本文へ移動
 

●特集 2010木製サッシフォーラム「屋外の騒音とその遮断」

騒音に対する人間の反応の異文化間比較

北海学園大学 工学部 建築学科 佐藤哲身


 はじめに


 皆さんこんにちは。北海学園大学の佐藤でございます。音とサッシということになると騒音のことが頭に浮かびますので,今日はそれに関わるお話をさせていただきます。私は遮音などの騒音対策の目標となる基準値の考え方に関わる研究を今まで続けて参りましたので,騒音の評価,つまり騒音に対する人間の反応に関する研究成果を紹介します。はじめに音とは何か,騒音とは何かという話をいたします。

 音とは何か


 音とは,物理的に表現すると弾性体を伝わる波動です。ぐいっと押すとぐいっと跳ね返る性質を持つ物は音を伝えます。ほとんどの物が音を伝えるということになります。一般の人たちが対象として考えるのは,音波の刺激によって人間に生じる感覚,聴覚を引き起こすような音です。同じ物理現象でも聞こえない音波があります。周波数が高いほうの音波は超音波です。低すぎて聞こえない音波もあります。これが超低周波といわれています。

 音と建築


 建築の世界では,集合住宅の固体伝播音,上の階で子供が走り回ると床が振動して階下の部屋に放射する,トイレを流す音が配管を伝わるといったことが問題になります。建物の中だけではなく,外を大きな車が通ると地盤が振動して,壁・床・天井から音が放射されます。空気中を音が伝わる早さは一秒間に340mですが,コンクリートや鉄や木材では,空気中の10倍くらいの早さで音が伝わるという性質があります。ですから,直接振動や衝撃が加わるとあっという間に音が伝わってしまいます。このことが建築物でいろいろと難しい問題を引き起こしています。

 音に対する人間の反応


図1 ISO/R226の等ラウドネス曲線

 一方,音に対する人間の感じ方ですが,図1は我々が共通に持っている聴覚の特性図です。これは等ラウドネス曲線と呼ばれています。音を人間が聞いたときに,音の周波数によってどのように大きくあるいは小さく感じるかという感覚を表しています。たくさんの曲線が引いてありますが,一本の曲線上の音はすべて同じ大きさに聞こえます。横軸が周波数で,縦軸が音圧レベルです。低い音のほうが同じ音圧レベルでも小さく聞こえるということです。例えば,1000Hzで40dBの音と20Hzで90dBの音は同じ大きさに聞こえます。
 人間の耳はこのような特性を持っていますから単純に物理的なエネルギーの大きさだけで音を評価しても意味がありません。騒音計と呼ばれる機械ではこのような人間の耳の特性を単純化して,人間の耳の感度が高い領域では値が大きく出るように工夫されています。値はdB(デシベル)で表現され,静かな郊外の住宅街では40dB程度,ジェット機の騒音は130dB程度になることもあります。

 騒音とは何か


 騒音は,日本工業規格(JIS)では,望ましくない音と定義されています。「騒音」には「騒がしい」という字が含まれているように心理的な評価がからんでいます。主観的あるいは心理的な問題なので騒音問題は非常に複雑になります。同じエネルギーの騒音でも昼間に比べて夜間は非常にうるさく感じる場合があります。また音の性質,例えば周波数特性が変わると印象も変わります。ガラスをひっかいたときの音のように音のエネルギーは小さいのにきわめて不快な音もあります。音の持っている意味も関係があります,例えば隣の商売敵から聞こえてくる音は非常に不快といえます。もちろん個人差や周囲の環境によって感じ方は異なります。

 騒音と窓


写真 遮音窓の例

 私の立場からは,うるさいときに窓を閉めることができるというのが窓の役割です。だいぶ昔のことですが,ある学会に遮音の委員会があって,木造の壁に匹敵するような窓を作るにはどのくらいの厚さが必要か検討したところ,30cm程度という結論になりました。写真は成田空港周辺のホテルの窓です。二重窓になっていて空気層は20cmくらいあります。外側のサッシと内側のサッシの間の有孔板の中にグラスウールが詰められていて吸音する仕組みになっています。

 騒音問題の本質


 騒音問題の本質は心理的な問題です。昭和49年に「ピアノ殺人事件」という衝撃的な事件がありました。騒音は必ずしも音の大きさの問題ではなくて,聞きたくない音が聞こえてくることが最大の問題です。当時の警察白書によれば,騒音が原因の殺人が3年間で60件発生しています。

 地域間での騒音に対する反応の違い


 騒音に対する人間の反応が,地域間でどのように違うかを調べるためにスウェーデン,タイ,札幌,熊本で比較を行いました。暑いところと寒いところでは騒音に対する感じ方に違いがあるか,あるいは文化の違う地域間で違いがあるかを調べるのが目的です。
 騒音評価がなぜ必要か,遮音の研究の方が重要ではないかと言う人もいます。しかし,生活に影響がないレベル,すなわち許容値を決めなければ,どれだけ遮音性を持たせればよいのかわかりません。これが騒音評価の必要性の一つです。

図2 各地の住宅の遮音性能

 人間の反応は非常に複雑です。騒音の不快感を調べるために,住民へのアンケート調査を行います。さらに騒音レベルを測定して,その関係を調べてみると,騒音レベルでは不快感の10~25%程度しか説明できません。そのほかの75%は音以外の何かが影響していると考えられます。ですから,いろいろな側面から何が重要なのかを調べる必要があります。
 なぜ外国でも研究を行うかというと,騒音問題は全世界的な問題だからです。航空機をはじめとして交通機関は世界中に騒音をまき散らしています。騒音問題は世界各国の研究結果の相互利用が大変有効だと考えています。
 今回の調査の対象の地区は,札幌が北緯43度,熊本が32度,スウェーデンのイェーテボリが57度,バンコクが13度です。これらの地区で同じ手法を用いてアンケート調査と騒音測定を行いました。図2に各地の住宅の遮音性能を示します。タイの遮音性能のデータがありませんが,これはタイでは非常に開放的な生活をしていて,窓を開けたままで生活していることが多いためです。

図3 交通騒音に対する各国の反応

 図3は騒音レベルと住民の反応の関係の一部ですが,横軸が騒音レベル,縦軸が「非常にうるさい」と答えた人の割合です。どこの国でも騒音のレベルが大きくなるとうるさいと感じる人が増加します。札幌と熊本では窓の遮音性が違いますが,反応がほとんど同じです。それに比べて,バンコクやイェーテボリの反応は大きく違います。つまり,建物の遮音性能は,札幌とイェーテボリ,熊本とバンコクではそれぞれ似通っていますが,それぞれ反応が違います。そして,遮音性能が違うイェーテボリとバンコクでは似たような傾向を示します。これは,生活習慣の違い,あるいは住宅構造の違いによるものと考えられます。同じ文化圏で住宅の遮音性能は違っても似たような生活をしている熊本と札幌の間には有意な差はありません。また,イェーテボリとバンコクの住民は日本の2都市の住民よりも同じ騒音レベルの道路交通騒音をよりうるさいと感じています。

 最近の研究の紹介


図4 日本人・熊本在住のベトナム人・ハノイ在住のベトナム人の,日本とベトナムの交通騒音に対する感じ方の違い

 2003年からベトナムで研究を行っています。ベトナムではバイクが非常によく使われていて,洪水の濁流のように走っています。また,クラクションがひっきりなしに鳴っています。このような環境で生活している人たちは騒音をどのように感じているかを調べました。日本人,熊本に住んでいるベトナム人,ハノイに住んでいるベトナム人が交通騒音をどう感じるかを聴覚実験で調べた結果が図4です。実線が日本の交通騒音,点線がクラクションが多いベトナムの交通騒音です。ベトナムの交通騒音を日本人は大変うるさいと感じます。ベトナム人でも日本で生活すると日本の騒音に慣れて,元の暮らしの音が気になりますし,普段そのような音を聞いていない日本人にとっては大変不快であるということがわかります。
 騒音問題は,物理現象である音に起因する問題ですが,人々の騒音に対する心理的な評価がその本質です。また,その評価には文化的な背景や生活習慣が大きな影響を与えていると言えます。

次のページへ