【指導参考事項】
成績概要書                               (作成平成9年1月)
課題の分類
研究課題名:水稲の発育ステージおよぴ不稔歩合の推定法
        (水稲の冷害対策研究、北海道米の食味水準向上技術の開発、
         気象情報を用いた水稻生肯予測システムの開発)
予算区分:道費・共同研究
研究期間:平3−8年度
担当科:中央農試 稲作部栽培第一科
     上川農試 研究部土壌肥料科・水稲栽培科
協力・分担関係:財団法人 日本気象協会

1.目的
水稲の幼穂形成期と出穂期を気象から推定するモデルを開発する。また不稔歩合を早期に推定する方法として、気象から不稔歩合を推定するモデル、蒲長を用いた推定法およぴ次亜塩素酸ナトリウムによる脱色法を開発する。

2.方法
1)発育ステージの推定法
1日当たり発育速度DVRの積算値で表される発育指数DVI(出茅時に0、幼穂形成期に1、出穂期に2とする)の概念を導入した。DVR=1/(1+exp(−A(T−Th)))/G(Tは日平均気温)、DVltp=BxNLtp(DVltpは移植時のDV1,NLtpは移植時葉数)として、「きらら397」と「ゆきまる」について、A,Th,G,Bのバラメータを1988〜95年の農試デ一タと1996年の現地デ一タを用い、シンプレックス法で推定した。
2)気象条件からみた不稔歩合の推定法
不稔歩合SをT1(前歴期間の目平均気温の平均値)、T2(穂孕み期間の目平均気温の平均値)、T3(開花期間の日最高気温の平均値)の関数で表し、S=(1−Y1xY2xY3)x100〔ただし、T2≧Tcの場合はY1:1〕、Yn=1/(1+exp(一An(Tn−Thn)))〔ただし、n:1,2,3〕として、「きらら397」と「ゆきまる」について、A1,A2,A3,Th1,Th2,Th3,Tcの各パラメータを、1988〜93年の作況データ、1993年の道内地域別データ、および1996年の現地デ一タを用いシンプレックス法で推定した。
3) 葯長による不稔歩合の推定法
1993〜96年に中央農試稲作部において、一般圃場、N用量試験、遠光試験、冷水田、冷害気象実験ドームについて、特定穎花(中央の1次枝梗の3,4,5香目)の葯長および充実花粉数を測定し、これと同一日に出穂した穂の不稔歩合を成熟期に調査した。供試品種は「きらら397jほか8品種である。
4)次亜塩素酸ナトリウム脱色法の開発
穂のサンプリング適期と、市販のK社H漂白剤原液について、脱色の最適漫漬時間を検討した。

3.結果の概要
1)移植から幼穂形成期の標準推定誤差は、「きらら397」で4.5日、「ゆきまる」で3.4日、幼穂形成期から出穂期の標準推定誤差は、「きらら397」で2.0日、「ゆきまる」で2.4日であった(表1)。
幼穂形成期の推定誤差には地域間差異が認められたので、支庁別に整理して示した。移植から出穂期を推定した場合の推定誤差は、幼穂形成期の推定誤差とほぼ同様であった(図1)。
2)幼穂形成期以後のDVlと幼穂および節間の伸長の間に密接な関係を認めた。また、DVlの経過に伴う幼穂先端位置の推移(図2)に基づいて、DVlを用いた合理的な水深管理法を提示した(表2)。
3)不稔歩合を気象から推定する方法として、前歴期間、穂孕み期間、開花期間の3つの発育ステージをDVI値で表現し(前歴期間は1,000〜1,403、穂孕み期間は1,403〜1,672、開花期間は1,885〜2,174)、各々の期間の気温が不稔歩合に影響する程度を数量化し、不稔歩合をこれら3つの要素の積で表す新しいモデルを提案した。なお、穂孕み期の日平均気温が限界温度Tc以上の場合は、前歴の気温は不稔歩合に影響しないこととした。その結果、標準推定誤差9.7〜9.8%の精度が得られた(表3、図3)。
4)葯長、葯当たり充実花粉数およぴ不稔歩合の間に密接な関係を認めた。葯長が1.8㎜以上では不稔歩合は20%以下で低く、それ以下では萢長の短縮に伴い不稔歩合は増加し、葯長1.2㎜以下ではほぼ100%不稔となった(図4)。これをもとに、葯長から不稔歩合を推定する方法を提示した(表4)。
5)次亜塩素酸ナトリウム脱色法におけるサンプリング適期は、出穂揃い後15日、日平均気温の積算値で300℃・日以上経過後が望まし<、脱色時間は1時間が最適であった。

表1 最適パラメータおよび推定精度
パラメータ 移植〜幼穂形成期 幼穂形成期〜出穂期
きらら397 ゆきまる きらら397 ゆきまる
A 0.2861 0.2902 0.2983 0.2132
Th 17.07 15.80 15.85 17.28
G 28.95 28.16 20.93 17.33
B 0.1086 0.1033 - -
n 123 73 127 77
S.E 4.54 3.44 1.97 2.44
r 0.766 0.775 0.813 0.705


図2 DVIに伴う幼穂先端位置の推移
   (稲作部、きらら397)

表2 DVIを用いた水田の水深管理法
発育ステージ
DVI
幼穂形成期 ← 前歴 → ← 穂孕み期 → 出穂期
1.0 1.1 1.2 1.3 1.4 1.5 1.6 1.7 1.8 1.9 2.0 2.1 2.2
水深(cm) 4 7 10 10 15 20 20 20 中干し ← 間断灌漑 →
注)「きらら397」について、分げつ期からの深水管理を行う場合を除く

表3 気象から見た不稔歩合の推定モデルの最適パラメータおよび推定精度
品種 A1 Th1 A2 Th2 A3 Th3 Tc 標準推定誤差 r
きらら397 1.111 17.53 1.023 17.58 1.167 20.14 18.18 9.7 0.943
ゆきまる 0.982 17.27 0.969 16.86 1.181 19.95 18.20 9.8 0.937


図4 葯長と不稔歩合の関係

4.成果の活用面と留意点
 1)発育ステージの推定と気象条件からみた不稔歩合の推定については、道農政部農業改良課の事業で開発された、HARlS上の「営農指導支援プログラム」に適用して利用する。ただし、幼穂形成期の推定値には地域間差異があるので留意する。
 2)葯長の測定については、本成績のデータはFAAに固定後に測定したものである。葯長の測定は生でも可能であるが、その場合は穂と葯の乾燥に注意し、さらに0.93を乗じて利用する。
 3)開花期に低温に遭遇した場合には、葯長から不稔歩合を推定することは困難である。
 4)次亜塩素酸ナトリウム脱色法は、うるち品種に適用する。

5.残された間題点とその対応
 1)幼穂形成期の推定精度の向上、とくに水田水温のメッシュ化
 2)不稔発生に及ぼす稲体のCN栄養条件の影響の解析とモデル化