるということに着目して取り組みが,すすめられています。 昨年の夏から,この木育プロジェクトチームの中では,木育って具体的には「木とふれあい,木に学び,木と生きる」ことだよね,とみんなで考えました。そして,私自身は23歳のときから今までいつも木を材料として使ってきましたけれども,私にとって,木とふれあう,木に学ぶ,木と生きるっていうことは,どういうことなんだろうと深く考えておりました。 |
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北海道大学のポプラ並木の再生 そのとき,昨年の9月8日に台風18号がきて,北海道大学(以下,北大)のポプラ並木の50何本のうち相当の数が風で倒れてしまいました(写真17)。そのポプラ並木を見たときに,私は木がかわいそうだ,この木をなんとかしてあげたい,何かできないかなあと思ったんですね。 |
![]() 写真17 台風で倒れたポプラ |
傷ついたポプラの葉 |
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私自身も,並木の所に行って倒れたポプラを見ました。これは倒れたポプラに付いていた葉っぱなんですね(写真18)。風で倒れたものですから,葉っぱも穴が空いたり,部分的にちぎれたりしている状態でした。この傷ついたポプラの葉っぱがとても痛々しかったんですけれども,葉っぱの形がきれいだなあと思いました。それでポプラの葉のマスコットを作ることを思いついて提案し,何回か試作を重ねて,デザインが決まりました。 そして今年の3月に,ポプラの再生支援のお礼として,全国から支援いただいた5千人くらいの方に,このように挨拶状を付けて無事に送ることができました(写真19)。 |
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![]() 写真18 強風で傷ついたポプラの葉 |
![]() 写真19 再生支援の挨拶状と記念品のマスコット |
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(文責:企画指導部 普及課 三浦 真由己) | |
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