●特集「木材の劣化診断」
木材が腐朽すると,強度が低下することは容易に想像できると思います。したがって,木材が腐朽したかどうかは,強度試験を行うことによって確認できます。しかし,実際に建物に使われている材料を強度試験するためには,試験体を切り出さなければならず,現実的な手法とは言えません。
ここでは,腐朽した木材や接合部を破壊することなく診断する方法と,強度がどれくらい残っているかを推定する方法について説明します。
木材を壊すことなく腐っているかどうかを調べるには,まず指で押してみることが一番簡単です。腐っていれば湿り気を感じるとともに,押した部分が凹んでしまうでしょう。これは,一般に木材腐朽菌が活動するためにはある程度の水分が必要なこと,また木材腐朽菌が木材組織を分解して繊維がバラバラになってしまうことが原因です。
とはいっても,手で触って簡単に分かるくらいなら,見ただけで判断することも可能でしょう。実際には,それほど腐っていないように見えるけど,強度は大丈夫だろうか,という状況での判断が必要になることが多いと思います。
もう少し確実に評価するための方法としては,ドライバーのような先の尖ったものを突き刺して,その抵抗や入り具合をもとに評価する方法が挙げられます。
しかし,これでも人によって感覚が違うので客観的な評価とは言い難く,1)劣化してない2)部分的に劣化している3)著しく劣化している,の3段階程度にしか分類できません。
そこで,さらに正確に評価する方法として,鋼製のピンを打ち込む方法が開発されました。これは先ほどのドライバーを突き刺す方法をより客観的にしたもので,一定の強さでピンを打ち込む装置(写真1)を用います。木材が強ければピンが浅くしか入らず,弱ければよりピンが深く入ります。入った深さは装置の目盛りで読み取ることができます。
その他にも,ハンマーで叩いたときの音をもとに評価したり,超音波を使って評価したりする非破壊的な方法が研究されていますが,なかなか実用化されて普及するというレベルには至っていません。
また,化学的に分析することによって,木材の中に腐朽菌がいるかどうかを確かめることもできます。しかし腐朽菌の存在を確認しただけでは,どのくらい腐っているかという評価にまでは至りません。
これに対して,木材がどれくらい腐朽菌によって分解されたかを示す質量減少率を測定する方法は,非破壊的手法とは言えませんが,有効な手段です。腐朽菌によって分解された分だけ木材の質量は減少し,強度も低下する傾向があります。腐朽菌の種類によっては,ほんの少し質量が減っているだけでも強度が大きく低下することがあります。しかし質量減少率は,簡単に測定できるわけではありません。腐朽していない状態での質量と腐朽後の質量とを水分を取り除いてから比較しなければならないので,実験室で測定する必要があります。
木材が腐るとどのくらい強度が低下するのでしょうか?
これを確かめるために,実験室で強制的に腐らせた木材を使って強度試験を行いました。腐らせる方法は,まず水分と栄養が豊富な培地で腐朽菌(オオウズラタケ)を成長させ,そこに試験体となる木材を載せて,腐朽菌に分解させます。そして60日後,120日後に試験体を取り出して,圧縮試験を行って強度を調べると同時に,質量減少率も測定しました。その結果,長く腐朽させるにつれ強度が低下し,質量減少率は大きくなることが分かりました(図1)。
さらに,先ほど説明した非破壊診断の一つである鋼製ピンの打込み深さを測定し,強度との関係を調べました(図2)。その結果,ピン打込み深さが深いほど木材の強度は低下していることが確認できました。つまりピン打込み深さを測るという非破壊的な方法で,強度がどのくらいかを推定することができるのです。
それでは接合部についてはどうでしょうか?
木造の構造物では部材の強度よりもむしろ部材同士をつなぐ接合部の強度が大事です。たとえば大地震で倒壊した建物を調べると,柱が折れるよりも,柱と土台の接合部が破壊したことが原因と思われる場合が多くあります。
木造の構造物での接合部は,ほぞや欠き込みを加工するものや,接着剤で固定するものもありますが,最も多いのは釘やボルトを使って固定するタイプでしょう。
腐朽菌によって釘やボルト自体がダメージを受けることはありませんが,それらを支える木材が腐ってしまえば,やはり強度は低下します。
そこで,もっとも一般的な釘接合について腐朽と強度の関係を調べてみました。
実験では,図3に示すように木材に鋼板を釘で打ち付けた試験体を,先ほどと同じように強制的に腐朽させました。その後,30~180日後に取り出して強度試験を行いました。また先ほどの鋼製ピンの打込み深さを測定し,それらの関係を調べました。
実験の結果,先ほどと同様にピン打込み深さが深いほど接合部の強度は低下していました(図4)。
なお,写真2は試験終了後の釘接合部の様子です。腐朽するにしたがって,形状もいびつになっていくのが分かります。
ところで,釘接合部の強さは,木材の強度,釘の太さ,長さや強度を使って推定することが可能です。そこで,図2の回帰曲線をもとにピン打込み深さから予測した木材の強度を使って,釘接合部の強さを予想することが可能かどうか検討してみました。
その結果,図4の破線で示したように,概ね安全側で接合部の強度を推定することが可能でした。したがって,腐朽した接合部の周辺でピン打込み深さを測定すれば,接合部の強度がどのくらい残っているかを評価することができます。
木材や接合部の強度を非破壊的に評価する技術は,既に建っている木造住宅の耐震診断に応用することができます。
耐震診断では,まずいつごろ建てられたのかを調べます。これは,1981年に改正された建築基準法では耐震基準が大きく見直されているので,それ以前に建てられた住宅であれば,耐震性能は不足していることが予想されるためです。その他にも,柱と土台がどのように接合されているか,耐力壁の量が十分であるか,またその配置はバランスがとれているかなどを,設計図をもとに調べます。
しかし,このような診断で分かるのは建設当初の耐震性能であって,現在もこの性能が維持されているかどうかは分かりません。ひょっとしたら柱や土台が健全ではなく傷んでしまって,当初の性能が確保されていないかもしれません。こういった柱や土台の現状を耐震診断に反映させるためには,実際に床下にもぐったり,壁をはがしたりして,柱や土台がどのような状態なのかを調べる必要があるのです。
これまではドライバーを突き刺すなどのやや精度に欠ける手法が主流でしたが,本稿で示したような非破壊手法によって,柱や土台,接合部の状態を今までよりも精度良く診断することが可能となります。今後は床下にもぐったり壁をはがしたりしなくても調べられるような,もっと簡単にできる診断方法の開発が望まれます。