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林産試だより2006年8月号 特集『2006 木製サッシフォーラム』 ユニバーサルデザインの面で見たサッシ

●特集『2006 木製サッシフォーラム』

ユニバーサルデザインの面で見たサッシ

北海道立工業試験場 製品技術部 人間情報応用科長  吉成 哲

 ユニバーサルデザインとは


 ユニバーサルデザインとは,「障害のある人を特別視せずあらゆる人が快適に暮らすことができるデザイン」という意味です。具体的には,「必要な情報が簡単に理解できる」「単純なミスが危険につながらない」「身体的な負担が少ない」など7つの原則がロナルド・メイス氏によって提唱されています。今日はサッシそのものの話というよりは,ユニバーサルデザインの製品を開発する過程について,具体例を挙げながらご紹介したいと思います。


 加齢と身体能力


 図1は日本の女性の生存曲線です。昔は乳幼児の死亡率が高かった傾向がありますが,現在では医療の進歩により高齢まで生存する割合が増えています。また,65歳以上を高齢者と定義しており,65~75歳までを前期高齢者,75歳以上を後期高齢者と言います。現在の特徴は,前期高齢者の死亡率は低く,後期高齢者になってから高くなっています。



図1 わが国における女性の生存曲線


 次に,筋力と年齢との関係を見ると,握力は比較的最後まで維持されますが,指先の力や脚筋力は,高齢者になると生涯ピーク時の6割程度まで減少する傾向があります。また,人間には力の入りやすい方向というのがあります。図2はペダルの向きとその時の最大発揮力を示していますが,下向きでは力が入りづらく,前向きの方が力が出しやすいことがわかります。このような方向性は各筋肉の太さや骨格,関節との位置関係によって決まっています。



図2 ペダル配置と最大踏力(N)


 次に,図3は様々な姿勢と,そのときの腰部椎間板の内部にかかる圧力を測定したものです。立った姿勢の時を100としますと体を傾けると220にもなります。一見楽そうなイスに座った状態でも普通の姿勢で140,更に前屈すると275とかなり負担がかかっていることがわかります。このような様々な身体の特性を理解した上で,ユニバーサルデザインを考えていく必要があります。



図3 姿勢と腰部椎間板内圧


 開発の過程


 では次に,工業試験場での具体的な商品開発の取り組みについてご説明していきます。一つは「高齢者障害者対応料理台の開発」です(写真1)。



写真1 高齢者障害者対応料理台(完成品)


 これはバーチャルヒューマン利用技術といって,コンピューター上でバーチャルな人形に作業をさせて設計を行い,製品の評価をする技術を利用しています。人間の形態を作る過程では,(社)人間生活工学研究センターの提供する,日本人の人体計測データ集などの寸法データを使い,様々な年齢や性別の体型を画面上に再現します(図4)。



図4 バーチャルヒューマン利用技術


 実際の試験を行うわけではないので,被験者や設備などの準備が必要ないのが大きな利点です。ただ,人間の持つ機能すべてを備えるわけではないため,必要に応じて人間情報計測を行い補完していきます。このようなシミュレーションは以前はスケッチを用いたり,二次元のテンプレートを用いたりしていましたが,最近はパソコンで稼働するCGやCADソフトに組み込まれるものもあります。
 もう一つご紹介するのは,「多様な身体特性に対応可能な手すりの開発」です(写真2)。こちらは人間情報計測で個別属性の微妙な変化を計測した事例です。



写真2 多様な身体特性に対応可能な手すり(完成品)


 高齢者障害者対応料理台の開発


 開発の流れは以下のようになっています。

想定ユーザーの心身機能などの把握とセグメント化
   ↓
対象ユーザーの調理行為の状況把握
(アンケート,ヒアリング,調理行為観察)
   ↓
ユーザー要求項目の抽出(問題点の抽出とその対策)
   ↓
製品コンセプトの作成
   ↓
モックアップを用いた基本機能確認とユーザー動作確認,
並行してシミュレーションを用いた製品案評価
   ↓
試作品の作成と検討
(人間情報計測,ユーザーヒアリング)
   ↓
製 品 化

 開発を行う第一歩は,まず使うユーザーのセグメント化,つまり使うユーザーを想定します。今回は心身機能面から8つのユーザータイプに分けました。またその中からKB,KC,KD,SBをコアユーザーと想定しました(図5)。



図5 想定ユーザーの心身機能などの把握


 この次に,そのユーザーがどういう調理をしているか等の調査を行い,問題点を抽出します。例えば「水を張った鍋など重いものを持ち上げ移動するのが大変」などです。そしてこのような問題点に対応する仮説,例えば「ワークトップとの段差が少ないIHを使う」などの対策を立てます。この仮説について,実際の高齢者などのユーザーに対しヒアリング調査を行います。この段階でなるべく実際の状況がイメージできるように,本音が出やすいような状況を設定することが重要です。これらをまとめて製品のコンセプトを作ります。またこの段階で,調理台の引き出しなど一部分について,モックアップ(実大模型)を作り,動作の確認や高さの変更といった作業も行います(写真3)。その際,筋電位などの計測を行い,使用者にどのような負担がかかっているのかを確認します。



写真3 棚からの取り出し動作確認


 その次にプロトタイプ(原型)の検討に移ります(図6)。



図6 プロトタイプの検討案


 この段階で,プロトタイプはすでに3次元の情報(図面)になっていますので,これを先ほどのバーチャルヒューマンのシステムに入れてシミュレーションを行います。この時は「鍋に水を入れる」や,「引き出しを開ける」など様々な作業のシミュレーションを行います(図7)。



図7 バーチャルヒューマンによる検証


 なお,使用者の身長や体型などは,日本人の寸法データを活用して簡単に変えることが可能です。さらにこのシミュレーションでも,図3のような腰椎にかかる圧力など,体の各部位の負担の程度を知ることもできます。そして「手が届かない」や「足がぶつかる」等の問題点を洗い出し,改良していくことが可能となるわけです。最近では,シミュレーションでカバーできない部分だけ,被験者による試験をするという流れになってきています。これらの検討の後にようやく試作品の作成となります。そして,最終的に実際の試験を行い,製品が完成します。この製品はある企業で商品化され,ユニバーサルデザインの調理台として販売されています。


 多様な身体特性に対応可能な手すり


 現在の手すりは丸形が主流です。人間工学的には直径35mm程度が握る力を一番出しやすいのですが,実際使う時にしっかりとつかんで使用しているかというと,特に伝い歩きの場合はそうでもないと思います。握力の低下や疾病により,握りたくても握れない方や,寄りかかるように使用している高齢者の方も多く見受けられます。このことに気づいたある木製集成材手すり専門メーカーは,今までのバリアフリータイプの手すりを見直すため弱握力者でも使える手すりの開発に着手し,最適な手すりの形状を検討しました。この手すりの特徴は手を安定させる母指窪,手を添えたり肘や前腕を乗せるための窪み,指先のためのガイドがついていることです(図8)。



図8 新型の手すりの特徴


 使い方の一例としては写真2のように指を添えるように使います。この開発では,従来型の手すりとの比較試験として,様々な人間情報計測を行いました。ここではその試験の一部をご紹介します(写真4)。



写真4 把持力分布計測の様子


 図9は手すりにつかまりながら実際の歩行試験を行った結果で,指先のどこに力がかかっているかを示しています。色の付いているところは力がかかっていることを示しています。丸型ではあまり力がかけられなかったのが,新型では全体にしっかりと力がかかっていることがわかります。



図9 把持力分布計測の結果


 ただ,親指の箇所は力が集中しすぎており,痛みを誘発する可能性も否めないため,のちに力を周囲に分散させるような手すり形状に微調整を行っています。
 次に,歩行中の身体状態をモニターするため写真5のような実験装置を製作し,伝い歩き開始から終わりまで様々な機器を用いてデータ化しています。足にかかる力,足圧の分布を見てみましょう。これも先ほどと同様に赤い部分に力が入っていることを示しています(図10)。この被験者は左足が悪い方だったのですが,新型の手すりを使った方が,左足もバランス良く使えていることがわかります。この他にも身体の動揺や,歩行傾向などの測定を行い,この手すりも商品化に成功しています。



写真5 手すり実験装置




図10 手すりを使った歩行中の足圧分布


 おわりに


 以上,二つのユニバーサルデザインに配慮した製品開発の事例を紹介してきましたが,世界的にも前例のない超高齢化社会に入っていくにあたり,製品本来の必要機能はもちろんのこと,使いやすさの品質についても意識していく必要があるでしょう。また,そのための開発プロセスについても,適切な手順をとることにより,後工程から上流に遡る必要を最小限にとどめることから,結果的に開発効率を良くすることができると考えています。


 参考文献


姿勢の変化による椎間板内圧の変化
 Nachemson, A. L.: The lumber spine an orthopaedic challenge, Spine,1(1), 59-71(1976).
ペダル配置と最大踏力(N)
 Chaffin, D. B.: Localized muscle fatigue-definition and measurement, Journal of Occupational Medicine, 15(4),346-354(1973).



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