成績概要書 (作成 平成12年1月)
課題の分類: 北海道  流通利用 食品品質
総合農業 作物生産
食 品  加工技術
研究課題名:ばれいしょの煮くずれに関与する要因
予算区分: 重点基礎 担当研究室:北農試畑作研究センター 品質制御チーム,ばれいしょ育種研
流通システムチーム
担当者: 遠藤千絵,小原(高田)明子,山内宏昭,六笠裕治,森 元幸
研究期間: 平成9年度
協力・分担関係: 帯広畜産大学畜産学部,北海道大学低温科学研究所

1.目的

 水煮ばれいしょの「煮くずれ」は,塊茎一個中のでん粉の量(でん粉価またはライマン価で表現される:比重から算出する)が高いほど大きくなるが,異なる品種の間ではでん粉価が同じであっても煮くずれ程度が違うことがある。このため,でん粉価だけでは調理加工特性を的確に予測できず問題となっていた。本研究では,煮くずれ程度がそれぞれ特徴的な3品種:同一でん粉価において煮くずれやすいキタアカリ,煮くずれにくいホッカイコガネおよび両者の中間タイプのメークイン,を用いて,でん粉価の他に煮くずれ程度に関与する要因を明らかにすることを目的とした。

 

2.方法

 標準耕種法にて圃場栽培したキタアカリ,ホッカイコガネ,メークインについて,①塊茎(100?120g)1個毎にでん粉価を測定し,でん粉価0.5%ごとに剥皮塊茎を水煮して,その煮くずれ度を目視にて6段階に評価した。②水煮後の塊茎の物性を破断強度解析により評価した。③塊茎組織を固定・樹脂包埋し,薄切片を作成して光学顕微鏡にて,また,急速凍結し割断後,白金-カーボン蒸着してクライオ走査型電子顕微鏡にて形態を比較解析した。④塊茎組織のカルシウム,ペクチン質の量を解析した。⑤生塊茎全粒よりでん粉を単離し,粒径分布,リン含量,膨潤度,アミログラム粘度特性を解析した。

 

3.結果の概要

 水煮ばれいしょの「煮くずれ」は,加熱・吸水によりでん粉が膨潤して細胞が球形になり細胞同士が分離して起こるが,でん粉は細胞壁セルロースに保持されて細胞内にとどまっていることがわかった(図1)。同一でん粉価を持つ塊茎でも品種間で煮くずれ程度が異なるのは以下の要因によることが考察された。

 1)塊茎内のでん粉の分布の仕方:キタアカリは表皮に近い部分にでん粉を多く含む細胞群があるため表層から煮くずれやすいが,ホッカイコガネではこれら細胞群が維管束環内部にあるため表層は煮くずれにくい(図2,表1)。

 2)細胞の大きさ:キタアカリは細胞サイズが大きく細胞間の接着面積が小さくなり細胞が分離しやすいが,ホッカイコガネでは体積はキタアカリの2分の1と小さいため分離しにくい(表1)。

 3)細胞間隙の量:キタアカリは細胞間隙の量が多く,細胞分離が起こりやすい構造を持つ(図3)。 

 4)細胞壁成分の特性:キタアカリはカルシウム,ガラクツロン酸量が低く,細胞間を接着するペクチン質の分子間架橋結合力が低い。

 また単離でん粉の特性解析から,加熱・吸水によるでん粉膨潤度はホッカイコガネで高いことがわかったが,塊茎細胞中では上記の要因から煮くずれ程度には相関しないことが明らかとなった(図4)。

 

図1 煮くずれの形態(キタアカリ:でん粉価16.5%)
A. 水煮後の形態を実体顕微鏡で観察。
B. 煮くずれた細胞をノマルスキー微分干渉で観察。
C. Bをカルコフルオールホワイトで染色して蛍光観察。
スケールはA: 1 mm; B, C: 200 mm。

 

キタアカリ
メークイン
ホッカイ
コガネ
図2 塊茎中のでん粉価の分布
塊茎(塊茎一個のでん粉価17%)を縦二つ割りにし,
切り口より各部位ごとに組織を切りだし(5x5x5 mm),
比重を測定,でん粉価を以下の式より算出した。
でん粉価=214.5 x 比重 - 217.725

 

図3 維管束環付近の組織細胞形態
塊茎(でん粉価16.5%)を急速凍結しクライオ走査型電子顕微鏡で観察。
A. キタアカリ,B. メークイン,C. ホッカイコガネ

 

表1 維管束環付近の細胞サイズ,でん粉粒数,でん粉サイズ
品種 平均細胞サイズ(μm)※1 平均でん粉粒数(個/細胞) 平均でん粉サイズ(μm)
VR※2 VR内 VR外 VR内 VR外 VR内
キタアカリ 222.4±27.3※3
(100.0)※4
223.8±27.3
(100.0)
11.4±3.0
(100.0)
10.1±2.8
(100.0)
35.4±13.3
(100.0)
36.5±13.5
(100.0)
メークイン 190.8±19.3
(85.8)
204.3±23.9
(91.3)
10.0±2.1
(87.6)
9.8±3.0
(97.0)
34.5±12.2
(97.6)
37.5±13.9
(102.6)
ホッカイコガネ 174.2±13.7
(78.3)
174.7±17.9
(78.1)
9.6±2.5
(83.3)
8.0±2.0
(79.2)
29.9±10.5
(84.6)
39.0±13.4
(106.8)
※1 サイズは細胞及びでん粉の形状を円近似したときの直径
※2 VR: 維管束環  ※3 ±数値:標準偏差
※4 ( )内はキタアカリを100としたときの比率

 


図4 単離でん粉の膨潤度
単離でん粉1gを所定の温度で30分間加熱したときの膨潤倍率を表す。

 

4.成果の活用面と留意点

1)個々のニーズに適した品種の利用法・調理加工法の開発,適性品種の育種開発に利用できる。

2)本研究での水煮塊茎の「煮くずれ」は,水分が充分供給される条件下で行っている。加熱時に水分量が限定される場合や,調理加工工程に凍結融解がある条件等では,煮くずれ方が異なることがあり,これらについては今後検討する必要がある。

 

5.残された問題とその対応

1)でん粉膨潤による細胞内圧の評価。

2)カルシウム,ホウ素による細胞壁ペクチン質架橋形態等,塊茎細胞壁特性の詳細解析。

3)水煮時の細胞壁成分の溶脱程度の解析。

4)でん粉膨潤,組織細胞構造,細胞壁成分等の煮くずれへの寄与率の解明。