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加圧注入用木材保存剤の移り変わり

性能部 耐朽性能科 宮内輝久
性能部 主任研究員 森 満範


 木材保存処理


 木材は再生可能な天然材料であり,古くから建築材料をはじめとした様々な用途に利用されています。木材は使用される環境によっては,様々な因子を要因とする木材組織の物理的・化学的変化が生じ劣化します。このような劣化を防止し,木材の耐久性を向上させる技術を「木材保存」といいます。
 木材に生じる劣化のうち,生物によるものは「生物劣化」と呼ばれ,木材腐朽菌と呼ばれる微生物やシロアリなどにより引き起こされます。
 一般的に,生物劣化を防止するためには,木材保存剤と呼ばれる薬剤を用いた処理(木材保存処理)が行われます。木材保存処理の歴史は古く,日本では木製の食器や木造建築物に漆やキリ油などを塗布することが行われていました1)。現在では,木造住宅や屋外構造物に用いられる保存処理木材の多くは,主に加圧注入処理によって生産されています。加圧注入処理は文字通り,圧力をかけて木材中に木材保存剤を浸透させる処理で,写真1に示すような,加圧注入装置を用いて行われています。
 現行の加圧注入用木材保存剤に関するJIS規格2)では水溶性木材保存剤,乳化性木材保存剤,油溶性木材保存剤,油性木材保存剤の4種類に大別されていますが,ここでは現在,加圧注入処理に多く使用されている水溶性木材保存剤の変遷についての概要を紹介します。

写真1 加圧注入装置

 初期の加圧注入処理木材


 日本で本格的に加圧注入処理木材が利用され始めた時期は明治5年とされており1),この年,新橋―横浜間で開通した日本初の鉄道の枕木として,クレオソート油(石炭の乾留によって得られる200以上の化合物を含んでいる3),現行のJIS2)では油性木材保存剤に分類)を加圧注入した欧州アカマツが英国から輸入され,使用されました。その後,枕木の他に電柱にもクレオソート油を用いた保存処理木材が使用され始めました。

 クロム・銅・ヒ素化合物系木材保存剤(CCA)


 加圧注入用木材保存剤として,現在汎用的に用いられている水溶性木材保存剤の礎となるCCAの原型は1933年インドのS.Kamesanにより開発されました。北海道林業指導所(林産試験場の旧名)では,1950年代に開発されたCCA(商品名:ボリデンソルト)を北欧から入手し,実用的な検討を行いました4)
 図1は日本防腐工業組合のデータを基に,保存処理木材の生産量を使用した防腐剤の種類別に整理したものです。1963年,CCAが使用され始め,以降クレオソートと並び主要な木材保存剤として使用されてきたことがわかります。
 1960年代後半から住宅土台用の保存処理木材の生産量が増加する一方,コンクリート化がすすめられた枕木や電柱用の保存処理木材の生産量は減少しました。そのため,主に枕木や電柱に用いられてきたクレオソート油処理木材の生産量は徐々に減少し,住宅土台にも用いられてきたCCA処理木材の生産量が増加しました。その結果,1970年代半ば以降,保存処理木材の生産量に占めるCCAの割合が最も高くなりました。

図1 木材保存処理剤別の保存処理木材の生産量(1900年~1990年)

 CCAから代替木材保存剤へ


 CCAは防腐性能が極めて高く,優良な木材保存剤として使用されてきました。しかし,時代の流れとともに環境問題に関心が高まるようになり,木材保存剤に対しても厳しい視線が向けられるようになりました。
 1989年に水質汚濁防止法が改正され,有害物質を使用する特定施設からの汚水の地下浸透に対する規制が行われたため,CCA処理工場では土壌舗装などの対策が必要となりました。さらに,1993年には水質汚濁防止法施行令により排水基準が見直され,ヒ素の排水基準は0.5mg/Lから0.1mg/Lに強化されました。
 この新しい排水規制は1994年2月1日から実施されていますが,木材防腐処理工場に対しては1997年1月31日まで暫定的に0.3mg/Lの排水基準が適用されています。しかし,1997年2月1日から排水基準値が0.1mg/Lに規制されたことから,CCAを使い続けるためには大がかりな改装と莫大な費用が掛るため,他の木材保存剤へ転換せざるを得ない状況になりました。その結果,1997年を境にCCA処理木材の生産量が急激に減少しています(図2)。

図2 木材保存処理剤別の保存処理木材の生産量(1995年~2005年)

 非銅系木材保存剤


 図3に示すように,CCAに代わる水溶性木材保存剤として最近では非銅系の木材保存剤が使用されています。非銅系木材保存剤の代表的なものは第四級アンモニウム化合物系木材保存剤(AAC)2)です。AACの有効成分である第四級アンモニウム化合物は,毛糸洗いやウール用の洗剤,衣服の静電気防止剤,繊維の柔軟剤,病院の手の消毒剤などにも使用されているカチオン界面活性剤の一種です。
 AACの木材保存剤としての利用研究は1972年頃から行われており1)第四級アンモニウム化合物に関する研究が日本を含む各国で行われ5-7),世界的に実用化されるようになりました。さらに最近では,第四級アンモニウム化合物と他の有効成分を組み合わせた木材保存剤がJIS2)に記載され,使用されています(表1)。

図3 木材保存処理剤の系統別保存処理木材生産量(2004年~2007) 表1 第四級アンモニウム化合物を含む木材保存剤

 銅系木材保存剤


 AACの性能をさらに向上させるため,銅を添加することで改良された銅・第4級アンモニウム化合物系木材保存剤(ACQ)の研究が1970年代後半から行われ8,9),日本では1989年に本格的な使用が開始されました。続いて,銅とトリアゾールを有効成分[JIS2)では銅・アゾール化合物系木材保存剤(CUAZ)に分類]とする木材保存剤が開発され10)使用されています。このため,図3に示すように,最近では銅系の木材保存剤で処理されたものの割合が高くなっています。

 おわりに


 加圧注入用木材保存剤のうち水溶性木材保存剤を中心に,その移り変わりについて説明しました。これらのうちCCAは2004年のJIS改正時に木材保存剤の規格であるK1572)から削除されました。また,2006年のJAS改正により製材の日本農林規格の中からCCA処理木材に関する規格が削除されました。
 保存処理木材を取り巻く時代背景の変化により,使用する保存処理剤には高い安全性が求められています。そのため,現在では関連企業により開発された安全性の高い新規の木材保存剤が加圧注入用木材保存剤として使用されています。

参考

1)芝本武夫 監修:木材保存の歩みと展望,(社)日本木材保存協会1-126(1985)
2)JIS K 1570:2004:木材保存剤
3)(社)日本木材保存協会:木材保存学入門 改訂版 128 (2001)
4)阿部豊,布村昭夫,大山幸夫:林業指導所研究報告 11号,187-227(1956)
5)OetrteL, J.:HoLztechnoLogie, 6(4),243-247(1965)
6)Ruddick, J.N.R.:InternationaL Research Group on Wood Preservation Document No:IRG/WP/3248(1983)
7)Tsunoda, K., Nishimoto, K.:Mokuzai Gakkaishi,33(7),589-595(1987)
8)Butcher, J.A., Prestone, A.F., DrysdaLe, J.A.: N. Z. J. For. Sci, 9(3), 348-358(1979)
9)DrysadLe, J: N. Z. J. For. Sci, 13(3), 354-363 (1983)
10)長野行鉱,白石徹治,村上正人,小寺学,DrysdaLe, J.:木材保存22(2),10-23(1996)

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