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●特集「木材の劣化診断」 

遺伝子を用いた木材腐朽菌の検出

性能部 主任研究員 森 満範



 腐朽診断(三次診断)


 住宅を長持ちさせるためには,木材を腐朽させる菌類(木材腐朽菌)の発生を防ぐことが不可欠です。もし木材腐朽菌が発生した場合は,できるだけ早い段階で発見する必要があります。
 木材の腐朽は主に担子菌類,いわゆるキノコによって引き起こされます。カビの中にも木材を腐らせるものがありますが,大半のカビは木材を腐朽させる能力はありません。したがって,住宅部材に発生した菌類が,キノコなのか,あるいはそれ以外の菌類なのかを判断することが重要となります。

 床下など,腐朽が発生しやすい箇所を調べた際に菌類を見つけた場合,傘状の形(子実体)をしていて明らかにキノコであることが確認できたり,木材が劣化していたら,腐朽していると診断できます。しかし,木材に劣化が見られない部位で菌類を見つけた場合,その菌類が「木材腐朽菌(キノコ)なのかどうか」「後に腐朽が発生するのかどうか」を見ただけではわからないことがあります(図1)。また,菌類がいなくても,木材の色が変わっていたり水分を多く含んでいたりすると,木材腐朽菌が木材に潜んでいることも考えられます。そのような時は,その菌類や異常部位に対して精密な診断(三次診断)が必要になります。

図1 住宅部材に発生した菌類

 従来の腐朽診断方法と課題


図2 キノコの菌糸に特徴的なかすがい状の突起

 一般的に行われている腐朽診断作業は,まず,異常が見られた部位から試料(腐朽材,菌類の一部など)を採取します。腐朽の原因となる菌類だけを分離する(取り出す)ために,菌類の成長に必要な栄養素を添加した「培地」という基材に試料を置いて一定期間(数日~数週間)培養します。試料から菌類が発生してきたら,その一部(菌糸)を新しい培地に植え替えます。この操作を繰り返すことによって,分離菌の純粋化(単離)を行います。単離した分離菌の菌糸を取り出して顕微鏡で観察し,形態的な特徴(かすがい状の突起)を見つけることによって腐朽菌(キノコ)であるかどうかを判別します(図2)。

 しかし,この方法では以下のような課題があるため,信頼性が高く,迅速に判定するための新たな腐朽診断技術が求められています。
・菌の種類によっては成長が遅いものもあり,判定までに時間がかかる場合がある。
・他の雑菌が混ざって成長してしまうと,腐朽菌だけをうまく分離できない場合がある。
・腐朽菌を分離して顕微鏡観察を行っても,かすがい状の突起を見つけることができない場合がある。

 遺伝子を用いた腐朽診断の試みとPCR法の原理


   生物は,細胞内にあるDNA(デオキシリボ核酸,Deoxyribo Nucleic Acid)という設計図に刻まれた遺伝情報に基づいてタンパク質を合成し,生命を維持しています。DNAは生物の種類によって異なっているので,この違いを利用して木材腐朽菌を検出することができます。しかし,腐朽現場から採取できる木材腐朽菌のDNAは微量なので,このままでは分析することができません。そこで,PCR(ポリメラーゼ連鎖反応,Polymerase Chain Reaction)という方法を用いて木材腐朽菌のDNAを増やす(増幅)作業を行いました。

 PCR法は,今から20数年前に開発された方法で,食品検査,医学的検査,遺伝子鑑定など,幅広い分野で利用されています。最近では,新型インフルエンザの判定にも利用されているようです。
 PCR法を行うにあたり,まず,検出したい木材腐朽菌のDNAの中で,その菌に特徴的な部分(塩基配列)を探します。次に,特徴的な部分を増やすためのDNAの短い断片(プライマー)を設計し,人工的に作製します。このプライマーと,現場から採取した試料,酵素などを用いてPCRを行います。

 図3は,PCR法によるDNAの増幅の一例を示したものです。PCR反応は3段階の温度条件を繰り返すことによって進んでいきます。
・まず,95℃近辺に温度を上げると2本の鎖が1本ずつに分かれます。
・次に温度を下げると,増やしたい領域のDNAにプライマーがひっつきます。
・再度,温度を上げると,酵素(DNAポリメラーゼ)が新しい鎖を伸ばしていきます(新しい2本鎖が作られます)。
 ここまでが1サイクルで,このサイクルを繰り返すことによって増やしたい部分のDNAが増えていきます。

図3 PCR法によるDNAの増幅の一例

 PCR法による腐朽菌検出技術の確立および診断手順


 従来の三次診断方法のように,培養によって腐朽材から木材腐朽菌だけを取り出し,それをPCR法で分析することはそれほど難しいことではありません。しかし,その方法だと従来の診断方法と同様に時間がかかってしまいます。そこで,PCR法を腐朽診断に応用するために,腐朽材から直接,木材腐朽菌のDNAを取り出して,PCR法により木材腐朽菌を検出するための検討を行いました。

 PCR法を腐朽診断に応用するにあたり,いくつかの課題が考えられました。腐朽現場から採取した試料にはいろいろな混入物が含まれています。そのような試料から木材腐朽菌のDNAを取り出して,精度良く検出できるかどうかを確認しなければなりませんでした。
 想定される混入物としては,木材(腐朽材),カビなどの木材を腐朽させない菌類,および木材保存剤が挙げられます。そこで,これらと木材腐朽菌が混在した試料を用いて検討を行いました。その結果,いずれの場合においても木材腐朽菌を検出できる分析条件を確立・確認することができました。また,建築物に発生する代表的な11種の木材腐朽菌のプライマーを設計し,PCR法でこれらを検出することが可能となりました。詳細な結果については,文末の参考資料をご覧ください。

 PCR法による腐朽診断の手順を図4にとりまとめました。培養によって腐朽材から木材腐朽菌を取り出し,顕微鏡で観察するという従来の方法では,結果を得るまでに数日から数週間かかっていました。しかし,遺伝子を用いる方法だと,1日から数日以内に判定することが可能なことから,住宅の腐朽診断に大きく貢献できると考えています。

図4 PCR法による木材腐朽菌の検出手順

 まとめ


遺伝子を用いた木材腐朽菌の検出技術について検討した結果,住宅の腐朽診断へ適用できることが示されました。さらに実用的な技術にするためには,今後も,検出できる木材腐朽菌の種類を増やしたり,木材腐朽菌の遺伝子情報を整備していく必要があります。また,住宅の腐朽診断を行うためには,木材の残存強度を非破壊的に評価する二次診断の技術や,水分の侵入などの異常を検知する技術も必要となります。木造住宅の総合的な腐朽診断・予測を実現するためには,これらの技術開発を連携して行うとともに,これらの診断作業を機能的に稼働させるための体制(システム)の整備が重要となるでしょう。

参考資料

・杉山智昭,森満範,宮内輝久,中谷誠,原田陽:木材保存,29(3),98-104(2003).
・杉山智昭:林産試だより2007年5月号,8. 参考10705080808.pdf
・杉山智昭,森満範,東智則:林産試験場報,第538号,1-5(2009). 参考20923010105.pdf

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