成績概要書(作成 平成7年1月)
1.課題の分類  北海道 地域基盤 生物工学
          北海道 生産環境 病害虫
2.研究課題名  テンサイそう根病ウイルス(BNYVV)遺伝子の構造と機能の解析(先端技術開発研究)
3.予算区分  道費
4.研究期間  昭和62年〜平成6年
5.担当  中央農試・生物工学部・遺伝子工学科
6.協力・分担関係

7.目的
 テンサイそう根病は、Polymyxa betae菌によって伝搬されるウイルス病で、特にてん菜の根中糖分を低下させる難防除の土壌病害である。本試験では、バイオテクノロジー技術を導入し、病原ウイルス(BNYVV)に存在するRNA遺伝子の構造と機能を解析する。

8.試験研究方法
 1)供試材料:BNYVVの野外分離株および汁液接種により作出した分離株
 2)cDNA合成法:Gubler and Hoffman法またはRT-PCR法
 3)塩基配列決定法ダイデオキシ法。ラジオアイソトープまたはDNAシーケンサー(ABI,373A)。
 4)ウイルスの検定:エライザ法、汁液接種、電子顕微鏡
 5)RNAの検定:アガロースゲル電気泳動、ノーザン・ブロッティング
 6)病原性検定:検定植物(ツルナ、Beta macrocarpa)、テンサイ
 7)菌伝搬性試験:ウイルス保有Polymyxa菌を作成し、テンサイに接種

9.試駒成果の概要
 1)ウイルス分離株を解析した結果、BNYVVには5種類のRNA遺伝子が存在していることがわかった。これら
  のRNAの全塩基配列を決定し、さらに、RNA遺伝子の機能を解析した。
 2)5種類のRNA遺伝子の塩基数を合計すると、15944塩基であった(ポリA鎖を除く)。
 3)RNA-1は6746塩基から成り、nt(塩基、nucleotides)154〜6480に分子量237kd(キロダルトン)のタンパク質を
  コードする0RF(オープンリーディングフレーム、読み取り枠)をもっていた。このタンパク質には、メチルトラン
  スフェラーゼ領域、ATP/GTP結合領域、ヘリカーゼモチーフ、RNA依存RNAポリメラーゼ領域および“GDD”
  モチーフが認められた。このことから、このタンパク質はウイルスRNAの複製に関与していると考えられた。
 4)RNA-2は4609塩基から成り、6個のORFをもっていた。ORF1は外被タンパク質(CP)をコードしていた。ORF2
  は54kd(CPの読み過ごしタンパク質として75kdのタンパク質が翻訳される)、ORF3は42kd,ORF4は13kd、
  ORF5は15kd、ORF6は14kdのタンパク質をそれぞれコードしていた。欠失変異株を用いた解析から、
  75kタンパク質のC末端領域は、P.betae菌によるウイルスの伝搬に必須であることが示された。
 5)RNA-3は1774塩基から成り、nt445〜1101に分子量25kdのタンパク質をコードするORFをもっていた。欠失変
  異株を用いた解析から、RNA-3がコードする25kタンパク質は、ツルナの黄色斑形成、テンサイのそう根症状
  などの病原性に関与していることがわかった。
 6)RNA-4は1465塩基から成り、nt377〜1222に分子量31kdのタンパク質をコードするORFをもっていた。RNA-4
  は菌によるウイルス伝搬の効率化に関与していることが明らかになった。
 7)RNA-5は1350塩基から成り、nt636〜1136に分子量19kdのタンパク質をコードするORFをもっていた。RNA-5
  は、RNA-3とは異なる病原性をもち、RNA-4との共存により安定してP.betae菌によって伝搬されることが
  わかった。

 

 

表1  BNYVV RNAにコードされているタンパク質の機能
RNA種 コードされている
タンパク質
機能
RNA-1 237k RNAの複製
 
RNA-2
CP(21k) 外被タンパク質
75k polymyxa菌伝搬に必須
42k ?
13k ?
15k ?
14k ?
RNA-3 25k 病原性(そう根症状)
RNA-4 31k polymyxa菌伝搬効率の向上
RNA-5 19k 病原性(粗皮症状)

11.成果の活用と留意点
 1)ウイルス遺伝子の一部を植物体に導入することにより、そう根病抵抗性のテンサイを作出することが
  できる。
 2)新しい弱毒ウイルス(菌伝搬性消失ウイルスなど)作成の基礎となる。
 3)遺伝子診断(cDNAプローブ法、RT-PCR法)を用いたウイルスの系統識別、検出に応用できる。
 4)ここで得られた技術と知見は、他のウイルス、細菌、糸状菌などの遺伝子解析に応用できる。
 5)ここで得られた塩基配列データは、国際DNAデータベース(DDBJ)に登録する予定である。

12.残された問題とその対応
 1)ウイルスにコードされている遺伝子の機能
 2)病原性・菌伝搬性機構の解析
 3)塩基レベルでのウイルス分離株間差の解析