【指導参考事項】
小型ピロプラズマ病に関する治療試験成績
道立新得畜産試験場

Ⅰ 試験目的
 牛の小型ピロプラズマ病は、放牧牛の貧血、衰弱、発育障害など放牧育成牛に大きな被害を与え、牧野衛生上緊急を要する大きな問題であるので、小型ピロプラズマ原虫の特効薬とされている8-アミノキリン製剤のうち油製化したもの(以下油性Pと記す)についての現地放牧に対する効力試験を行うと共に、あわせて一部極度の貧血牛に対する輸血効果試験を行った。

Ⅱ 試験牛、試験期間、試験方法
 1. 油性P治療試験
  試験牛:ホルスタイン系種で月令9ヵ月から24ヵ月までの育成牛および妊娠牛。
  試験期間:昭和38年7月~39年8月。
  試験方法:
    (1)臨床検査は、体温・脈・膣粘膜色彩
    (2)血液検査
     ア)ヘマトリント((HCT値)-佐久間社製造遠心器および細管使用。
     イ)ヘモグロピン(HB)量-シアントメトヘモグロピン法によった。
     ウ)赤血球数-ト-マツアイス法によった。
     エ)塗沫標本-メタノル固定後、ギムザ染色により鏡検しピロプラズマ原虫の表示は次の区分に従って行った。
     ピロプラズマ原虫 ++++ 各視野に10ヶ以上
        〃    〃 +++   〃   1ヶ以上
        〃    〃 ++ 数視野に 1ヶ以上
        〃    〃 +   〃   1ヶ以下
        〃    〃 - 全く認めず
    (3)薬剤投与法
     初放牧牛で、とくに貧血しているもの(HCT20.0%以下、HB59.9%以下に該当するもの)10頭には、10日間隔で2回、他の牛には1回油性P(8-アミキリン400mg含有)を1頭分といして筋肉内に注射した。
 2. 輸血治療試験
  試験牛:小型ピロプラズマ病と確認された病牛中臨床上、食欲廃絶、全身衰弱、呼吸速迫、心音不正、可視粘膜蒼白など重症で、血液所見は、血液稀薄水溶性赤血球数200万/mm3以下の最悪状態のヘレフォ-ド種4頭である。
  試験期間:38年7月~39年8月
  試験方法:
    (1)輸血に要する器具、薬品
     a)採血容器:容積3Lのコルベン2個を用意し、それぞれの中に10%クエン酸ソ-ダ液を150ml~300ml入れて減菌する。
     b)採血計:内径7mmの温血計。
     c)外科刀
     d)消毒用アルコ-ル綿花。
     e)ケレゾ-ル石けん液。
     f)U字型ガラス管又は硬質ビニ-ル管、ゴム管又は軟質ビニ-ル管、タコ管、および先注射針をそれぞれ連絡して、減菌したもの。
      g)温湯(38℃):血液を保温するために使用する。
    (2)供血牛の選定および採血手技について
     a)供血牛:牛血検査を行い、貧血やピロプラズマ病等の血液疾患のない健康な牛を用いる。
     b)血球擬集試験:輸血時のシャックを防ぐために、交叉試験を前試験を行う。前者は供血牛の血球および血清と受血牛の血球および血清を交叉混合して擬集しないことを認める。後者は供血牛から一定量の血液を採血し、これをただちに受血牛の清脈に注入する。注射後、受血牛の全身状態、特に、脈、呼吸および筋肉の状態に異常がないことを確かめる。
     c)保定および消毒:規定のクレゾ-ル石けん液で、供血牛の体表をよく清拭し、頸静脈部を剪毛してからヨ-チンを塗布し、乾燥させる。
     d)採血:術部の皮膚を2~3cm切用し、採血針を刺し入れ、血液が流出したところへ、採血容器を当てる。この際異物が混入しないように口部に減菌ガ-ゼで被う。なお、容器を軽く振盪させて、クエン酸ソ-ダ液をよく混合させる。
     e)採血速度:内径7mmの針で採血して、6L採取するのに約15分を要する。
     f)採血限界:生理的障害を及ぼさない範囲は、ほぼ6Lが限界と思われる。6L採血が終わるころ、呼吸深く、頸静脈博動が見られるので、充分注意を要する。場合によっては4~5Lで呼吸、脈に変化をきたす牛もある。なお保定、準備など実施にあたり、常に数名の人手を必要とする。
    (3)輸血の手技について
     a)保安:枠場又は横臥させて行い、人や小動物と異なり、保安した安定に保たれる時間は、1時間が限度である。
     b)輸血速度:馬では2L当り5分となっているが、牛の場合のデ-タ-は見あたらない。重症貧血の場合なので、出来るだけ徐々に行うことが好ましいが、50先の注射針で落差50cmとした場合、50~60分で注入が終了する。

Ⅲ 試験成績
 1. 油性P反復投与試験方法および結果
  初放牧牛全頭に対し油性Pを筋肉注射した。さらにこれらのうちHCT値22.0%以下のうちHB量55%以下のもの10頭について10日後再び油性Pを投与、1ヵ月後第2回目の検査、結果反復投与した牛は著明なHCT値、HB量の上昇とピロプラズマ原虫の減少が認められた。

  (1) 油性P投与によるHCT・HBの推移
区分 頭数   第1回検査 中間検査 第2回検査
HCT
(%)
HB
(%)
HCT
(%)
HB
(%)
HCT
(%)
HB
(%)


P



19


平均 25.3 61.2     21.9 56.6
範囲 22.5~27.8 57.2~65.7     14.5~28.2 35.8~75.1
指数 100.0 100.0     86.5 92.5


P

10 平均 21.2 51.5 23.5   26.5 68.4
範囲 16.0~23.8 37.4~54.9 17.9~27.8   21.5~32.8 54.2~81.8
指数 100.0 100.0 110.8   125.0 132.8

  (2) 油性P投与によるピロ原虫の推移
原虫/検査 油性P1回 油性P1回
++++ +++ ++ + - ++++ +++ ++ + -
第1回 1 4 5 9 0 1 1 3 5 0
第2回 6 3 3 7 0 1 1 2 4 2


 2. 輸血試験成績
  第1例 ヘレフォ-ド ♀3才
発症時の状況 輸血時の状況 反応 予  後
°38.9.23 発症発見
 一般状態不良
 T39.5℃ P11.2
 R203、Pr+++
 大小不同+、多染性++、強心剤
 栄養剤、水性P連日授与する
°9.26
 T39.0 P98
 R18.2 Pr++++
 ピロ原虫増数、症状ますます
 悪化する。輸血を決定する。
°9.27 T39.1、P144
 輸血6.5Lを90分で行う。
 カナゼック強心剤投与。
°9.28 T38.7、P92
 R292、W10100
 Pr+++、大小不同+++、多染
 +++、 赤芽球+、カナゼック
 強心剤投与。
°9.29 T38.3、P86
 カナゼック強心剤投与、元気、
 食欲 回復する。
(-) °10.1 T38.5、P82
 R239、W3952、Pr++++、大小不同+++、
 多染性+++、赤芽球+
°10.11 T38.8、P90、R201、W11680、
 Pr-、大小不同+++、多染++、多染用+++、
 赤芽球+
°10.11 T38.8、P90、R326、Pr-、大小
 不同+、多染++、一般状態良好。
°10.18 T39.0、P72、R366、Pr+++++

  第2例 ヘレフォ-ド ♀1才
発症時の状況 輸血時の状況 反応 予  後
°38.9.12 発症発見
 T38.7、P126、R114、Pr++、
 大小不同+++、多染+++
 貧血甚しく、横臥、起立不能
 四肢耳端冷感あり、強心剤
 栄養剤水性P投与、輸血決定。
°92.12 輸血2.0Lを30分で
 行う、体重100kg。
°9.13 T38.8CP116
 強心剤栄養剤、水性P
°9.14 T40.4℃ P140
 強心剤栄養剤、水性P投与、
 体温 、脈の上昇を示すが
 元気、食欲良好。
(-) °90.19 T39.9℃、P90、R396、Pr+
 大小不同+++、多染性+++、赤芽球
 +、一般状態良好。
°10.3 T39.0、P92、R714、Pr+
 大小不同+、多染性+

  第3例 ヘレフォ-ド ♀4才
発症時の状況 輸血時の状況 反応 予  後
°39.9.26 発症発見
 T40.5、P120、R177
 Hct12.0%、Pr+++++大小不同
 +++、多染+++
 一般状態不良、食欲廃絶、衰弱
 強心剤、栄養剤、水性P投与。
°9.27 T39.9、P124
 症状昨日より悪化する。強心剤、
 栄養剤、水性P投与。
°9.28 T39.8、P120
 輸血6Lを50分で行う。強心剤、
 栄養剤、水性P投与。
°9.30 T39.0、P86
 強心剤、栄養剤を投与。
(-) °10.5 T38.9、P90、R238
 Hct18.8%、Pr+、大小不同
 +++、多染+++、赤字+
 症状きわめて良好に推移。
°10.14 T38.0、P76、R317、
 Hct22.8%、Hb51.0%、Pr-

  第4例 ヘレフォ-ド ♀4才
発症時の状況 輸血時の状況 反応 予  後
°38.10.6 発症発見
 連日一週間にわたり治療を行
 ったが回復せず、リンゲル、ブ
 ドウ糖500mlでときどき軽い反
 応を示すので思うような治療が
 できない。
 分娩を一ヶ月後に控えている。
°10.13 T39.4℃、P144、R169
 Pr++++
 輸血5Lを40分で行う。
 強心剤、栄養剤投与。
°10.14 T38.8、P120、
 元気、食欲が出てきた。
°10.15 T39.7、P120
注入
して1
時間
後に
ふる
えた
が30
分後
に治
まっ
た。
°10.22 T39.6、P120、
 R316、 Pr+
 回復を示した、分娩末期
 なので体温、脈が高進気
 味と思われる。
 その後正常に分娩した。

Ⅳ 試験成果のまとめ
 1. ピロプラズマ病牛に対し、油性8-アミノキリン製剤を第1回注射後10日間で再投をしたところ著明なヘマトリット価、ヘモグロビン量の上昇とピロプラズマ原虫の減少を認められた。
  また油性のものは3日毎に注射せねべならぬが油性では10日後に再投すればよいので利用上甚だ便利である。
 2. 重症ピロプラズマ病牛に対し輸血6L(体重500kg)は甚だ効果があった。
  以上よりして、小型ピロプラズマ病汚染牧野でかなりその貧血した牛をその群牛に認めた場合、発病予防と治療をかねて全牛群に対し、一斉に油性Pの投与を実施することは発病と予防上有効な手段と考えられる。
  また、1回注射より、10日間を経て再投与することが望ましいと思われる。
  重症牛に対して発見とともに輸血6Lを1回行うことにより大いに快復を期待することができる。