【指導参考事項】
成績概要書                  (作成 平成9年 1月)
課題の分類 北海道 生産環境 土壌肥料−
              畜産草地 草地研究
研究課題名:素掘りラグーンに貯留したスラリーが浅層地下水の水質に及ぼす影響
       (草地の環境保全機能の解明)
予算区分:経常 担当科:北海道農試・草地部・上席研究官、草地管理・地力研
      生産環境部・土壌特性・微生物研
研究期間:平7−8年度
担当者:早川嘉彦・金澤健二・宮地直道・草場敬

1.目的
 フリーストール牛舎導入を背景に、今後の酪農ではスラリー方式により大量の家畜排泄物を処理する例が増加する可能性がある。一方、その処理施設建造が遅れ、スラリーを素堀のラグーンに貯溜する事例が出始めている。その場合、周辺の浅層地下水、ひいては水系への影響が懸念される。その影響程度を地下水中の全窒素濃度の追跡により明らかにする。

2.方法
 北海道農業試験場内で、多湿黒ボク土の緩傾斜面(傾斜度1.7゜)に素掘りのモデルラグーン(直径10m、深さ1.8m)を造設し、乳牛のスラリー(全窒素濃度0.08%)を1995年6月14日に102トン投入し、6月21日に23トン追加投入した。試験圃場には地下2m以内に難透水層が、その直上に飽和透水係数が10−2cm/秒オーダーの滞水層が存在したので、地下水は地下2mまで埋設した塩ビ管により採取した。地下水採取管はラグーン周辺5〜100mの範囲で合計38地点に配置した。地下水の全窒素濃度はペルオキソ2硫酸カリウムにより分解し、比色法で測定した。地下水採取はスラリー投入直後は連日、その後1〜2週間毎に行い、同時に地下水位を調査した。また、スラリー投入7日後からほぼ連日ラグーンの水深を測定した。スラリー投入55日後に試験期間中最高量の降雨があり、それに伴いラグーンの水位が上昇し、地表面に達したために85日後に試験を終了した。

3.結果の概要
1)地下水中のスラリー由来の全窒素の分布は斜面の最大傾斜方向へ拡大した(図1)。
2)スラリー投入前の地下水の全窒素濃度は最高1.2㎎/Lであったので2㎎/Lを超える値はスラリー投入による影響と考えられる。影響範囲は投入直後から急速に拡大し、スラリー投入9日後以降は縮小に転じた(表1)。影響範囲拡大の最盛期にはラグーンの75m下方まで、試験終了時の85日後時点に於いてもラグーンの15m下方まで影響が認められた。
3)ラグーンの水位は、スラリー投入直後に著しく低下し、投入10日後以降は緩慢になるが、54日後まで低下し続けた(図2)。54日後のラグーンの水深は、投入した全スラリーの水深相当値に降水による増加を加算し、蒸発による減少を減算した計算値の77%となり、残り23%相当分のスラリーは漏出したと推定された。ただし蒸発による減少は5㎜/日とし、最大限に見積もった。
4)以上より、スラリーはラグーンに対し傾斜面下方へ著しく拡散し、その影響は遠方まで短期間に到達したことが示された。ただし、本試験を行った圃場は、地下2m以内に難透水層が、その直上に透水性の高い潜水層が存在する緩傾斜面であり、且つ試験に供試したスラリーは、雑排水の混入により極めて粘度が低く、尿汚水に近い物性を持ったものであったためこのような結果が導かれたと考えられる。


試験用ラグーン


図1.地下水へのスラリーの影響の拡がり
  (スラリー投入5日後の地下水の全窒素濃度)

表1.地下水へのスラリーの影響の経時変化
ラグーン
からの距
全窒素濃度(mgN/L)
スラリー投入後の日数
-6日 1日 2日 3日 4日 5日 7日 9日 15日 22日 29日 43日 57日 71日 85日
5m 0.6 142.6 180.7 156.4 217.1 190.7 208.7 184.8 210.9 87.6 85.4 113.7 48.6 18.5 17.2
10m 0.7 82.8 127.9 140.1 143.0 115.8 112.2 96.0 69.4 46.3 34.5 41.5 24.7 10.1 10.6
15m 0.6 50.5 19.4 79.9 91.3 86.7 80.4 64.5 38.1 28.9 26.5 26.9 7.9 6.6 3.5
20m 0.5 33.3 10.5 32.7 30.9 43.6 43.4 44.2 29.6 19.8 11.4 7.5 0.7 3.3 1.9
25m 0.5 3.5 11.5 15.4 17.5 23.0 19.2 21.1 20.4 3.3 1.5 2.5 1.4 1.6 1.5
50m 0.5 2.0 3.0 6.5 11.1 11.8 11.8 7.9 1.8 3.8 2.1 2.2 1.8 1.7 1.1
75m 0.1 0.3 0.6 1.8 2.6 2.5 3.9 4.1 4.2 2.9 1.0 1.4 0.1 0.6 0.7
100m     0.2   0.3 0.4 0.0 0.5 0.5 0.3 0.2 0.3 0.0 0.8 0.6
*ラグーンより最大傾斜方向に調査線を設定した。**2mg/NLを越える値に網掛けをした。


図2.ラグーンの水深の経時変化
試験期間中(95/6/14〜9/7)の平均気温は18.8℃であった。

4.成果の活用と留意点
 1)本成果は素掘りラグーンによる地下水汚染に対する評価の判断材料となる。
 2)本成果は比較的低濃度のスラリーまたは尿汚水を透水性の高い土壌で素掘りラグーンに貯留した場合のスラリーの漏出予測の参考となる。

5.残された問題とその対応
 スラリーでは粘度等、物性や化学性の異なるものを用いた場合、土壌では透水性、傾斜度等が異なる場合については別途検討する必要がある。