【普及参考事項】
駒ヶ岳火山灰地における畑地かんがいの経済性に関する考察
北海道農業試験場畑作部

Ⅰ.研究の目的
 駒ヶ岳火山灰地における旱魃常災地帯の対策としては、従来有機物の多施、粘質土壌の客土等が行われて来たが、灌漑もまた重要な対策であることはいうまでもない。この畑地灌漑の方法、増収効果ならびにその経営的意義などに関する総合的試験研究については資料が乏しい現状であったので、これらの問題を経営的な立場を基軸として解決するため駒ヶ岳経営試験農場に畑地灌漑の施設を設置した。本校は経営試験農場で施行した昭和33年より37年の5ヶ年間の畑地灌漑に関する経営試験について解析したものである。併し、畑地灌漑に関する経営試験と云っても、灌漑方式が土壌の種類、地形、水源等の条件によっても異なり、加うるに経営組織が異なれば結果そのものも異なってくる。その意味では本報告は、火山灰地において乳牛をとり入れた混同経営における散水灌漑方式に関する敬愛性に関する考察である。

Ⅱ.経営試験農場の概要
 駒ヶ岳経営試験農場は森町市街より約4kmの姫川にある。本農場は渡島半島に広範囲に分布する駒ヶ岳火山灰地に適当せる経営方式を樹立し、道地方開発に関する指導上の資料を得るを目的として昭和25年に設置した。
 経営概況は経営面積14ha、耕地面積7ha、労働歩合1.8、消費歩合4.0である。本経営試験農場の経営計画は、火山灰に常態的に発生する旱害を克服し安定せる経営を確立すべく旱害解決する一手段として有機物が必要であり、その為乳牛を導入し且販売作物を考慮に入れた主畜に傾いた混同経営組織を基本とした。設置当初の飼料計画は夏期間は赤いクローバーを給与し、冬期間はデントコーンサイレージ、家畜用根菜を主体年乾牧草を加えた給与計画とした。併し、現実には旱害が予想より厳しかった為牧草の育成が芳しくなく、営農には困難を極めた。ここにおいて昭和33年度に旱魃対策を考慮し畑地灌漑の施設を設置したのである。

Ⅲ.経営試験農場における畑地灌漑の基本方針
 本家遺影試験農場の圃場は水源より約8~10mの高台にあり且緩波状を呈し、畦間灌漑が困難であるので高圧ポンプとスプリンクラーによる散水灌漑方式によった。畑地灌漑の施設は、①揚水施設、②送水主管、③散水装置の3部よりなり、揚水施設はポンプならびに発動機とその付属器具である。ポンプは水源が圃場崖下の側面を流れている皮より揚水するよう計画したので、揚程が高性能であるハイプロポンプ(7510型)を採用した。発動機は可搬の便宜を考慮し、軽量の空冷機関(5~6馬力)を使用し、付属器具は水源が河川であるので砂の混入を防止する為の河川用濾過器、又揚程がある為、逆流圧力調整弁をポンプと送水組織との間に配置し、発動機の停止による水の送流を防止するよう配慮し、尚水源から高台迄は60m(40m/mψ)のエスロンパイプを3本用意した。送水主管と散水装置は圃場の輸作区にそうよう計画した。即ち、送水主管は全長190mで材質を移動の容易な硬質塩化ビニールとした。但し、管径の50m/mが112m、43m/mが88mである。この送水主管はいずれも8m毎にKSカップリングを接合し散水装置の分水管と結合する様にした。散水装置の配管方法はT型式とし、スプリンクラーを12m間隔に4台配置し、1回の散水可能面積は平均8m×44mで無風時は約8a、散水能力は1時間当り約7~10mmである。
 灌漑の量、時期の決定については、本経営試験農場は、耕地規模が比較的大きいので労働および経費等を考慮し必要な時期に必要な量のみを灌漑する方式をとった。即ち、灌漑量算定の基礎は次式の如く定めた。

灌漑量=( 作物根域土壌 灌漑前の土壌水分)×仮比重× 根域土壌容重
圃場容水量の70%

 その結果1回の灌漑量を10a当10~15mmとした。又、灌漑の時期については、旱害に対する抵抗性は作物の種類、生育の時期によって異るので作物の水分生理に適応する様に計画した。

Ⅳ畑地灌漑における経済性の考察
 灌漑の増収効果確認について、昭和33年の供試作物は大豆、菜豆、馬鈴薯である。試験圃場は輸作区内に大豆1ha、菜豆0.4ha、馬鈴薯0.3haを設置した。耕種概要は第1表の如くである。


 1.収量増収の効果に関する考察

第1表 耕種概要(10a当)
項目 昭和33年 播種法 播種量
(kg)
施肥量
5月 6月 7月 8月 9月 10月 堆肥
(t)
N
(kg)
P2O5
(kg)
K2O
(kg)
大豆
(白鶴の子)
(10mm)

×----------△
 
60×24cm
点播
(根腐菌接種)
5.0 0.7 5.3 7.5 7.5
菜豆
(金時)
(10mm)

×------△
 
60×24
点播
5.0 0.7 6.8 7.5 7.5
馬鈴薯
(農林1号)
      (10mm)
        ↓
×--------△
 
75×30
点播
20.0 3.7 27.8 17.6 18.8
  註 (10mm)は灌漑量を示す。

 昭和33年度の降雨状況は森側候所の観測によると5月より9月迄の農耕期間は546.6mmで降水総量は例年と大差がないが、各作物とも無灌漑区と対比し、第2、第3、第4表に示す如く顕著な増収効果が認められた。即ち、大豆及び菜豆は草丈、莢数共に著しく優れ特に大豆の収量は約倍量の3.7俵であり、作柄が安定し、且本地方の経済品種である「白鶴の子」の品質が向上し、有利に販売される様になったので、従来比較的栽培の容易であった「十勝長葉」の作付を中止するに至った。
 又、馬鈴薯は初期の灌漑時期を失した感があったが、無灌漑区より50g以上薯数が著しく多く且4割の増収をみた。

第2表 大豆(昭33)
項目 生育調査 収量調査 (10月16日)
109日目 (8月28日) 収穫期 (10月16日) 10a当換算収量
草丈(cm) 莢数(ヶ) 草丈(cm) 莢数(ヶ) 総重(kg) 茎稈(kg) 子実(俵)
灌漑区 97.1 48.4 81.5 322 680 380 3.7
(115%) (200%) (136%) (154%) (145%) (134%) (196%)
無灌漑区 84.3 24.1 60.1 20.8 470 285 1.9
(100) (100) (100) (100) (100) (100) (100)

第3表 菜豆(昭33)
項目 生育調査 収量調査 (9月24日)
81日目 (8月28日) 収穫期 (9月124) 10a当換算収量
草丈(cm) 莢数(ヶ) 草丈(cm) 莢数(ヶ) 総重(kg) 茎稈(kg) 子実(俵)
灌漑区 62.6 27.5 44.6 25.8 334 173 2.3
(180%) (180%) (137%) (184%) (225%) (237%) (208%)
無灌漑区 34.5 15.3 32.7 14.1 149 73 1.1
(100) (100) (100) (100) (100) (100) (100)

第4表 馬鈴薯(昭33)
項目 成育調査 収量調査(8月29日)
収穫期
(8月29日)
1m2当収量(部分刈調査) 10a当換算収量
草丈
(cm)
総量
(kg)
50g以上 総量
(俵)
60g以上
重量(俵)
50g以下
重量(俵)
重量(kg) 個数(ヶ) 1ヶ重量(g)
灌漑区 54.2 29.5 20.6 29 105 52.2 36.2 16.0
(103%) (136%) (142%) (153%) (117%) (136%) (142%) (125%)
無灌漑区 53.0 21.8 14.5 19 90 38.4 25.6 12.8
(100) (100) (100) (100) (100) (100) (100) (100)


 次ぎに有機物と灌漑との関係を、昭和33年に馬鈴薯を供試した成績を示すと、第5表の如くである。但し、乾燥泥灰は客入1年目であるので堆肥の様な顕著な効果は認められなかった。

第5表 有機物と灌漑(昭33 馬鈴薯)
項目 草丈
(cm)
1m2当収量 10a当収量
総量
(kg)
1個50g以上の物 収量
(俵)
収量比A
(%)
収量比B
(%)
総量(kg) 個数(ヶ)
乾燥泥灰
360kg区
灌漑 50.0 2.1 1.5 20 25.0 120 312
無灌漑 43.2 1.2 0.5 8 8.0 33 100
乾燥泥灰
1,120kg区
灌漑 50.2 1.8 1.2 16 20.0 83 253
無灌漑 31.2 1.0 0.5 8 7.5 31 100
堆肥
3,750kg区
灌漑 54.2 3.0 2.1 29 36.2 142 142
無灌漑 53.0 2.2 1.5 18 25.6 100 100
  註1.収量比Aは堆肥無灌漑区を100とする。  2.収量比Bは各無灌漑区を100とする。

 2.作付構成に関する考察
 経営試験の設置当初乳牛の飼料に牧草を給与する計画をしたが、地力の瘠薄と風害、旱害のため生育が芳しくなく、作付をみあわせていた。併し、灌漑施設の導入により豆類の作付を制限し、牧草の作付を昭和33年度より行い、牧草生産量には問題が残されてはいるが、第6表に示す如く、昭和36年には耕地の42.9%の草地造成が可能となった。以上の如く、畑地灌漑は旱魃対策ならびに収量の増加そして、経済品種の作付を可能にし、ひいては作付構成をも変化発展せしめるもである。

第6表 作付構成の変化(%)
項目 昭32 33 34 35 36
燕麦 16.7 16.7 15.4 6.1 7.1
秋蒔麦類 16.7 16.7 7.7 7.7 7.1
大豆 33.3 33.3 30.8 27.7 21.5
菜豆 5.0 6.0 - - -
デントコーン 16.7 16.7 15.4 15.4 14.3
牧草 - - 18.4 35.4 42.9
その他 11.6 10.0 12.3 7.7 7.1
100.0 100.0 100.0 100.0 100.0


 3.畑地灌漑による投下労働に関する考察
 耕種部門の総投下労働は第7表に示す如く、年間3,310.8時間(3ヶ年平均)そのうち灌漑に要した時間は163.3時間得総耕種労働時間の4.9%である。その内訳は第8表に示す如く分解手入3.6%、取付25.8%、灌水中のパイプ並びにスプリンクラーの移動62.1%、片付8.5%となっている。この施設移動の比率が高いのは結合方式がKSカップリングをしようしていることに原因し簡便な結合方式にすることが今後の技術的な課題である。又、10a当りの所要時間は7.4時間である。昭和34、35年は7月中・下旬ならびに8月上旬に灌漑を実施したので豆類及びデントコーンの中耕除草と競合し、又昭和36年度は8月中・下旬に灌漑を実施したので家畜かぶの間引き作業と競合が認められた。尚労働生産性をみると第9表の如く各潅水作物とも10~70%の向上が認められた。

第7表 耕種部門の投下労働と灌漑労働
項目 耕種労働総時間 (時間) 左のうち灌漑に要した時間( 時間) 左の比率(%)
昭34年 3,975.0 154.0 3.9
35年 3,710.5 106.0 3.9
36年 3,220.0 224.0 6.9
3ヶ年平均 3,310.8 163.3 4.9

第8表 畑地灌漑の投下労働
項目 総計
(時間)
内訳 10a当投下労働時間
分解手入 取付 潅水 片付
昭35年 106.0 - 55.0 35.0 16.0 4.8
〃36年 224.0 12.0 30.0 170.0 16.0 9.9
2ヶ年平均 165.0 6.0 42.5 102.5 14.0 7.4
(比率 %) (100.0) (3.6) (25.8) (62.1) (8.5)  

第9表 労働の生産性(10時間当生産量)
区別 大豆 菜豆 馬鈴薯
灌漑(10mm) 24.5kg(240%) 24.3kg(176%) 287.5kg(112%)
無灌漑 10.2kg(100%) 13.8kg(100%) 255.7kg(100%)
備考 昭33、34、36年、
3ヶ年平均
昭33年 昭33年

 4.畑地灌漑による経済的考察
 本農場における畑地灌漑の施設費は立地条件が不良の為第10表の如く、総額29.6万円であった。その内訳は揚水施設(高圧ポンプ、空冷機関、附属器具)43.5%、送水配管装置(長さ190m)50.4%、散水装置(スプリンクラー4個)6.1%で、償却費は年間3.1万円である。灌漑費用の主なものは灌漑施設の償却費と灌漑に要した労働費および燃料費で構成される。燃料費について、昭和36年度の実績を示すと第11表の如く、10a 1時間当(散水量7mm)費用は99円である。又、灌漑の労働投下時間は10a当7.4時間で1時間単価を60円と仮定すれば労働費は換算444円となる。故に変動費である労働費と燃料費の10a当1時間当灌漑費用は合計543円となる。灌漑施設の償却費は年間3.1万円であるが、これは灌漑面積が拡大されるに伴って償却費が逓減し5ha以上になるとほぼ同額となる。灌漑費用を

償却費+変動費

灌漑面積
なる式で試算すると第1図の如くなり、経済的な畑地灌漑の利用には、灌漑施設の理四時間を増大し、単位当り灌漑経済負担を低減することである。

第10表 畑地灌漑の施設調達価格(昭33)
品     目 調達価格(円) 耐用年数(年) 年間償却費(円) 比率(%)
1.揚水 (1)ハイプロポンプ(7510型) 34,000 12 2,833 -
(2)空冷エンジン(5~6SP)  72,000 15 4,800 43.5
(3)附属器具         22,600 15 1,573 -
2.送水主管 149,530 7 21,361 50.4
3.散水装置 18,000 20 900 6.1
合     計 296,130 - 31,467 100.0

第11表 畑地灌漑の燃料費(昭36)
項     目 数 量 金 額


ガソリン


石油
モビール
16.5(l) 825(円)
143.0 4,433
6.5 390
  5,648
運 転 時 間 57.0時間 -
10a/時間当費用 - 99円
散水量10mm当費用 - 141円


第1図 10a当灌漑費用

 灌漑作物の経済調査について、大豆、菜豆、馬鈴薯の10a当りの生産費を算出した結果は第12表の如くであり、無灌漑区に対比し灌漑区は大豆、馬鈴薯が約5倍の収益増が認められた。叉菜豆は無灌漑区は差引2千円マイナスになるが、灌漑により、710円の収益が認められる。畑地灌漑の経済効果は作物の種類によって異なり、これらの関係を
(灌漑による収量-既存収量)×単価

灌 漑 費 用
なる式を用いて投入・算出の比率を試算すると第2図の如く、経済効果は大豆>馬鈴>薯牧草>燕麦の順となった。しかも、牧草は2ha以上、燕麦は5ha以上を灌漑しなければ投入に対する算出は償えない。
 灌漑の農業収支に及ぼす影響を考察すると、経営試験農場の捕縄に経済効果の比較的高い大豆は昭和36年に2.25ha、対照的に経済効果としては低い牧草は昭和35年に2.2haを灌漑した。その結果を実績と灌漑を実施しなかったと仮定した場合の試算を比較すると第13表に示す如く粗収益はいずれも実績が試算より多いが、所得は牧草では96.1%と減少し、大豆は214.6%と拡大していることが認められた。この牧草に灌漑した場合の所得減少の原因は本農場の牧草生産力の低いことにもよるが、灌漑がただ1回の10mm程度の実施にとどまり利用時間が少なく、そのため施設の時間当り固定費の負担額が多くなり灌漑費用が牧草の増収分を上回る結果となったためで牧草は灌漑による経済効果が低いことを示している。故に、灌漑を実施するに当っては、灌漑の経済効果の高い作物を選択するのが望ましい。

第12表 灌漑作物10a当生産費(昭33)
項目/作物名 大  豆 菜  豆 馬 鈴 薯
灌漑区 無灌漑区 灌漑区 無灌漑区 灌漑区 無灌漑区
主生産額 15,910 8,170 6,896 2,970 18,100 12,800
副生産額 1,502 1,130 686 288 4,800 3,840
17,412 9,300 6,896 3,258 22,900 16,640
灌漑費 647 - 647 - 647 -
その他費用 6,046 5,730 5,539 5,287 16,741 15,455
6,693 5,730 6,186 5,287 17,388 15,455
副生産物
差引生産費
5,191 4,600 5,500 4,999 12,588 11,715
差引収益 10,719 3,570 710 △2,029 5,512 1,085
  註 1.上表の生産費には資本利子、地代を除いてある。
    2.各作物の10a当収量は部分刈調査(1m2当り)より換算した。


第2図 灌漑の経済効果試算

第13表 収支比較
項目/年次 牧草(昭和35年) 大豆(昭和36年)
実績 試算 実績 試算
粗  収  益  (円) 549,986 534,586 605,140 456,640
費  用  (円) 408,564 388,357 396,570 359,455
所  得  (円) 141,422 147,299 208,570 97,185
粗収益に対する費用の割合 (%) 74.3 72.6 65.5 78.7
所得の試算に対する実績の割合 (%) 96.1 100.0 214.6 100.0
  注 1)昭和35年度は牧草22ha、34.5時間、昭和36年度は、大豆22,6ha、57.0時間灌漑を実施した。
     2)資産は畑地灌漑を実施しない場合を仮定し、その計算は大豆の増収差額は実績の粗収益より差し引き、牧草の増収差額は購入したと仮
      定し、経費に計上した。叉、経費は実績より施設の減価ならびに燃料費を除外した。