【指導参考事項】                     (作成平成4年1月)
1.課題の分類  総合農業 生産環境 病害虫 害虫 Ⅱ-8-d
          北海道   病理昆虫  虫害  水稲
2.研究課題名  シミュレーションモデルによるヒメトビウンカの発生予測
           (ヒメトビウンカと稲縞葉枯病の新防除体系確立試験)
3.予算区分  道費
4.研究期間  平成元年〜4年
5.担当  上川農試 病虫予察科
6.協力・分担関係

7.目的
稲縞葉枯病を媒介するほか直接の吸汁害も起こすヒメトビウンカは,近年発生量,防除面積ともに増加中である。そこで,本種の防除をより的確かつ効率的にするため,本種の発生時期と発生量を予測するシミュレーションモデルの作成を行った。

8.試験研究方法
(1)ヒメトビウンカ発生動態の特性解明:モデルの骨格策定の基礎データを得る。
(2)モデルのパラーメーター設定:圃場試験,室内実験および既往のデータの解析により,生長,産卵,休眠,死亡,移動その他のパラメーターを推定または設定。
(3)シミュレーションモデルの作成:BASIC言語で作成
(4)シミュレーションモデルの適合性の検討とモデルによる予測

9.結果の概要・要約
(1)ヒメトビウンカ個体群動態の特徴
定点における発生動態を次のように解析した。
1)発生量の年次変動は極めて大きく,また後の世代ほど発生量も年次変動も増大した。従って,水田では比較的単純な増殖バターンをとり,一定のレベルに集束するような密度制御機構は弱い。
2)年聞の発生世代数は2回と3回の混合であり,この比率は年次によって大きく異なる。
3)畦畔上の越冬世代幼虫数から水田内の越冬世代成虫数への変化率の変動は少ない。
4)水田における幼虫期の死亡率は低い。そのため,越冬世代から第1世代への増加は著しく,かつその変化率(増殖率)の変動は小さい。
5)第1世代成虫数から第2世代成虫数への変化率(増殖率)は,一部(あるいは大部分)の個体が休眠に入るため,前世代に比較して小さく,かつ年次変動が大きい。
6)小麦畑における発生量は,第1世代において多いので,コムギの登熟以前に羽化した個体 の中には,水田に飛び込むものが少なくないと考えられる。
以上のことから,本種の年間の発生消長は,温度によって生長と増殖を繰り返すことを基本とするモデルに,畦畔や小麦畑から水田への飛び込みや秋期の休眠などを組み入れることによって,ある程度シミュレートが可能であると考えられた。
(2)パラメーターの設定
1)実験に基づき,全ステージの発育零点を11.0℃,産卵からの有効積算温度を孵化110.0日 度,2令化150.5日度,3令化183.1日度,4令化218.6日度,5令化258.3日度,雌羽化320.0日度,雄羽化314.2日度とした。
2)成虫寿命は,11℃以上の温度に反比例するものとし,実験に基づき,平均寿命の有効積算 度は越冬世代430日度,第1世代240日度,第2世代320日度とした。生存曲線は,Y=1/(1+EXP(3.3x(X-M)/M))で近似した。
3)実験に基づき,産卵前期間は越冬世代が60日度,第1,2世代が40日度,産卵開始後の産卵数は日令によらず一定とした。
4)圃場試験をもとに,日温度と日産卵数との関係は,越冬世代成虫がE=-2.26+0.718T,第1,2世代がE=32.74-4.067T+0.1354T2とした。
5)生息地の温度と気温との差を4月+2℃,5月+1℃,6月以降±0℃とした。
6)生息地の温度と昆虫の体温との差を+0.5℃とした。
7)休眠率は孵化日の日長で決定することと仮定し,圃場実験に基づき,暦日(4月1日からの通算日数)から休眠率を求める式Y=1/(1+EXP(61.116-0.4591X))を設定した。
8)卵寄生率は,調査の結果一般に高く,また季節変化もあったので,4月からの有効積算温度から寄生率を求める式Y=7.53x10-1X-1.12x10-3X2+4.586x10-7×3-64.2を設定した。
9)捕食性天敵による成幼虫の日あたり死亡率は,11℃以上の気温に比例すると仮定し,Y=0.002Tを設定した。
10)降雨等の気象条件による成幼虫の死亡については,降水量から死亡率を求める式Y=X/(302.5+0.013X)(ただし,1,2令の死亡率は3令以上の1.5倍)を設定した。
11)春期の畦畔から水田への飛び込みは,越冬世代成虫が産卵前期間終了時に行うものとし,飛び込み率(移動時の生存率)は0.7に設定した。水張り面積率は90%とした。
12)小麦畑から水田への第1世代成虫の飛び込みは,変動要因が多いので,第1世代成虫の羽 化時に個体数を2倍することにより対処した。
13)秋期の越冬幼虫の畦畔への移動率は,10%(ただし1令はその1/3)とした。
14)天敵微生物による死亡,殺虫剤による死亡,卵期の水没の影響,翅型等は考慮しなかった。性比は1:1とした。
15)調査効率は,20回振りすくい取りが20㎡(畦畔は13.3㎡)x成虫10%,幼虫5%とし,50株払い落しが2㎡x70%とした。
(3)シミュレーションモデル(LASTRISS)の作成
1)4月1日の越冬幼虫(2令10%,3令50%,4令40%)を初期個体群とし,気象条件に基づいて生長,産卵,休眠,死亡等の変化を1日毎に最大で10月末日まで計算し,その推移を実個体数または捕獲個体数で出力するプログラムをBASICで作成した。
2)道内の定点圃(旭川,岩見沢,大野)の気象データを基に計算し,実際の発生消長と比較したところ,異常発生した昭和60年を含めて,ほぼ満足する適合性が認められた。
旭川における第1世代および第2世代成虫発生最盛期の的中率は,半旬単位で62%,1半旬異なったものも含めると的中率は85%であった。
旭川について,実際の春期越冬幼虫数を初期値としてモデルで第2世代成虫数および秋期越冬幼虫数を計算すると,計算値と実測値との相関はr=0.876**およびr=0.826**であり,一律の変化率を乗じた場合より適合性が高かった。
3)仮想の気象条件に基づいて発生消長をシミュレートしたところ,1ヶ月の平均気温が2℃ 変化すると発生時期は1半旬程度変化し,1ヶ月の降水量が±50%変化すると発生量は±10〜15%変化するとみられた。

10.主要成果の具体的数字


図1 シミュレーションモデルの計算例
注)1.初期個体数は,越冬幼虫100頭/畦畔1㎡。気象は旭川市永山の平年値を便用。
  2.縦軸の1目盛りは,卵が1㎡あたり個数÷200,幼虫(越冬世代と10月は畦畔,
   他は水田)が20回振りすくい取り頭数÷100,越冬世代成虫が50株払い落し頭数,
   第1.2世代成虫が20回振りすくい取り頭数÷10,をそれぞれ示す。


図2 第1世代成虫発生時期の適合性(岩見沢)
注)1.水田内すくい取り調査のビーク日。
   ただし,実測値はピーク半旬。
  2.昭和55年〜平成3年の12カ年。


図3 第2世代成虫発生時期の適合性(旭川)
注)1.水田内すくい取り調査のピーク日。
   ただし,実測値はピーク半旬。
  2.昭和54年〜平成3年のうち計算値,
   実測値ともに.ピークのなかった2カ
   年を除く11年。
  3.昭和55年のピークは黄色水盤を参
   考にす。


図4 第2世代成虫数の適合性(旭川)
注)1.昭和54年〜平成3年のうちピーク
   のなかった2カ年と発生期に記録的
   豪雨のあった昭和56年を除く10カ年。
  2.5月初めの実測値を初期値とす。
  3.水田20回振りすくい取りのピーク
   時の値を発生量とす。


図5 秋期畦畔越冬幼虫数の適合性(旭川)
注)1.昭和57年〜平成3年の10カ年。
  2.5月初めの実測値を初期値とす。
  3.計算値は10月末日,実測値は10月
   のピーク時の畦畔20回振りすくい取
   り数。

11.成果の活用面と留意点
(1)シミュレーションモデル(LASTRISS)によって,ヒメトビウンカの発生時期および発生量の予測が可能である。このモデルは,具体的気象データを入力することにより具体的な発生予測を行うのが特徴であり,特に発生時期の予測精度が高いが,発生量についても平均的な発生変動に基づくよりも精度の高い予測が可能である。
(2)このモデルは上川地方中部のデータに基づいて作成されているので,その他の地域では,当面は発生時期の予測にとどめる。
(3)このモデルは無防除条件に基づいて作成されているので,防除条件では防除時点で計算値を実測値で修正する必要がある。

12.残された問題点とその対応
ヒメトビウンカおよび稲縞葉枯病の防除対策に関する技術開発のうち数理解析やコンピュータを使った分野では,次の問題点が残されている。
(1)防除対策(防除手段,防除時期,防除要否)の具体的判断基準の策定。
(2)稲縞葉枯病の短期的および長期的防除対策の基礎となるモデルの作成。
(3)条件の異なる道内の稲作地域全体を対象とする情報システムの開発。