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林産試だより2006年1月号 ヨーロッパの森林管理の近年の動向と北海道林業・林産業の課題 

 

ヨーロッパの森林管理の近年の動向と北海道林業・林産業の課題

北海道大学大学院農学研究科 石井 寛

 長年,社会科学の面から林学に携わってきました。しかし平成18年3月には退官の予定です。今では,道庁の職員の方々は私よりずーっと若くて,寂しさも感じるこの頃です。

 今日は,郵政民営化も注目されていますが,ヨーロッパの林業行政の動きと,先に独立法人化(平成16年4月)した国立大学法人の現状をお話しします。

 ご存じのとおり9月11日の総選挙では,自民党が圧勝しました。これを踏まえて,今後,民営化の波が,郵政を越えて,国有林や地方に及ぶと見ています。地方公務員は賃金が高く,人が多いというのが,国民や道民の声になっている状況です。

 同じ時期(9月18日),ドイツでも総選挙がありました。今までのドイツは,社会福祉や環境保全に対して関心が強く,経済的には依然として社会民主主義が残り,アメリカ型社会ではありません。投票の結果も,構造改革を進めるシュレーダー首相の路線を,国民は望んでいないことがあらわとなりました。そして,最大勢力の座を手にしたキリスト教民主同盟のメルケル党首が,女性,旧東独出身者として初の首相に就任することになりそうです。

 ヨーロッパの多くの国では福祉国家が実現し,政治的にはアメリカのブッシュ政権の路線と異なる中道路線が進行しています。15年くらい前から,環境重視,規制緩和,地方分権化,いわゆるグローバル化,ローカル化が進められています。

 ドイツでもそれが進められており,特に林業では,収益性の悪化もあって,いち早く行政と州有林管理との分離,森林行政の一般行政・地方分権化が図られています。従来ドイツでは,行政と州有林管理の一体化が良いとして,林産物販売なども行う統一森林署が150年間続いてきました。しかし,統一森林署方式が解体して,森林管理は郡や特別市が行い,行政自体は効率的であるかどうかを見ることになりました。例えば,バーデン・ヴェルテンベルグ州では,2005年1月から2つの地方森林管理局が州政府行政区に,163の森林署が44の郡と市に移管されました。農業行政も州から市町村に移すことが考えられており,職員の身分も変えるようです。そして,2011年までに職員数と経費が20%削減される予定です。また,バイエルン州でも2004年3月に改革案が発表され,行政と経営を分離して,2005年7月からは州有林の企業的管理が始まりました。

 これらは,ドイツ統一によって旧東ドイツにお金がかかり,連邦政府や州政府の財政が赤字となったための措置でもあります。これまで,ドイツの森林行政のレベルが高いと言われていたこともあって,今度の行政改革はヨーロッパ,世界にとっても衝撃となりました。

 従来,環境重視と規制緩和は相反するものとされてきました。しかし,今では両立するものと考えられています。環境に対して国家がやるべきことを見極めながら,効率性を考慮することが良いと考えられるようになりました。国有林の民営化は考えられていないけれども,行政は行政のみを行い,州有林は収益性を目指すようになっています。

 イギリスでも,1979年のサッチャー政権以降,規制緩和,民営化の路線をとってきました。根底に,大きな政府論の行き詰まりが挙げられます。1997年に成立したブレア政権はサッチャー政権の路線を受け継ぎ,地方分権を進めました。大陸諸国と比べてもイギリスの経済政策は自由主義的で,EUの農業保護政策にも批判的でした。そして,1999年にはスコットランド議会が300年ぶりに復活し,議会が外交,防衛,マクロ経済,社会保障政策以外の法律を自由に制定できることになりました。そして,ブレア政権は国有林(67万ha)をスコットランド政府に委譲して,分権化しました。国有林の所有権と管理権が無償で委譲されており,スコットランドの事例は道州制と連邦制の中間形態といえるものです。


左:スコットランドの風景,右:公園の案内板(スコットランド)

左:森林保護委員会(インバーネス),右:フォーレストショップ

左:スコットランドの森,右:土場の丸太

 中央集権制をとるフランスは,日本と同じように国家が森林管理を担っています。一方,スウェーデンやオーストリアは国有林を株式会社化し,試験場も民営化しました。しかし,何でも民間でやるのではなく,国家がすべきことのみ,国家がやるという発想です。この意味で,アメリカが進める民営化と異なるものと言えます。

 ヨーロッパの特徴は,多様性です。フランス,ドイツなどの大国と,北海道規模の人口500万人程度の国が混在しています。幾多の戦争を体験し,特に第1次と第2次世界大戦の経験から,多様性を尊重しながら,平和に生きることを模索してきました。相互に尊重しつつ,商品やサービスを輸入・輸出する関係を探ってきました。例えば,デンマークでは農産物を輸出するが,テレビや自動車は生産しない。得意な産業分野を発展させながら,相互に輸入・輸出関係を築くことが平和に共存する基盤と考えています。なお,語学教育を含めた教育は,全ての国が重視しており,国民の知識レベルを高めることが,今後の情報化社会,グローバル社会を生き抜く必須条件と考えているようです。

 そして,冷戦体制の崩壊は,ヨーロッパ復権の機会となったようです。ヨーロッパは福祉国家として,消費税は高く,保険がしっかりしています。これによって,東西冷戦体制の崩壊後は,安心して暮らせるようになりました。

 一方で,日本は冷戦体制崩壊後,世界的に存在感がなくなってきました。

 実は日本は,冷戦体制で多分に受益できる状況にありました。冷戦体制のほうが,中国や韓国との付き合いは容易でした。そのため,冷戦後の体制づくりを模索していませんでした。今では,日本は内向きになっていると言えます。早急に,東アジアの中で中国との関係を見直しながら,韓国などとの摩擦解消に努めていかなければならないと思います。

 経済的に一国だけで再生産可能なアメリカと基本的に異なる日本は,アジアの中で生きていかねばなりません。その際,ヨーロッパが模索してきたことは,日本の教訓になるものです。アジアの国が輸出可能なものを日本へ輸出し,途上国は必要なものを日本から輸入する関係です。その場合,日本は,アジアのなかで競争力の弱い農業や林産業などを,途上国に委ねることになるのかもしれません。この点からも,林業,林産業の将来は厳しいものがあります。

 以上の背景をふまえると,一層,規制の緩和,民営化の波が日本の森林にも強まると考えられます。ぜひ,林産試験場でも,この波を受けた中で,どのような展開を目指すのか,目指すべきなのか,検討してほしいと思います。

 さて,2004年4月に国立大学は法人化しました。郵政民営化よりも先に民営化されました。大学に関しては,反対がありませんでした。社会的に関心が持たれなかったのです。言ってみれば,大学の持つ教育力が評価されなかったということです。

 法人化により大学総長の権限が強くなりました。運営交付金は毎年1%減らされるけれども,運用は自由にやっていいということです。ポストも自由。例えば教授,助教授,助手などの枠を自由に構築できます。講座の研究費も少なくはなりますが,自由に使って良いというものになりました。

 そこで,九州大学では,任期制を大々的に組み入れました。ノーベル賞獲得を目指し,重点課題に集中的に人やお金を投入して成果を狙っています。地方大学でも,生き残りに向けて,獣医,食(応用生命)を拡充する動きがあります。現状維持では頑張ることができない時代になっています。

 大型の研究費を取って,精巧な大型機械を導入し,研究レベルを上げる。これを目指さねばなりません。それには,産業的社会的ニーズを考えることです。お金の取れるテーマで公募型研究に応募することです。提案する人間が内心ダメだと思うようなテーマはダメです。決め手は,着想と知恵を出すことです。

 大学より研究実績があると思われる林産試験場も,これらの変化に飲み込まれる状況にあります。保守的な待機的姿勢ではダメです。厳しい時代には,早めに意識改革して,社会に貢献できる技術研究に専念することです。是非頑張ってほしいと思います。

※ この記事は平成17年9月22日,林産試験場で行われた講演内容を石井教授の許可を得てまとめたものです。

(文責:企画指導部 企画課長 斎藤 直人)

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