Q&A 先月の技術相談から
A: ご質問の「ぬれ」は専門的には「水食い」と呼んでいます。水食いは,心材の含水率が周囲に比べ,異常に高い場所と定義されていますが,例えば含水率が○%以上と言った定義はありません。また,水食いが発生する原因についても,細菌説や浸透圧説などがありますが,はっきりと断定されているわけではありません。よく分からないことばかりですが,あまり大きな問題となってこなかったのは,二つ理由が考えられます。
一つは,水食いが原因となって商品価値を下げるような高付加価値の材料として使われることが少なかったことです。これまでトドマツ人工林材は径級が20cm以下の小径木が多かったこともあり,水食いが多い素材は,梱包材や,土木資材などに多く用いられてきました。このような使い方では乾燥の必要性も低く,強度もあまり要求されませんので,水食いが問題となることが少なかったと言えます。しかし,今後は人工林材も大径化しますので,柱や梁などに使われていくものと予想しています。そうなった場合,乾燥技術も含めて水食いの問題が表面化すると考えられています。
もう一つは,乾燥した後,水食いとそうでないところ(「正常部」と呼ばせていただきます。)が見た目も,使用上も区別がつかなかったためです。しかし,きちんと調査したわけではないため,ご質問のような疑問が生じます。
そこで,水食い部と正常部で強度や乾燥性などに差があるのか詳細な試験を行いました。結論から先に言いますと,水食い部と正常部に差はありませんでした。もちろん,水食い部に「割れ」や「もめ」などの損傷がある場合は損傷が原因で強度は下がります。しかし,そうでなければ差はありませんでしたので,水食い材は強度が低いなどの心配は要らないと考えています。
この水食い部と正常部の差をどのように調査したかをもう少し詳しく説明します。
一本の原木を製材し,水食いが見つかったとき,水食い部から,試験によって若干異なりますが,概ね割りばしぐらいの大きさの試験片を採りました。そして,その隣から同じ大きさの正常部の試験片を採りました。これでほぼ同じ環境で育った心材の正常部と水食い部の違いを比べることができます。
まず,これらの試験片を乾燥して曲げ試験,衝撃試験を行いました。いずれもJISで定められている強度試験です。これらの結果に差はありませんでした。
この時,収縮量も調べました。水食い部の方が若干大きく収縮した試験片もありましたが,全体で見るとはっきりと差があるとは言えませんでした。
しかし,人工乾燥するときに収縮の仕方や柔らかさの変化が異なると水食い部と正常部の境で割れが生じてしまいます。そこで次に粘弾性試験を行いました。粘弾性試験とは,試験片を強制的に振動させたとき,強制振動に対して試験片がどの程度正確に追従するかを見る試験で,試験片のヤング率と同時に位相のずれとして,木材のやわらかさ,粘り強さを見ることができます。また,うまく実験装置を作ることで人工乾燥しているときとほぼ同じ条件の下で強度,粘り強さの変化を観察できます。ここが最も工夫したところです。
このような実験装置で,人工乾燥を想定した温度を保ちながら試験片の強度,粘り強さを測ったところ,全体としては同じような変化をしましたが,水食い部のほうが変化に時間がかかることが分かりました。時間がかかる原因を調べるため,水食い部と正常部を同じ含水率になるまで吸水させてから試験したところ,差がありませんでした。
これらの一連の試験から,水食い部と正常部の間には含水率以外の差は無いと結論づけました。もちろん,含水率に差があるわけですから,厳しい条件で乾燥を行うなど,水食い部と正常部の粘り強さに大きな差が出るような乾燥を行うと割れの原因となります。どのような乾燥条件が良いかについては,これからも追求していきます。
最後にご質問にありました天然乾燥は条件も穏やかですので水食い部と正常部の含水率の差を縮めるには有効な方法と言えます。