【指導参考事項】
作成 昭和63年1月
1.課題の分類 総合農業 生産環境 病害虫 病害 北海道 病理昆虫 病害 畑作 2.研究課題名 小麦立枯病の発生生態解明と防除法確立試験 3.予算区分 道費 4.担当 北見農試病虫予察科 5.期 間 昭和56〜60年 6.協力分担 北見農試専技室,東紋東部・ 斜網中部・斜網西部・北見・ 空知北部各普及所 |
7.目 的
小麦立枯病の発生実態を把握するとともに、病原菌の発生生態を明らかにして耕種的防除法を確立する。
8.試験研究方法
(1)発生実態調査:発生分布、連作年数と発病、被害
(2)病原菌に関する調査:分類同定、寄生性
(3)発生生態と防除試験:輪作、有機物施用、窒素肥料の形態、たん水処理、種子消毒
9.試験結果の概要・要約
Ⅰ.発生生態
(1)本病は晩秋から発生し、幼苗期には根の一部が黒変腐敗して下葉が先端部から黄変枯死する。翌春以降、発病根数が漸次増加するとともに、地中茎、冠部、葉鞘および桿も侵され、黒変腐敗する。穂揃期以降、穂は退色して株単位で白穂になる。被害株は引くと容易に抜ける(表1)。
(2)本病の発生は昭和54年に網走、空知管内で認められ、昭和56年には北海道全域で観察され、昭和58年には作付面積の29%に達した。
(3)コムギの連作年数が長いほど発病が多くなり、連作3〜4年畑では発病茎率が44〜47%と多発生した(表2)。
(4)本病による被害は、草丈、1穂粒数および千粒重の低下をもたらす(表3)。
Ⅱ.病原菌に関する試験
(1)子のう殼は黒色球形で埋在し、子のうは1重壁、束状の8子のう胞子およぴコットンブルー染色性の子のう頂環を有する。子のう胞子は糸状で74-91μm、菌足は楕円形、倒 卵形の分生胞子は3×10μm、半円形の分生胞子は1×5μm、菌糸は渦状で24時間に6〜10㎜伸長する。以上のことから、病原菌はGaeumannomyces graminis var.triticiと同定される。
(2)本菌は、コムギ、スムースプロームグラス、マウンテンブロームグラスおよびペレニアルライグラスに寄生したが、オオムギ、エンバク、イネ、オーチャードグラス、チモシー、メドーフェスク、トールフェスク、ケンタッキープルーグラスおよびイタリアンライグラスを侵さなかった。
Ⅲ.発生生態および防除試験
(1)晩秋から早春の間、根数が増加している期間には発病進展はかんまんであるが、新根の増加が停止する出穂期以降になると病勢が急激に進展した。
(2)ジャガイモを2〜3作栽培すると1作目のコムギは発病が減少し増収になった。しかし、連作して2作目になると激発し減収になった。なお、ジャガイモ1作のみでは発病抑制効果は劣った。(表4)。同様のことは、インゲン、テンサイ、トウモロコシおよびエンバクでも認められた。
(3)本病激発畑でコムギを3〜4年連作すると、非寄主作物栽培後のコムキ連作畑に比べて発病が減少した。しかし、長期輪作畑に比べると発病は多い。この発病衰退土壌と発病促進土壌との間に土壌養分の差異は認められなかった。
(4)長期連作畑土壌で接種を3〜4回繰り返すと発病衰退土壌になり、コムギの生育も良好になった。この発病抑制効果はメチルブロマイド消毒、60℃-30分湿熱処理によって消失した。
(5)耕起深を深く(34cm)すると浅い(25㎝)場合に比ぺて、発病は減少し、増収になった(図1)。
(6)C/N比の低いトウモロコシ・アルファルファの茎葉を10a当り1〜5tすき込むと、施用量の多いほど発病は減少し、増収になった。(図1)。
(7)立枯病歯の生育は、pH5.1〜6.0で正常であったが、pH4.1〜4.5に低下すると抑制された。また、重金属、特に鉄、アルミニウムの濃度が高いときも抑制された。
(10)硫黄、炭酸カルシウムおよび形態の異なる窒素肥料を施用すると、根圏pHの低い施用区で発病が軽減した(図4)。
(11)罹病根を土壌中に埋没し、たん水すると、立枯病菌は低温で長期間生存したが、25℃では30日以内に死滅した。また、7月下旬〜8月下旬の間、発病畑を20日間以上たん水すると立枯病菌の生存率は著しく低下した(図5)。
(12)コムギ収穫から播種までの期間に汚染畑をたん水すると、激発畑では30日以上、中発生畑では20日間以上の処理によって被害が軽減した(表5)。
(13)10種類の薬剤の種子処理による発病抑制効果はいずれも認められなかった。
10.主要成果の具体的数字
表1 連輪作畑におけるコムギ立枯病の発病推移
調査月日 | 発病株率 | 発病度 | ||||
輪作畑 | 中発畑 | 激発畑 | 輪作畑 | 中発畑 | 激発畑 | |
昭和57年10月28日 | 0% | 33% | 67% | 0 | 9 | 17 |
58年5.13 | 0 | 80 | 69 | 0 | 22 | 18 |
6.11 | 0 | 91 | 91 | 0 | 24 | 28 |
6.28 | 0 | 97 | 100 | 0 | 35 | 67 |
7.14 | 0 | 98 | 100 | 0 | 45 | 95 |
7.29 | (0) | (13) | (29) | - | - | - |
表2 連作年数と発病(昭和55年)
作付回数 | 調査畑数 | 発病畑率 | 病茎率 |
1 | 5 | 40% | 3% |
2 | 22 | 68 | 23 |
3 | 37 | 76 | 29 |
4 | 16 | 81 | 47 |
5 | 9 | 78 | 44 |
6 | 8 | 62 | 17 |
7 | 6 | 83 | 27 |
8 | 7 | 100 | 33 |
9 | 3 | 100 | 6 |
10 | 2 | 50 | 23 |
11 | 0 | - | - |
12 | 1 | 100 | 71 |
表3 小麦立枯病と草丈・収量との関係(昭和54年)
生育 | 草丈 | 1穂粒数 | 1穂粒重 | 千粒重 |
良(A) | 88cm | 19.4粒 | 0.64g | 33.3g |
不良(B) | 79 | 17.1 | 0.48 | 28.0 |
B/A×100 | 90 | 88 | 75 | 84 |
表4 ジャガイモの作付年数とコムギ立枯病の発生(圃場)
連輪作 | 栽培歴 | 発病株率 | 発病度 | 子実重(kg/10a) | ||||||||||
56年 | 57年 | 58年 | 59年 | 60年 | 58年 | 59年 | 60年 | 58年 | 59年 | 60年 | 58年 | 59年 | 60年 | |
連作 | W | W | W | W | W | 100 | 92 | 80 | 56 | 16 | 18 | 319 | 491 | 355 |
輪作 | W | P | W | W | W | 83 | 100 | 93 | 34 | 67 | 20 | 330 | 416 | 349 |
W | P | P | W | W | - | 53 | 100 | - | 9 | 68 | - | 590 | 272 | |
W | P | P | P | W | - | - | 63 | - | - | 13 | - | - | 408 |
図1 緑堆肥の施用量および耕起の深さと発病
図4 根圏のpHと発病
図5 たん水期間と立枯病菌の生存
表5 たん水期間と発病及びコムギの生育との関係
たん水期間 | 発病度 | 白穂率 | 穂数 | 草丈 |
0日 | 97 | 47% | 15本 | 44cm |
8(7.30-8.6) | 96 | 27 | 11 | 47 |
16(7.30-8.14) | 70 | 4 | 27 | 56 |
33(7.30-8.31) | 30 | 0 | 36 | 59 |
11.成果の活用面と留意点
1.ジャガイモ、インゲン、テンサイ、トウモロコシおよびエンバクなどの非寄主作物を2年以上栽培すると、発病は極めて減少する。またコムギの連作は避ける。
2.土壌pHが低いほど発病は軽減するが、その目漂値はpH5.5を目安とする。なお、実施にあたっては「畑作物の生産性に関与する土壌pH、石灰飽和度の相互関係」(昭和58年指導参考)を参考にする。
3.耕起深を深くすると、立枯病菌密度が低下して、発病が減少する。
4.C/N比の低い有機物をすき込むことにより発病低下に効果があった。
6.たん水可能な地域で、やむをえず連作する場合には、コムギ収穫後、反転耕起のあとたん水しながらロータリーテーラーで土壌をかくはんして刈株を埋没させ、少なくとも20日間以上たん水すると、期間の長いほど発病軽減効果が高かった。
12.残された問題とその対応
1)発病衰退現象の原因解明
2)生物学的防除