【普及参考事項】
牛の分娩時刻予知に関する研究
    北海道立新得畜産試験場

1. はじめに
 乳牛の多頭化、協業化が急速に進展しつつある折からこれに伴い一農家或いは一協業内で一年間に分娩する牛の頭数は年々増加の傾向あるが分娩予定時刻が不明確のため分娩看護に農家の人は肉体的に、精神的に大きな負担背負うばかりでなく適切な分娩処置がとれなかったための難産、その他の事故損失も多いように思われる。
 牛の分娩を中心としておこる生理的変化、血液学的、生化学的については既に種々報告もあるが、いづれの分娩時間予知法としては実用価値が乏しい、牛の分娩前後の体温変化は分娩時間の予知上実用的に価値があると云われているが、体温は牛側からは採食、運動等の変化、或いは1日のうちでも昼夜により生理的変動があり、測定側からすれば体温計そのものが正確か不正確か、測定部の適、不適、測定時間によっても誤差が生ずると考えられるので先ず体温測定が牛の分娩時刻予知上実用的価値あるや否やについて検討を加えた。

2. 試験方法及び成績
 1) 体温計の性能試験
 体温計の性能を調査するためM社製5本、G社製5本計10本の家畜用体温計を約40℃の恒温水槽に入れ5分後の体温計上昇を反覆測定した結果は第1表のとおりでNo.5が他の体温計に比べ異常に低く体温計間の分散は5%の危険率で有意であった。他の9本については測定区間については有意差を認めたが体温計間には有意差は認められなかった。
 あらたに10本の体温計を用い約41℃の恒温水槽内で上記同様の試験の結果については分散分析の結果測定区間内では有意差は認めたが、体温計間には認められなかった。

 第1表 体温計の性能調査(第1回)℃
体温計 /
測定区分
1 2 3 4 5 6 7 8 9 10
1 40.50 40.55 40.55 40.55 40.20 40.55 40.55 40.60 40.50 40.50
2 40.35 40.35 40.40 40.40 40.25 40.35 40.40 40.35 40.40 40.30
3 39.95 39.90 39.95 39.95 39.40 40.00 40.40 40.00 39.95 40.00
4 40.30 40.30 40.35 40.30 40.10 40.40 40.35 40.35 40.30 40.30
5 39.55 39.60 39.55 39.60 39.40 39.65 39.60 39.65 39.55 39.60


 2) 測定時間の長さの体温誤差試験
 体温計の直腸内挿入時間の長短が体温誤差に及ぼす影響を知るため乳牛2頭を用い体温測定時間を2分、3分、4分及び5分の測定区分でラテン方格法により各牛4×4回の体温測定を行った結果は第2表のとおりで、体温測定時間の長短の間とは危険率5%で有意差が認められ、更にこれを5分と2分測定間の体温差の検定を行ったところ有意差は認められたが5分と3分の間では5%の危険率で体温差に有意の差は認められなかった。

 第2表 体温測定の長さの誤差試験(℃)
  1 2 3 4
1 A:38.30 C:38.45 D:38.53 B:38.53
2 C:38.48 B:38.50 A:38.48 D:38.60
3 D:38.60 A:38.50 B:38.55 C:38.63
4 B:38.53 C:38.68 C:38.63 A:38.38
  注) A:2分、B:3分、C:4分、D:5分

 3) 直腸内深度の誤差試験
 直腸内挿入した体温計の深度により体温に差が認められるか否やを確かめるため4頭の牛を用い試験を行ったところ、直腸内5cmと10cmでは統計処理上第3表の如く両者に極めて有意の差を認めた。

 第3表 直腸内深度による体温測定誤差(℃)
直腸内深さ/
回/
牛区分
10cm 5cm
A 1 39.10 38.95 0.15
2 39.05 38.90 0.15
3 39.05 38.80 0.25
B 1 38.80 38.45 0.35
2 39.00 38.80 0.20
3 39.00 38.85 0.15
C 1 38.50 38.35 0.15
2 38.60 38.35 0.25
3 38.55 38.40 0.15
D 1 38.45 38.05 0.40
2 38.45 38.00 0.45
3 38.45 38.20 0.25


 4) 直腸内位置の体温測定誤差試験
 直腸内に宿糞が充満しているところに体温計を挿入した場合と、宿糞のない場合に挿入した場合で検温上差があるや否や人工直腸をつくり試験の結果5%の危険率で差がなかった。
 5) 生理的体温測定変化
 妊娠末期牛5頭を用い生理的体温の変化を午後5時から24時間30分間毎に検温の結果第1図の如く一般に夜間は昼間に比べて低く20時~22時の間がもっとも安定し昼間の体温変動は一般的に大きく叉採食後一時的な体温の上昇が認められた。
 6) 分娩までの体温測定
 分娩前の体温測定のためホルスタイン種21頭、ホル系種2頭、ショートホン種3頭の計26頭をABCの3群とし、A群は7.00時と21.00時、B群は7.00時と17.00時、C群は5.00時と21.00時にそれぞれ検温したところ、一般に分娩前の体温は牛の平熱より高いが、特に分娩前約1週間前から一層上昇し、39.0~39.5℃の間のものが多く、それが分娩約50時間前から急速に下降38.5℃前後で分娩した。
 妊娠末期の体温の動向は第4表のとおりで妊娠末期高温期の平均体温と分娩24時間の体温間には明らかに有意の差が認められその差の平均は0.53℃で、叉妊娠末期の平均体温と分娩12時間前の体温差は0.69℃であった。体温下降開始後分娩までの長さ31.0~93.5時間で平均所要時間は50.00±7.06時間であった。叉妊娠末期体温と分娩前最低体温との体温差は平均0.92℃であった。

 第1図 牛の生理的体温変化(時)



 第4表 妊娠末期の体温関係
区  分/
牛記号
(1)
体温下降
開始前体温
分娩前体温変化(2) 体温下降
開始時体温
体温下降後
分娩までの時間
48時間前 24時間前 12時間前 最低体温
1 39.3 39.3 38.7 38.6 38.4 39.4 53.5
2 39.3 39.55 38.7 38.6 38.4 39.55 44
3 39.5 39.4 39.3 39.1 38.4 39.6 74
4 39.9 39.8 38.7 38.3 38.2 39.8 37
5 39.3 39.4 38.8 38.5 38.4 39.3 36.5
6 39.3 39.5 39.0 38.7 38.6 39.5 43
7 39.2 39.2 38.6 38.7 38.4 39.2 38.5
8 39.3 39.3 38.8 38.6 38.5 39.3 46
9 39.4 39.4 39.5 38.8 38.7 39.6 31
10 38.6 38.9 38.7 38.6 39.0 30.5
11 39.5 39.6 39.0 38.7 38.6 39.6 53.5
12 39.4 39.5 39.4 38.7 38.3 39.9 39
13 39.6 39.7 38.6 38.5 38.5 39.9 61
14 38.8 38.9 38.8 38.6 38.5 39.2 31.5
15 39.2 39.2 38.8 38.5 38.2 39.2 52
16 38.6 38.6 38.55 38.35 37.2 38.6 35.5
17 39.2 39.4 38.3 38.4 38.2 39.4 50
18 39.2 39.1 38.4 38.25 38.25 39.2 37
19 39.3 39.0 38.3 38.7 38.3 39.5 91
20 39.3 38.90 38.65 38.2 38.2 39.5 39.5
21 39.2 39.0 38.6 38.45 38.45 39.6 33.5
22 39.1 38.75 38.4 38.4 38.3 39.25 68.5
23 39.3 39.05 38.6 38.55 38.55 39.5 53.5
24 39.1 38.05 38.5 38.7 38.05 39.15 69
25 39.1 38.05 38.75 38.55 38.55 39.35 93.5
26 39.1 39.05 38.5 28.7 38.4 39.3 59
  注) (1) 体温下降開始前3日間の平均体温である。
     (2) 各時間に最も近い体温測定値を示す。

3. 考察
 妊娠動物は卵胞ホルモンの存在により子宮筋がオキシトシンに対する感受性を増し陣痛が開始されるか子宮筋の運動性及びピッイトリン感受性は卵胞ホルモンが多量に存在しても黄体ホルモンによって抑制される。即ち妊娠末期は黄体ホルモン、卵胞ホルモンの量的変化、切換えが行われ、これに伴う体温の変化があるものと考えられる。
 牛の分娩時間を体温の変化で推定しようとする場合、家畜側では採食、運動、消化等エネルギー代謝する1日24時間中の変動があり、叉検温する側からは体温計の使用方法による誤差を考えねばならない。今回一連の体温測定誤差試験の結果、最大の誤差は直腸内体温測定深度であり、充分挿入することが必要で体温測定時間の長短では3糞以上挿入しておくとこが必要であるここがわかった。体温計の品質調査では中に不良品あることが認められた。
 生理的体温の変化では昼間は夜間に比べ体温は一般に高く、昼間は体温の変動がかなり著しいことが判明した。1月中で体温の最も安定しているのは20~22時の間で、最も変動の大きいのは8~14時の間であることがわかった。牛の分娩時間予知上1日何回、何時に測定したらよいか試験の結果、朝の飼料給与前及び21時前後の体温測定が適当と考えられた。一般に分娩前の体温は平均体温より高く39℃~39.5℃である。分娩前から分娩降下の動向の平均値の信頼度限界は次のとおりである。

科   目 範   囲
体温下降開始時の体温 39.51≧m≧39.29
分娩24時間前の体温 38.83≧m≧38.57
分娩12時間前の体温 38.64≧m≧38.48
分娩前最低体温 38.45≧m≧38.22
体温降下から分娩までの時間 57.06≧m≧42.04


 体温降下前39.4℃程度の体温は分娩約50時間前から下降しはしめ約24時間で0.7℃程度の低下あり、分娩12時間ではほぼ38.5~38.6℃程度に下降する。
 体温測定区間を朝と晩間、又は朝と朝間の体温降下差0.4℃以上と0.5℃以上の分娩予知確率は低く朝~朝間、晩~晩間の体温差からの分娩予知の的中率は第5表の如く確率は高い。

 第5表 24時間の体温差と分娩予知確率との関係
区  分/
体温差
分娩に伴う
体温降下(+)
非分娩時の
体温降下(+)
的中率
0.4℃ 1 0  
0.5℃ 3 1  
0.6℃以上 20 3  
0.4℃以上計 24 4 85.7%

 以上のことから1日の体温の下降(朝-朝又は晩-晩)が0.4℃以上あった場合を基準にして86%の高率で分娩を予測出来る。

4. むすび
 1) 体温測定最も大きな誤差の原因となるのは直腸内の体温計挿入深度であって深度5cmと10cm間には極めて有意差があった。
 2) 体温測定時間は少なく3分以上とする。
 3) 24時間中体温の変動の最も安定しているのは20~20時の間である。
 4) 一般に妊娠末期の体温は平熱より高く39.4℃前後であるが、分娩約50時間前より下降しはじめ最低38.4℃程度に達して分娩する。
 5) 牛の分娩は体温がひき続いて24時間に0.4℃以上下降した場合を基準に分娩を予測すると86%の確率で予知するとこができる。
 6) 後産停滞牛、難産牛は妊娠末期の体温変動が健康牛に較べて著しい。

-指導上の注意事項-
 妊娠末期の体温測定から牛の分娩日を予知するには次の注意が必要である。
  1) 牛の妊娠期間は平均278日であるから体温測定は266日頃即ち予定日より約10日前頃から行うこと。
  2) 体温は体温表に記入観察することが分娩を確実に予知するに必要である。体温表は温度間隔を広くとると体温変動を明確に知ることができる。
  3) 新しく購入した体温計は使用前必ず正確度を検査する必要がある。