【普及奨励事項】
放牧草地のダニ防除試験(各種殺虫剤の散布効果および石灰窒素の散布効果)
北海道農業試験場草地開発部

 ダニ防除方途の一つとしてBHC粉剤、ヘプラクロール粉剤、クロールデン粉剤などをダニ多発の放牧草地場に10アール当り3~5㎏を均一散布し、その散布回数も年3回の各発育期のダニの最繁期、すなわち6月上旬(若ダニ)、7月中旬(成ダニ)および8月下旬~9月上旬(幼ダニ)に散布することが良好な成績をおさめている(昭36、指導奨励)。この方法は特にBHCについては全国的に実用化がみられ、大規模にはヘリコプターによっても実用性が検討され(昭38、岡山県、茨城県)その効果が確認されているがBHCは、他の有機塩素剤とともにダニに対して耐性を生じやすいこと。さらにBHCは家畜の体内に吸収されると、とくに脂肪層に沈着しやすく、乳牛の場合は牛乳中にも比較的に長い期間に亘って検出されるなど毒性の点でも問題点があるのでBHCの耐性に対応し、かつ毒性の低い殺虫剤でダニに効力の高いものをみいだす必要にあった。

試験方法
 (1)室内試験
 供試殺虫剤
①BHCγ-1.5%、②デナポン(セビン)1.5%、③マラソン1.5%、④ミスチオン3%、⑤デルナプ2%、⑥BS粉剤(BHC+セビン)の各粉剤

 供試肥料、除草剤
①硫安、②硫酸加里、③過燐酸石灰、④石灰窒素、⑤PCP、⑥ATA肥料とBHC粉剤との混用
 各肥料とBHC粉剤との混用を重量比で5:5、7:3、9:1にしたときの混用剤

 供試ダニ
 岩内郡小沢村放牧地から採集し、主として人工飼育によってえた、Haemaphysali bispinosa NEUMANNフタトゲチマダニの若ダニ、成ダニ、幼ダニについて行った。また当場用地(札幌市羊ヶ丘)の草地にて採集したIxodes Japanensis ヤマトマダニの♀と♀の成ダニについて、および人工飼育によって得た若ダニについても若干試験を行った。実験はいずれも小型シャーレを用い、底部に濾紙を敷き、適度の水分を与え飼育数は各シャーレとも20個体とし、各供試剤の処理後24時間目における死虫数を調査した。

 (2)野外試験
 試験実施放牧地・・・・・北海道岩内郡共和村小沢牧場
 試験区・・・・・・・・・・・・・・実施放牧地にはフタトゲチマダニの多発地帯で、その主要植生はワラビ、フキなどの不良草の繁茂している地帯に1区25~100m2の試験区面積で各処理別に年次的に設定した。
 供試殺虫剤は①BHCγ-3%、②デナポン3%、③マラソン1.5%、④スミチオン3%、⑤デルナブ2%、⑥BS粉剤を用い、10アール当り3㎏と5㎏の両者について比較し、時期を変えて3回の反覆試験を行った。
 肥料(硫安、加里、過石、石灰窒素)の散布は単用散布とBHCとの混用散布の両者について次のように行った。

 ①肥料単用
供   試   名        散   布   量
硫安







10㎏/10a







過石
硫加
石窒
三要素


20㎏/10a

--------
 


 
 

40㎏/10a
BHCγ-1.5}5㎏/10a    

  ②肥料とBHC粉剤との混用
肥 料 + BHC 混用割合 散布量
硫安





+BHC 1.5%





過石
硫加
石窒
三要素
無散布

①85:15



②75:25






10㎏/10a


    石灰窒素と BHCとの混用
セビン
肥 料 + BHC 混用比 散布量
石灰窒素+BHCγ-3
90:10



20㎏/10a
80:20
70:30
石灰窒素+デナボン(セビン)
90:10



20㎏/10a
80:20
70:30
無   処   理  

 なお、駆除率の算出は無処理対照区のダニ数密度の変動と関連させる必要のためにAbbottの式を次式に換えて算出した。
駆除率=100  /
│ 
 \
1- Ta×Cb \ 
 │
/ 

Tb×Ca
但し



Tb・・・・・treatmnt plotにおける処理前個体数
Ta・・・・・treatment plotにおける処理後調査時の個体数
Cb・・・・・Check plot(無処理区)の処理区処理前時の個体数 
Ca・・・・・Check plotの処理区処理後調査時の個体数

 また個体密度調査方法は区内対角線方式により、散布前5日目~21日目において同一方式で行った。

 試験成績
1.室内試験

 第1表 肥料、除草剤、各種殺虫剤の効力(%)
供 試 名 Haemaphysali obispiosa Ixodes Japonensi
幼ダニ 若ダニ 成ダニ 幼ダニ 若ダニ 成ダニ(♀) (♂)
肥料 硫安 19.8±1.3 13.2±0.8 4.6±1.2 11.6±2.1 - 3.0±1.2 -
加里 21.4±0.8 18.7±1.1 11.9±0.9 13.8±2.3 11.9±1.1 6.8±1.4 -
過石 12.6±2.2 1.6±3.9 - - - - -
三要素 23.4±2.4 21.9±1.6 18.0±1.2 - 15.0±3.3 13.0±2.2 -
石灰窒素 67.2±3.2 58.9±2.6 58.0±1.4 67.5±3.4 - 60.0±2.2 -
除草剤 PCP - 52.0 51.9 - - 45.0 -
ATA - 4.0 0 - - 0 -
殺虫剤 BHCγ-1.5% 100 100 100 - - 99.8 100
デナポン1.5% 100 100 100 - - 100 100
マラソン1.5% - 90.0 89.1 - - 88.6 90.9
スミチオン3% 100 94.7 91.3 - - 92.8 93.3
デルナブ2% 100 100 100 - - 99.7 100
BS粉剤 100 97.1 90.0 - - 91.3 -

 肥料のダニにおよぼす効果は以外に低く、フタトゲチマダニの♀ダニについてみれば硫安で4.6%、加里で11.9%、三要素で18.0%であったが、そのうち石灰窒素は58%と一段の効果が認められた。
 シャーレ内試験では一般に死虫率が高くあらわれるのが普通であるが、石灰窒素と他の肥料とを比較するときその差がきわめて大きいので石窒の利用が考えられるが、石灰窒素は元来殺虫、殺菌作用があることと関連している。
 除草剤については毒性が強いといわれるPCPの効果が認められ、ATAはほとんど効果がなかった。
 殺虫剤についてもBHCと比較対照したが、他の殺虫剤との差異は明確に示されず、シャーレ内での試験結果からでは判定できない。

 第2表 各肥料とBHC粉剤(γ-1.5%)との混用剤に対する死虫効力(%)フタトゲチマダニ
供試名 9:1 7:3 5:6
幼ダニ 若ダニ 成ダニ 幼ダニ 若ダニ 成ダニ 幼ダニ 若ダニ 成ダニ
硫安




+BHC
- 16.6 8.5 - 21.5 16.3 - 46.0 43.3
硫加 - 40.0 20.2 - 63.5 18.4 - 64.0 41.7
過石 - 23.8 11.3 - 40.1 30.3 - 43.4 37.6
石窒 81.3 70.1 63.5 91.4 87.0 80.7 - 88.1 85.0

 各肥料にBHC粉剤を重量比により加えた混用剤での試験結果では硫安、硫加、過石については加里にBHC混用がわずかによかったが、石灰窒素には及ばない。相対的には肥料の量を減少し、BHCの量を増大させることにより効果が増大した。

2.野外試験
 (1)各種殺虫剤の草地上直接散布試験

  第3表 殺虫剤散布成績(散布後7日目)  3回反覆平均
供試名 3㎏/10a 5㎏/10a
幼ダニ 若ダニ 成ダニ 幼ダニ 若ダニ 成ダニ
BHCγ-3% 96.5 92.1 87.3 100 100 100
デナポン3% 93.3 89.1 83.0 100 97.1 89.0
マラソン1.5% 84.6 80.1 72.9 90.3 86.7 81.4
スミチオン3% 79.4 72.8 66.7 83.9 78.8 76.0
デルナブ2% 92.2 86.3 81.8 95.6 91.3 88.8
BS粉剤 80.0 71.2 64.3 82.2 78.3 74.3

 殺虫剤の野外試験の結果ではBHCγ-3%粉剤を除くと、カーバメート剤であるデナポン3%粉剤、低毒性有機燐剤であるデルナプがすぐれた効力を示している。毒性が低く普通薬として扱われているスミチオン3%、粉剤はこの2種に比較すると10%以上の差がみられ、BS粉剤も期待されなかった。
 総体的にみると3㎏/10aの場合でも5㎏/10aのときでも幼ダニが最も抵抗性が弱く、どの殺虫剤でも80%以上の効果を示しているが、若ダニ、成ダニになるに従い効力が低下している。散布量は10アール当り3㎏で充分である。

 (2)肥料の単用散布および肥料と殺虫剤との混用散布試験
 ①肥料の単用散布

  第4表 肥料単用散布による5日後における駆除率(%)
供  試  名 10㎏/10a 20㎏/10a 40㎏/10a
幼ダニ 若ダニ 成ダニ 幼ダニ 若ダニ 成ダニ 幼ダニ 若ダニ 成ダニ
硫      安 3.2 2.9 1.1 3.9 3.1 1.5 - - -
加      里 16.5 9.2 6.6 17.4 9.3 6.8 - - -
過      石 7.4 7.0 3.2 9.1 8.6 4.8 - - -
三  要  素 10.3 9.9 7.3 16.2 11.4 9.3 - - -
石     窒 60.8 58.4 49.8 62.3 61.5 55.3 68.2 64.9 60.1
対照:BHC1.5% 5㎏/10a 100 99.2 92.5 - - - - - -

 肥料の単用散布の試験結果では硫安、加里、過石および三要素では10アール当り10㎏の場合の成ダニの駆除率はそれぞれ、1.1%、6.6%、3.2%、7.3%とその効果はほとんどないが、石灰窒素では49.8%の効果がみられ特異的存在であることは室内におけるシャーレ内試験と同様の傾向である。散布量を倍量にしてもその効果はほとんど上昇しないが、石灰窒素にあっては約6%ほどの上昇が認められ、40㎏散布の場合でもそれほど効果が上がらないことを知った。石灰窒素の10㎏散布量の場合は野草の枯れかたは別段いちじるしくなかったが、20㎏以上になると、フキ、ワラビなどの葉の部分が変色し枯草する現象がみられた。このことはむしろダニと植物(不良草)との関係から見ると好ましいことでもある。

 ②肥料とBHC粉剤との混用散布

  第5表 肥料+BHC混用散布による5日ごと21日後における駆除率(%)
区   分 各肥料7.5㎏+BHC2.5㎏/10a 各肥料8.5㎏+BHC1.5㎏/10a
幼ダニ 若ダニ 成ダニ 幼ダニ 若ダニ 成ダニ
5日 21日 5日 21日 5日 21日 5日 21日 5日 21日 5日 21日
硫安






+BHC
63.5 58.1 60.3 54.1 52.6 49.8 58.2 57.1 51.1 47.3 48.1 44.0
加里 68.2 57.3 63.3 55.9 61.1 52.3 61.1 60.0 51.9 45.9 50.2 43.8
過石 68.6 56.2 60.7 52.3 58.3 51.6 58.9 51.1 49.8 43.1 43.3 40.9
三要素 68.4 61.7 62.3 53.9 60.0 52.3 57.2 50.3 50.1 44.3 45.1 41.2
石窒 90.3 87.4 86.3 85.2 80.2 78.6 83.6 80.1 74.4 70.9 71.0 66.7

 肥料とBHC粉剤との混用散布では、その混用比を75:25の場合は85:5にしたときより一層効果がえられ、その効果の傾向をみると両者の混用比の場合でも、硫安、加里、過石、三要素にあたってはBHCの抗力が平均してあらわれ大体5日後では75:25について成ダニで硫安52.6%、加里61.1%、過石58.3%、三要素で60.6%であった。また85:15のときで5日後の成ダニで硫安48.1、加里50.2、過石43.3、三要素で45.1%であって、さらに21日後では全般的にダニの増加がみられている。
 これに比し、石灰窒素ではきわめて高い効果がみられ10アール当り石灰窒素7.5㎏にBHC2.5㎏の混用では5日後の幼ダニで90.3%、若ダニで86.3%、成ダニでも80.2%の駆除率を示している。

 ③石灰窒素と殺虫剤(BHCγ-3%、またはデナポン3%粉剤)との混用散布

    第6表 石灰窒素+ BHCとの混用 粉剤との混用散布による7日後の駆除率(%)
デナポン
  90:10 20㎏/10a 80:20 20㎏/10a 70:30 20㎏/10a
幼ダニ 若ダニ 成ダニ 幼ダニ 若ダニ 成ダニ 幼ダニ 若ダニ 成ダニ
石窒+BHD 89.0 83.2 80.0 95.8 89.5 87.4 100 94.4 91.9
石窒+デナポン 82.5 76.8 73.7 89.5 82.4 75.9 95.6 88.4 82.3

 石灰窒素にBHCγ-1.5%を混用散布するときわめて良好な結果をえたので、1964年度はBHCγ-3%粉剤とさらにデナポン3%粉剤との両者の混用区について10アール当り20㎏の散布量について各々の混用比を90:10、80:20、70:30にしたときの三通りについて実施したところ、石灰窒素にBHC粉剤を混用したものがデナポン混用より高い効果がみられ、殺虫剤の混用割合を高くした70:30の場合がもっともすぐれた効果を示した。

要約
 以上の成績を漸くすると次のごとくである。

 (1)BHCがもっともすぐれた効力を示しているが、もしBHCの耐性系統が出現した場合には、殺虫剤の散布試験結果からカーバメート剤であるデナポン粉剤あるいは低毒性有機燐剤であるデルナブ粉剤が草地のダニ駆除用に適している。即ちその効果はBHCには及ばないが10アール当り3㎏でデナポンでは幼ダニ93.3%、若ダニ89.1%、成ダニ83.0%を示し、デルナブでは幼ダニ92.2%、若ダニ96.3%、成ダニ81.8%の高い効果を示している。低毒性有機燐剤で比較的安心して使用できるマラソン粉剤、スミチオン粉剤はこれら前2者に比してその効力が低かった。

 (2)肥料のダニに対する殺虫性はシャーレ内試験では高い効果が示されたが、野外で肥料単用散布を行った結果では図1のごとく硫安、加里、過石などは石灰窒素と比較しその効果は低く、石灰窒素のダニに対する抗力が明確に示された。


  第1図 10㎏/10aにおける成ダニの減少比較

 (3)各肥料にBHCを加えて混用散布すると、硫安、加里、過石の場合では大体一様の効果がえられた。これは混用したBHCによる効力と認められるが、石灰窒素にBHCに加えて混用した散布区では前者肥料と比較して効力がきわめて高くあらわれた。このことからダニの多い放牧草地には石灰窒素にBHCなどの粉剤を混用して散布することが、ダニの発生を抑圧できる一方法であることを認めた。また混用する殺虫剤にはBHCには限らないと思われるが、デナポン3%粉剤と比較した結果ではBHCγ-3%粉剤の方がすぐれた結果を示している。また散布量は10アール当り80:20(肥料:殺虫剤)で20㎏が望ましい。

 ◎(散布場の注意)
 石灰窒素は粉末状のものを用い、BHC粉剤などの混用は散布直前に混用した方がよい。ともに吸湿性のためあらかじめ混用した場合は乾燥したところにおくように心がけるべきである。また散布するときの条件としてなるべく午前9時~10時頃までに散布するのがよく、外界の乾燥しているときではあまり効力がないので、露の多い時刻に散布することが望ましい。
 さらに散布は散布器で均一に撒布し、石灰窒素の毒性も考慮に入れてマスクをかけ散布後は顔、手などをよく洗うことが必要で、また家畜の放牧は散布区へは一時禁止した方がよい。