【指導奨励上参考に資すべき事項】
十勝地方に於ける大豆萎黄病に関する試験成績
十勝支場 |
A. 大豆萎黄病と肥料三要素との関係試験
目的
肥料三要素と大豆線虫による被害程度との関係を明らかにするためである。
試験方法
昭和26年度に於いてコンクリート製の直径60cm、深さ60cmの框を圃場に埋没し、これに水田より採取した下層土を充分混合した上夫々の框に30cmの厚さで自然状態の密度に充填し其の上に無発病地の土壌(砂壌土)を20cmの厚さに充填し更に其の上に発病の激しかった河西郡川西村別府部落の土壌を採取して充分混合攪拌して深さ15cmの土壌中の大豆線虫シストの棲息密度を乾燥土壌50g中150箇内外とした。但し標準無発病区は其の後クロールピクリンを使用して土壌消毒を行った。尚昭和27年度はその跡地を継続して試験を行った。
1. 試験区の配置
施肥区別 処理区別 |
無肥料区 | 燐酸 単用区 |
無窒素区 | 無燐酸区 | 無加里区 | 三要素区 | 三要素+ 堆肥反当 300貫区 |
三要素+ 堆肥反当 600貫区 |
標準区 クロールピクリン処理区 |
||||||||
無処理区 発病区A |
||||||||
無処理区 発病区B |
2. 供用肥料及び施肥量
窒素 反当1貫匁 硫酸アンモニアにて施用
燐酸 反当2貫匁 過燐酸石灰にて施用
加里 反当1貫匁 硫酸加里にて施用
3. 供試作物及び品種名
大豆 「十勝長葉」
4. 1区面積
0.2826平方メートル 発病区のみ2区制
5. 試験及び調査方法の概要
昭和26年度に於いて各区の大豆線虫棲息密度を各均一なる様にしてコンクリート製框を設置して標準区(無発病区)は「クロールピクリン」消毒を行い薬剤処理後1週間を経て耕起し更に2週間を経て播種を行った。1框当たりの株数は夫々4株とし4粒宛点播を行って発芽後所定期日毎に各株より1本宛(1框当たり4個体)抜取って調査を行い、最後に1框当たり4株の各1本立として生育状態を調査し成熟後土中に潜在する大豆線虫シスト数を調査して播種前との変化を調査し又同一の施肥法によって継続した場合の棲息密度の変化について調査を行った。
尚収穫物については乾燥後の地上部の総重量及び子実収量、其の他の形質に及ぼす影響等について夫々比較検討を行った。
実験結果
1. 生育状況
(1) 設置初年目(昭和26年度)
5月29日播種し堆肥併用区は稍発芽遅延の傾向を示したが何れも良整に発芽期に達した。開花始は無肥料区、燐酸単用区、無窒素区等は稍遅延する傾向を示し殊に発病区の場合に其の差が大きかった。然しながら成熟期に於いてはこれ等の差が殆ど見られなかった。又子葉の脱落期は無肥料区と無窒素区が最も早く燐酸単用区が之に接ぎ堆肥併用区は最も遅かった。
第1表 主要生育期
調査項目 施肥区別 |
発芽期 (月日) |
子葉脱落 期(月日) |
開花始 (月日) |
成熟期 (月日) |
生育日数 (日数) |
成熟期の 草丈(cm) |
成熟期の 莢数 |
成熟期の 分枝数 |
成熟期の 不稔莢数 |
|||||||||
標 準 区 |
発 病 区 |
標 準 区 |
発 病 区 |
標 準 区 |
発 病 区 |
標 準 区 |
発 病 区 |
標 準 区 |
発 病 区 |
標 準 区 |
発 病 区 |
標 準 区 |
発 病 区 |
標 準 区 |
発 病 区 |
標 準 区 |
発 病 区 |
|
無肥料 | 6.5 | 6.5 | 6.20 | 6.19 | 8.6 | 8.9 | 10.5 | 10.5 | 129 | 129 | 52.4 | 46.3 | 87 | 79 | 3 | 3 | 4 | 4 |
燐酸単用 | 〃 | 〃 | 6.25 | 6.25 | 8.8 | 8.8 | 10.6 | 〃 | 130 | 〃 | 54.5 | 54.5 | 112 | 70 | 4 | 4 | 5 | 5 |
無窒素 | 〃 | 〃 | 6.20 | 6.21 | 8.6 | 〃 | 10.5 | 〃 | 131 | 〃 | 47.8 | 44.7 | 89 | 68 | 4 | 3 | 9 | 4 |
無燐酸 | 〃 | 〃 | 6.27 | 6.28 | 〃 | 8.6 | 〃 | 〃 | 129 | 〃 | 54.4 | 48.3 | 116 | 81 | 4 | 4 | 6 | 5 |
無加里 | 〃 | 〃 | 6.30 | 6.29 | 〃 | 〃 | 〃 | 〃 | 〃 | 〃 | 50.1 | 52.0 | 129 | 87 | 4 | 4 | 9 | 6 |
三要素 | 〃 | 〃 | 〃 | 7.1 | 〃 | 〃 | 〃 | 〃 | 〃 | 〃 | 45.4 | 49.3 | 110 | 83 | 5 | 4 | 4 | 5 |
三要素+ 堆肥反当300貫区 |
6.7 | 6.6 | 〃 | 7.2 | 〃 | 〃 | 〃 | 〃 | 〃 | 〃 | 60.2 | 57.6 | 151 | 129 | 5 | 5 | 9 | 9 |
三要素+ 堆肥反当600貫区 |
〃 | 6.8 | 7.2 | 7.5 | 〃 | 〃 | 〃 | 〃 | 〃 | 〃 | 62.5 | 60.0 | 226 | 152 | 4 | 6 | 5 | 6 |
堆肥施用の各区は発芽遅延の傾向を示したが6月下旬頃より生育最も優った。6月20日頃施肥別の生育の差が顕著となった。即ち無肥料区、燐酸単用区が最も劣り無窒素区は葉色が淡緑色となり子葉は黄変脱落した。6月25日頃より無肥料区、燐酸単用区、無窒素区、無燐酸区の各区に発病の徴候が認められ其の他の区は7月中旬に至って発病状態を呈した発病後は何れも生育緩慢となり、葉色淡緑色を呈したが三要素区及び堆肥併用区は極めて順調に経過した。肥料の影響は標準区、発病区共に同様の傾向を示したが、両区に於ける生育の差は漸次顕著となり8月5日頃に至って発病区は漸次葉色が恢復して来たが標準区に比較して終始生育は劣って矮少であった。
(2) 設置2年目(昭和27年度)
5月25日播種各区共良整に発芽期に達した其の後の生育状況は初年目(昭和26年度)と全く同一の傾向を辿り6月下旬(播種後30日目)に至って無肥料区、燐酸単用区無窒素の3区は葉色淡緑色となり、発病の徴候を示し始めた。爾後漸次被害状況が顕著となり7月に入り葉色は黄白色を呈し来り7月15日頃からは残余の発病区も葉色稍淡緑となり被害の徴候を示したが前者に比較すれば軽微であった。更に7月25日頃に於いては発病区の無肥料区、燐酸単用区及び無窒素区は病状益々甚だしく遂に下部より落葉するに至った。而して其の他の区は8月上旬に入り漸次生育収穫の恢復の傾向を示しはじめ葉に緑色を増やした。
然しながら発病区は終始標準区に比較すれば甚だしく劣り施肥の不合理なもの程其の被害程度が著しいことが認められた。
2. 根瘤(根瘤菌による)着生状況
所定期日毎に抜取調査を行ったところによると両年共に6月下旬以降発病区は被害程度に反比例して根瘤着生数が漸減する傾向を示した。即ち標準区(無病区)に於いては生育が進むにつれて根瘤数は漸増し殊に8月上旬以降は急激な増加が見られたが、之に反して発病区は其の傾向が見られず反って減少するものさえ見られた。然しながら9月以降は可成り増加し特に三要素施用区及び堆肥併用区は増加数が多かった。
第2表 時期別根瘤着生調査
(1) 初年目(昭和26年度)
調査項目 施肥区別 |
6月28日 | 7月12日 | 8月1日 | 10月9日 | ||||
標準区 | 発病区 | 標準区 | 発病区 | 標準区 | 発病区 | 標準区 | 発病区 | |
無肥料 | 17 | 12 | 38 | 6 | 41 | 8 | 71 | 45 |
燐酸単用 | 19 | 15 | 15 | 15 | 16 | 5 | 154 | 47 |
無窒素 | 21 | 13 | 44 | 10 | 41 | 9 | 99 | 80 |
無燐酸 | 16 | 7 | 26 | 6 | 35 | 1 | 133 | 80 |
無加里 | 11 | 8 | 11 | 8 | 73 | 4 | 177 | 73 |
三要素 | 17 | 9 | 16 | 4 | 66 | 3 | 215 | 94 |
三要素+ 堆肥反当300貫区 |
16 | 6 | 9 | 4 | 109 | 6 | 221 | 100 |
三要素+ 堆肥反当600貫区 |
17 | 4 | 18 | 6 | 126 | 3 | 196 | 146 |
(2) 2年目(昭和27年度)
調査項目 施肥区別 |
6月25日 | 7月15日 | 8月5日 | 8月25日 | 10月10日 | |||||
標準区 | 発病区 | 標準区 | 発病区 | 標準区 | 発病区 | 標準区 | 発病区 | 標準区 | 発病区 | |
無肥料 | 12 | 8 | 31 | 10 | 48 | 4 | 49 | 37 | 43 | 32 |
燐酸単用 | 14 | 16 | 27 | 15 | 39 | 6 | 58 | 51 | 76 | 47 |
無窒素 | 13 | 11 | 30 | 14 | 34 | 3 | 37 | 42 | 54 | 36 |
無燐酸 | 17 | 14 | 33 | 8 | 40 | 5 | 86 | 47 | 117 | 48 |
無加里 | 14 | 18 | 24 | 16 | 67 | 11 | 121 | 94 | 146 | 72 |
三要素 | 22 | 11 | 36 | 7 | 75 | 16 | 230 | 108 | 218 | 124 |
三要素+ 堆肥反当300貫区 |
19 | 15 | 25 | 11 | 93 | 20 | 226 | 143 | 246 | 127 |
三要素+ 堆肥反当600貫区 |
18 | 11 | 32 | 14 | 104 | 25 | 242 | 152 | 225 | 169 |
3. 期節別の雌線虫寄生調査及び土中シストの増減
根部に寄生する雌線虫の数は7月下旬頃迄は可成り多く8月に入って一時其の数を減ずるが9月以降は急激に甚だしく増加することが認められた。又土壌中のシスト数は初年度に於いては生育の良好なもの程棲息密度を増す傾向を示したが2年目に於いては漸次其の差が少なくなり堆肥施用区は漸減する傾向が見られた。
第3表 雌線虫の時期別寄生数並びにシストの潜在数
調査項目
|
雌線虫の根部着生調査 (昭和26年) |
乾土50g中の線虫シスト数 | ||||||||||
初年目(昭和26年度) | 2年目(昭和27年度) | |||||||||||
7月12日 | 7月21日 | 8月1日 | 10月9日 (収穫時) |
播種別 | 収穫後 | 播種前 | 収穫後 | |||||
シスト数 | 空シスト数 | シスト数 | 空シスト数 | シスト数 | 空シスト数 | シスト数 | 空シスト数 | |||||
無肥料 | 30 | 9 | 12 | 457 | 15 | - | 22 | 28 | 24 | 24 | 46 | 83 |
燐酸単用 | 31 | 30 | 2 | 212 | 19 | - | 29 | 33 | 23 | 37 | 42 | 94 |
無窒素 | 40 | 23 | 17 | 133 | 16 | - | 29 | 37 | 28 | 46 | 39 | 75 |
無燐酸 | 29 | 22 | 5 | 270 | 15 | - | 33 | 47 | 22 | 56 | 69 | 131 |
無加里 | 22 | 16 | 11 | 356 | 15 | - | 38 | 43 | 31 | 29 | 57 | 107 |
三要素 | 13 | 26 | 13 | 212 | 15 | - | 69 | 66 | 57 | 84 | 61 | 109 |
三要素+ 堆肥反当300貫区 |
22 | 17 | 7 | 458 | 16 | - | 51 | 50 | 54 | 57 | 55 | 92 |
三要素+ 堆肥反当600貫区 |
23 | 32 | 7 | 344 | 14 | - | 70 | 40 | 63 | 71 | 40 | 87 |
4. 収量調査
収穫乾燥後の総重量について見ると標準区(無病区)の場合には三要素中窒素の肥効が最も顕著で燐酸が之れに次いでいるが、発病区の場合にはむしろ燐酸の方が収量に大きく影響をおよぼして居る。然しながら発病区の場合は三要素共に収量に大きな関連性を持って居ることが認められる。尚又大豆の連作を行った場合には無病区に於いては燐酸が最も大きく収量に関連し、発病区に連作した場合には窒素が著しい関連性を持つことが認められた。即ち十勝火山灰土壌に最も不足な燐酸の肥効が発病の如何に拘わらず重要な関係を持つことは当然であるが、発地病に於いては窒素の給源が土中のみに限定される結果其の影響が益々拡大されるものと思われる。然しながらその他の要素も又被害程度と密接な関係を有して居ることが認められ、合理的な三要素の配合殊に堆肥の併用が最も効果あることが認められた。
子実収量について見ると標準区(無病区)の場合には初年度に於いては窒素の肥効が最も顕著に認められ、燐酸の肥効が之れに次ぐを示した。而して2年目に於いては燐酸の肥効が最も著しく窒素の肥効は余り見られなかった。又加里は両年共最も収量に影響が少なかった。尚堆肥施用の効果は著しく高いことが認められた。
発病区について見るに両年度共に窒素の効果が最も顕著であり、又堆肥施用による効果も極めて大であった。尚又初年度よりも2年目の方が減収率は遙かに大きくなる傾向を示し、殊に施肥の不合理的な場合には一層減収率が大であった。
第4表 子実収量調査
調査項目 施肥区別 |
初年目(昭和26年) | 2年目(昭和27年) | ||||||||||||
標 準 区 (g) |
発 病 区 (g) |
無肥料区を 100とした 収量割合 |
同一区の 発病による 減収率(%) |
同左の 100分比 |
標準区の 燐酸単用区を 100とした 発病区の 収量割合 |
標 準 区 (g) |
発 病 区 (g) |
無肥料区を 100とした 収量割合 |
同一区の 発病による 減収率(%) |
同左の 100分比 |
標準区の 燐酸単用区を 100とした 発病区の 収量割合 |
|||
標 準 区 |
発 病 区 |
標 準 区 |
発 病 区 |
|||||||||||
無肥料 | 109.0 | 66.1 | 100 | 100 | 39.4 | 100 | 47 | 47.0 | 11.7 | 100 | 100 | 75.1 | 100 | 25 |
燐酸単用 | 140.7 | 90.1 | 129 | 136 | 36.0 | 91 | 64 | 81.5 | 10.0 | 173 | 85 | 87.7 | 117 | 21 |
無窒素 | 67.0 | 55.8 | 61 | 84 | 16.7 | 42 | 40 | 93.7 | 64 | 199 | 170 | 93.2 | 124 | 14 |
無燐酸 | 108.2 | 67.9 | 99 | 103 | 36.2 | 92 | 48 | 58.5 | 22.8 | 124 | 195 | 61.0 | 81 | 49 |
無加里 | 123.2 | 79.9 | 113 | 121 | 35.1 | 89 | 59 | 102.5 | 24.4 | 218 | 209 | 76.2 | 102 | 52 |
三要素 | 143.2 | 70.2 | 131 | 136 | 37.0 | 94 | 64 | 111.9 | 27.0 | 238 | 231 | 75.9 | 11 | 57 |
三要素+ 堆肥反当300貫区 |
173.8 | 126.0 | 159 | 191 | 27.5 | 70 | 91 | 144.9 | 44.6 | 308 | 381 | 69.2 | 92 | 95 |
三要素+ 堆肥反当600貫区 |
231.2 | 139.4 | 212 | 211 | 39.7 | 101 | 99 | 132.5 | 52.7 | 282 | 450 | 60.2 | 80 | 112 |
5. 虫喰歩合
虫喰歩合に於いては収量の多いもの程之れに反して被害率が低下する経過が認められる。即ち大豆線虫の被害を被った場合には減収となるばかりでなく粒重の軽減と虫喰粒の増加によって品質も又低下することが認められた。
第5表 虫喰歩合調査
調査項目 施肥区別 |
初年目(昭和26年) | 2年目(昭和27年) | 備考 | ||||||
粒数歩合(%) | 重量歩合(%) | 粒数歩合(%) | 重量歩合(%) | ||||||
標準区 | 発病区 | 標準区 | 発病区 | 標準区 | 発病区 | 標準区 | 発病区 | ||
無肥料 | 29.2 | 27.9 | 24.2 | 23.9 | 45.4 | 20.1 | 41.5 | 9.9 | 1框当たり4個体の 全量について調査 した。 |
燐酸単用 | 22.8 | 24.7 | 21.2 | 19.8 | 50.4 | 29.8 | 41.7 | 19.2 | |
無窒素 | 30.9 | 28.3 | 17.0 | 19.8 | 44.7 | 23.4 | 39.0 | 18.9 | |
無燐酸 | 27.0 | 24.9 | 21.3 | 18.9 | 70.0 | 30.3 | 62.4 | 19.5 | |
無加里 | 29.7 | 26.0 | 21.7 | 15.7 | 22.3 | 40.9 | 15.6 | 34.2 | |
三要素 | 29.0 | 20.1 | 24.6 | 16.0 | 39.1 | 34.6 | 32.2 | 27.1 | |
三要素+ 堆肥反当300貫区 |
20.0 | 20.1 | 18.5 | 14.9 | 23.5 | 27.5 | 15.2 | 21.3 | |
三要素+ 堆肥反当600貫区 |
17.5 | 19.3 | 15.9 | 15.3 | 28.6 | 34.8 | 23.3 | 29.9 |
6. 考察
十勝川西村別府(高丘地)の発病地土壌を十勝支場内の土壌に客入して大豆線虫の発病地と無発病地との区別を以て行った三要素試験の結果によると生育及び収量に対して窒素の効果が最も顕著で燐酸の肥効も又之れに次いで大であることが認められる。又大豆線虫による被害の外観的症状は生育状態が良好なもの程遅れることが認められた。然しながら根部に寄生する雌線虫の数及び土中のシスト数は或る棲息密度の限界に達する迄は生育の旺盛なもの程これに正比例して増加するが、堆肥施用の場合に於いては其の後漸減する傾向が見られた。
又大豆線虫の被害を被ったものは根瘤菌の活動の減退により一層窒素の欠乏を来たし加速度的に生育の不振を来すが作物の根群が線虫の棲息密度の稀薄な土壌深部に達することによって恢復状態に向かうことが認められた。従って下層土の条件が良好で土中養分が生育全期に亘って潤沢な場合にはたとえ大豆線虫の寄生数が多少多くても被害程度は軽減するものと考えられる。(耕鋤並びに施肥の深浅と被害の関係の項参照)即ち従来より大豆線虫による被害の多い地帯は概ね表土が軽鬆で養分の吸収保持力の弱い火山灰土壌に多く、かかる土壌に於いては養分の不足による生育の不振から終始大豆線虫の棲息密度の高い表層に根群の大半が停滞することとなり、作物の生育は恢復に向かうことなく当然被害量の増大を招くものと思われる。
以上の事柄を総合すれば被害の軽減策としては堆肥、緑肥等の持続性肥料を施し努めて深耕を行うことが肝要であると共に、従来大豆に対しては余り使用されることの無かった窒素質肥料についても認識を新たにしなければない。尚又三要素の配合に注意することは当然であるが、肥料の保持力の悪い処に於いては分施或いは追肥(主として窒素質肥料)についても考えるべきである。
B. 耕鋤並びに施肥の深浅と被害との関係試験
目的
耕鋤並びに施肥(堆肥)の深浅と大豆線虫による被害との関係を明らかにする。
試験方法
十勝支場内で昭和24年頃より発病の厳しかった圃場に大豆を3年間連作して畧均一に大豆線虫の分布した場所を選定して乱塊法3反覆を以て試験を施行した。
1. 試験区別
(1) 10cm耕鋤標準肥料施用 標準区
(2) 10cm耕鋤標準肥料 + 堆肥反当400貫施用
(3) 20cm耕鋤標準肥料施用
(4) 20cm耕鋤標準肥料 + 堆肥反当400貫施用
(5) 30cm耕鋤標準肥料施用
(6) 30cm耕鋤標準肥料 + 堆肥反当400貫施用
2. 試験区の配置
1Block | 1 | 3 | 6 | 2 | 5 | 4 |
2Block | 5 | 2 | 4 | 6 | 1 | 3 |
3Block | 4 | 6 | 1 | 3 | 2 | 5 |
3. 共通肥料(標準肥料)
反当過燐酸石灰 7貫 硫酸加里 1貫500匁
4. 供試作物及び品種名
大豆 「石狩白1号」
5. 1区面積
12平方メートル
6. 畦巾、株間
50cm×25cm 各株2本立
7. 試験操作の概要
耕鋤前に1試験区3個所宛に一定量の土を15cmの深さで同一方法によって採取し、其の中に棲息する大豆線虫シストを調査して発生、分布が均一であるか否かを確かめた上で堆肥施用区には所定の堆肥を撒布し規定の深さに耕鋤を行った。耕鋤後2~3日を経てレーキを用いて地均しを行い作条を切って共通肥料を条施した。
発芽後は所定期日毎に各区の生育調査を行い又被害の外観的症状の表れた7月上旬と成熟期との2回に北農式土壌硬度計を用いて各区の土壌硬度を比較対照し併せて大豆線虫の垂直分布状況並びに根部の発育様相について調査を行った。尚収穫物については一般調査方法に基づいて収量調査を行った。
実験結果
1. 生育状況
5月18日播種し6月1日各区共良整に発芽期に達した。発芽後6月中旬までの生育状態は殆ど差が認められなかったが雑草の繁茂状況は深耕区程少なく30cm耕鋤区は6月末迄は除草の要が無かった。6月25日頃より10cm耕鋤の各区に発病の症状が認められ、次いで7月10日頃に至り20cm耕鋤の各区に稍其の症状を呈し始めた。又30cm耕鋤区は7月15日に至って稍其の症状を認めた。而して7月10日頃迄は耕鋤の浅いもの程被害程度が大で葉色淡く生育が劣る傾向を示したが堆肥施用の効果は見られなかった。然しながら7月中旬以降は10cm耕鋤区は依然堆肥施用の効果が見られなかったが20cm耕鋤区及び30cm耕鋤区に於いては堆肥施用の効果が顕著に表れ爾後の生育は20cm耕鋤標準肥料+堆肥反当400貫及び30cm耕鋤標準肥料+堆肥反当400貫の両区は相伯仲して旺盛な繁茂を示し30cm耕鋤標準肥料及び20cm耕鋤標準肥料が相順次して之れに次ぐを認めた。
第1表 生育調査
調査項目 試験区別 |
発芽期 (月日) |
開花始 (月日) |
成熟期 (月日) |
生育日数 (日) |
草丈(cm) | 備考 | ||||||
7月1日 | 7月20日 | 7月30日 | 8月10日 | 8月20日 | 8月30日 | 成熟期 | ||||||
10cm耕鋤標準肥料 | 6.1 | 7.27 | 10.7 | 142 | 11.5 | 18.8 | 25.3 | 31.6 | 34.7 | 39.8 | 34.0 | 3ブロック平均の 数字を示す |
10cm耕鋤標準肥料 +堆肥反当400貫 |
〃 | 〃 | 〃 | 〃 | 12.3 | 20.4 | 28.5 | 34.1 | 38.3 | 39.2 | 32.6 | |
20cm耕鋤標準肥料 | 〃 | 〃 | 〃 | 〃 | 13.3 | 20.6 | 28.9 | 36.6 | 38.9 | 39.8 | 36.2 | |
20cm耕鋤標準肥料 +堆肥反当400貫 |
〃 | 〃 | 〃 | 〃 | 14.0 | 23.5 | 33.0 | 54.7 | 63.9 | 67.9 | 47.1 | |
30cm耕鋤標準肥料 | 〃 | 〃 | 〃 | 〃 | 14.0 | 21.5 | 30.8 | 41.5 | 45.6 | 45.8 | 38.9 | |
30cm耕鋤標準肥料 +堆肥反当400貫 |
〃 | 〃 | 〃 | 〃 | 17.3 | 30.9 | 47.3 | 60.7 | 68.5 | 69.7 | 52.2 |
調査項目 試験区別 |
葉数 7月1日 |
分枝数(本) | 成熟期に於ける調査 | 備考 | |||||||
7月20日 | 7月30日 | 8月10日 | 8月20日 | 成熟期 | 主茎節数 | 総節数 | 莢数 | 不稔莢数 | |||
10cm耕鋤標準肥料 | 11 | 1 | 1 | 1 | 1 | 1 | 14 | 16 | 6 | 1 | 本調査は1個体 当たりの平均数 を示す |
10cm耕鋤標準肥料 +堆肥反当400貫 |
13 | 1 | 1 | 2 | 2 | 1 | 13 | 16 | 6 | 1 | |
20cm耕鋤標準肥料 | 12 | 1 | 2 | 2 | 2 | 2 | 15 | 23 | 18 | 2 | |
20cm耕鋤標準肥料 +堆肥反当400貫 |
12 | 2 | 3 | 3 | 3 | 4 | 16 | 33 | 36 | 3 | |
30cm耕鋤標準肥料 | 13 | 2 | 3 | 3 | 3 | 3 | 15 | 32 | 19 | 2 | |
30cm耕鋤標準肥料 +堆肥反当400貫 |
14 | 3 | 3 | 3 | 4 | 5 | 16 | 36 | 41 | 5 |
2. 大豆根部の生育状況と大豆線虫の垂直分布
大豆の根部に於ける生育状況を見るに深耕となるにつれて其の分布は土壌深部に迄多くなる傾向を示し、殊に堆肥を施用した場合には一層其の傾向が顕著に見られた。又大豆線虫の垂直分布状態は耕鋤に際して深耕区は可成り深部に迄分布するが程なく一般的に見られる状況、即ち地表より10cm乃至15cmの部位に最も多く、それ以下は急激に減少して25cm内外より深部には殆ど棲息しない状態になることが認められ其の傾向は耕鋤の深浅とは殆ど関係の無いことが認められた。
第4表 播種前と収穫後の大豆線虫シスト数の増減
調査項目 試験区別 |
1Block | 2Block | 3Block | 平均 | 備考 | ||||
播種前 | 収穫後 | 播種前 | 収穫後 | 播種前 | 収穫後 | 播種前 | 収穫後 | ||
10cm耕鋤標準肥料 | 51 | 36 | 54 | 39 | 39 | 46 | 48 | 40 | -8 |
10cm耕鋤標準肥料 +堆肥反当400貫 |
53 | 49 | 52 | 51 | 44 | 48 | 50 | 49 | -1 |
20cm耕鋤標準肥料 | 36 | 53 | 38 | 60 | 41 | 43 | 38 | 52 | +14 |
20cm耕鋤標準肥料 +堆肥反当400貫 |
35 | 52 | 39 | 48 | 45 | 45 | 40 | 48 | +8 |
30cm耕鋤標準肥料 | 41 | 64 | 36 | 53 | 59 | 52 | 45 | 56 | +1 |
30cm耕鋤標準肥料 +堆肥反当400貫 |
45 | 64 | 40 | 48 | 37 | 47 | 41 | 52 | +9 |
3. 収量調査
総重量及び子実収量共に耕鋤の深いもの程優る傾向を認め更に堆肥を施用した20cm以上の深耕のものは被害程度を減じて著しく増収となることが認められた。而して10cm耕鋤の場合には堆肥を反当400貫施用しても大豆線虫による被害のため増収上の効果は殆ど認められなかった。
又子実の千粒重量に於いては子実収量の多収と正比例して収量の劣るもの程小粒となり品質が著しく劣ることが認められた。
第5表 収量調査(12平方メートル当)
調査項目 試験区別 |
総重量 (g) | 子実重量(g) | 茎重量 (g) |
千粒 重量(g) |
虫喰歩合 | 品質 順位 |
||||
重量 | 割合 | 重量 | 割合 | 粒数歩合 | 重量歩合 | |||||
三 ブ ロ ッ ク 平 均 |
10cm耕鋤標準肥料 | 453 | 100 | 84 | 100 | 255 | 119.1 | 39.7 | 34.3 | |
10cm耕鋤標準肥料 +堆肥反当400貫 |
620 | 137 | 141 | 168 | 370 | 137.1 | 46.3 | 38.3 | ||
20cm耕鋤標準肥料 | 1224 | 270 | 386 | 460 | 615 | 111.9 | 45.9 | 42.0 | ||
20cm耕鋤標準肥料 +堆肥反当400貫 |
3885 | 858 | 1406 | 1674 | 1588 | 117.5 | 47.1 | 41.5 | ||
30cm耕鋤標準肥料 | 1557 | 344 | 411 | 489 | 807 | 122.9 | 44.9 | 42.7 | ||
30cm耕鋤標準肥料 +堆肥反当400貫 |
4463 | 985 | 1573 | 1873 | 1942 | 125.5 | 50.7 | 44.8 |
4. 考察
以上の試験結果より見れば明らかな如く発病地に於いて努めて深耕を行い土壌の理学性を改善して土壌深部に作物根の伸長を旺盛にすることが被害を軽減する上に役立つことが認められるが十勝地方の土壌の多くは下層土が稀薄であり且又一時に深耕を行って未風化の土壌を露出することにより土壌養分の欠乏から生育不振を招くことも考えられるので現地の実情に応じて心土耕を行うとか或いは漸次深耕の度を加える等の手段を考えると共に施肥、特に堆肥、緑肥等の施用に努めることが肝要である、即ち下層土の改良が大豆線虫の被害を防止する上に特に重要な事項と思われる。
C. 輪作法と発生との関係調査
十勝支場に於ける豊凶考照試験圃に発生した実例を示すと次の通りである。
1. 輪作順序
年次 番号 |
1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 |
昭 6 年 |
昭 7 年 |
昭 8 年 |
昭 9 年 |
昭 10 年 |
昭 11 年 |
昭 12 年 |
昭 13 年 |
昭 14 年 |
昭 15 年 |
昭 1 6 年 |
|
1 | 大豆 | 亜麻 | 菜豆 | 甜菜 | 燕麦 | 菜豆 | 秋播小麦 | 豌豆 | 馬鈴薯 | 大麦 | 大豆 |
2 | 大豆 | 亜麻 | 菜豆 | 甜菜 | 燕麦 | 菜豆 | 秋播小麦 | 小豆 | 甜菜 | 裸麦 | 大豆 |
3 | 小豆 | 甜菜 | 裸麦 | 大豆 | 亜麻 | 菜豆 | 甜菜 | 燕麦 | 菜豆 | 春播小麦 | 小豆 |
4 | 黍 | 小豆 | 玉蜀黍 | 菜豆 | 黍 | 小豆 | 玉蜀黍 | 菜豆 | 黍 | 小豆 | 玉蜀黍 |
5 | 春播ライ麦 | 大豆 | 春播ライ麦 | 大豆 | 春播ライ麦 | 大豆 | 春播ライ麦 | 大豆 | 春播ライ麦 | 大豆 | 春播ライ麦 |
6 | 菜豆 | 黍 | 小豆 | 玉蜀黍 | 菜豆 | 黍 | 小豆 | 玉蜀黍 | 菜豆 | 黍 | 小豆 |
年次 番号 |
12 | 13 | 14 | 15 | 16 | 17 | 18 | 19 | 20 | 21 | 大豆線虫 初発年次 |
昭 17 年 |
昭 18 年 |
昭 19 年 |
昭 20 年 |
昭 21 年 |
昭 22 年 |
昭 23 年 |
昭 24 年 |
昭 25 年 |
昭 26 年 |
||
1 | 亜麻 | 菜豆 | 甜菜 | 燕麦 | 菜豆 | 秋播小麦 | 豌豆 | 馬鈴薯 | 大麦 | 大豆 | |
2 | 亜麻 | 菜豆 | 甜菜 | 裸麦 | 菜豆 | 春播小麦 | 小豆 | 甜菜 | 裸麦 | 大豆 | 昭和26年 |
3 | 甜菜 | 裸麦 | 大豆 | 亜麻 | 菜豆 | 甜菜 | 燕麦 | 菜豆 | 春播小麦 | 小豆 | 昭和26年 |
4 | 菜豆 | 黍 | 小豆 | 玉蜀黍 | 菜豆 | 黍 | 小豆 | 玉蜀黍 | 菜豆 | 黍 | 昭和23年 |
5 | 大豆 | 春播ライ麦 | 大豆 | 春播ライ麦 | 大豆 | 春播ライ麦 | 大豆 | 春播ライ麦 | 大豆 | 春播ライ麦 | 昭和18年 |
6 | 玉蜀黍 | 菜豆 | 黍 | 小豆 | 玉蜀黍 | 菜豆 | 黍 | 小豆 | 玉蜀黍 | 菜豆 | 昭和22年 |
2. 施肥量(陌当)
大麦、裸麦、豌豆、菜豆 大豆粕 450kg 過燐酸石灰 250kg
小麦、燕麦 大豆粕 550kg 過燐酸石灰 250kg
玉蜀黍、馬鈴薯 堆肥 15000kg 過燐酸石灰 250kg
黍 硫酸アンモニア 150kg 大豆粕450kg
過燐酸石灰 250kg
大豆、小豆 過燐酸石灰 250kg
亜麻 大豆粕 300kg 過燐酸石灰 250kg
甜菜 鰊粕 300kg 智利硝石 150kg 過燐酸石灰 300kg
3. 収量調査
年次 番号 |
昭19年 | 昭20年 | 昭21年 | 昭22年 | ||||
作物名 | 無被害区に 対する収量比(%) |
作物名 | 無被害区に 対する収量比(%) |
作物名 | 無被害区に 対する収量比(%) |
作物名 | 無被害区に 対する収量比(%) |
|
2 | 甜菜 | 100 | 燕麦 | 菜豆 | 100 | 春播小麦 | ||
3 | 大豆 | 100 | 亜麻 | 菜豆 | 100 | 甜菜 | ||
4 | 小豆 | 88 | 玉蜀黍 | 菜豆 | 100 | 黍 | ||
5 | 大豆 | 春播ライ麦 | 大豆 | 87 | 春播ライ麦 | |||
6 | 黍 | 小豆 | 100 | 玉蜀黍 | 菜豆 | 50 |
年次 番号 |
昭23年 | 昭24年 | 昭25年 | 昭26年 | ||||
作物名 | 無被害区に 対する収量比(%) |
作物名 | 無被害区に 対する収量比(%) |
作物名 | 無被害区に 対する収量比(%) |
作物名 | 無被害区に 対する収量比(%) |
|
2 | 小豆 | 100 | 甜菜 | 裸麦 | 大豆 | 75 | ||
3 | 燕麦 | 菜豆 | 100 | 春播小麦 | 小豆 | 85 | ||
4 | 小豆 | 44 | 玉蜀黍 | 菜豆 | 86 | 黍 | ||
5 | 大豆 | 9 | 春播ライ麦 | 大豆 | 20 | 春播ライ麦 | ||
6 | 黍 | 小豆 | 56 | 玉蜀黍 | 菜豆 | 70 |
4. 乾燥土壌25g中の線虫シスト数
輪作区番号 年次 |
1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | ||||||
線虫 シスト数 |
線虫 空シスト数 |
線虫 シスト数 |
線虫 空シスト数 |
線虫 シスト数 |
線虫 空シスト数 |
線虫 シスト数 |
線虫 空シスト数 |
線虫 シスト数 |
線虫 空シスト数 |
線虫 シスト数 |
線虫 空シスト数 |
|
昭和25年 | 0.0 | 0.0 | 0.0 | 0.0 | 0.0 | 0.0 | 60.3 | 72.5 | 62.7 | 84.2 | 34.5 | 46.5 |
昭和26年 | 0.0 | 0.0 | 95.5 | 38.0 | 39.5 | 7.5 | 10.3 | 14.5 | 75.0 | 112.5 | 14.0 | 28.0 |
5. 考察
豊凶考照試験圃は2.5m×2.0mの矩形面積のものを並列した設計で各試験区は独立した輪作形式を持つものである。其の発生状態を見ると大豆と春播ライ麦を隔年(2年輪作)した輪作区5に最も早く発生し、又其の被害程度も最も多くこれと同様被害作物が隔年に栽培せられても小豆と菜豆が交互であり、又堆肥並びに其の他の肥料が比較的多く施される玉蜀黍、黍を輪作に含む輪作区の4及び6がこれに次いでいる。次に無被害作物を隔年と2年とを交互に組み入れた輪作区の2及び3にも昭和26年度に発病を認めたが無被害作物を1年、2年、4年の交互に組み入れた輪作区1には全然発病が見られなかった。即ち被害作物の輪作年限が長い程発病が少なく4年以上無被害作物を栽培した跡地には殆ど被害が見られない。このことは発生地帯に於ける輪作形式の設計上最も注意すべきことと思われる。
D. 考察及び結論
以上の試験及び調査の結果と従来の試験成績とを綜合して考察すれば十勝地方に於ける大豆線虫による被害防止対策としては次の事項に特に注意すべきである。
1. 合理的な施肥により生育を旺盛にするよう努めること
元来十勝地方に於いては豆科作物殊に大豆に対しては窒素質肥料は必要が無い様に思われて居るが、之は豆科作物が根瘤菌の寄生によって空中窒素を供給せられることを前提としての考えである。而して豆類の生育初期に於いては其の活動が不活発であり、又十勝地方の火山性土壌に於いては地味瘠薄であるのに加えて往々にして旱越或いは風害等を被り易く生育の不振を示し、一方根部の貧弱なことによって根瘤菌の着生する機会をも少なくなるものと考えられる。尚又試験成績によって明かな如く大豆線虫の被害を被ったものは著しく根瘤菌の活動を妨げられるものであるから一層窒素質肥料の必要性が高まって来る訳である。従って無被害地に於いても初期の生育を促進する上に於いて或る程度の窒素質肥料の施用は絶対必要なものであり、火山灰土壌地では一層その必要性が高まり、更に大豆線虫の発生地帯に於いては不可欠なものとなって来る。而して施用すべき窒素の量は昭和5年より同8年に至る4年間に十勝支場で行った大豆に対する窒素用量試験成績に拠れば反当硫酸アンモニアで1貫乃至2貫を施用することが適量と認められて居る。従って以上は沖積土に於ける試験成績であるので火山灰土壌に於いては2貫乃至3貫必要とし、発病地帯に於いては更に多量を要するものと思われる。
次に燐酸であるが、従来の試験成績から見れば少なく共過燐酸石灰で6貫乃至7貫を必要とすることが認められて居る。殊に十勝管内に於ける火山灰土壌中最も燐酸に欠乏して居る十勝岳統火山灰土や雌阿寒岳統火山灰地に於いては更に多少燐酸用量を増加する必要がある。加里質肥料は沖積土地帯に於いても勿論施用の要あることは当然であるが、特に火山灰土壌地では其の効果が大である。即ち 高圧地帯試験地の試験成績によれば反当加里800匁を施用することにより著しい増収を示すことが認められて居る。つまり火山灰土壌に於いては塩化加里にして反当1貫500匁内外を適量とし、特に加里に欠乏して居る十勝岳統の火山灰土壌には其の必要が大である。
尚、帯広畜産大学教授山田忍氏が行った火山性土の三要素試験成績を参考迄に示せば次の通りである。
附表1 火山性土三要素試験成績(供試作物燕麦)
火山性土の系統 | 子実収量の百分比 | ||||
無肥料 | 無窒素 | 無燐酸 | 無加里 | 三要素 | |
有珠岳統火山灰地 | 44 | 54 | 48 | 100 | 100 |
樽前山統火山灰地 | 36 | 31 | 75 | 98 | 100 |
十勝岳統火山灰地 | 43 | 77 | 44 | 44 | 100 |
雌阿寒岳統火山灰地 | 26 | 58 | 25 | 25 | 100 |
2. 有機物の補給に努め土壌の肥料吸収及び保持力を高めること
既に述べた通り十勝の大半を占める火山灰地土壌は肥料成分に甚だ欠乏するばかりでなく、肥料成分の保持力も著しく不良で、折角施用した肥料も充分に其の効果を発揮し得ない現状である。従って堆肥を施用した場合の顕著な肥効を見ても明らかなところである。大豆線虫による被害地に於いて堆肥の効果が極めて顕著であることは勿論土壌の理学性の改善による面も大であるが、火山灰地土壌の肥料吸収保持力を増して施用肥料の効果を高めることによるものも大なるものと思われる。
近年大農機具による耕土改良事業が急速に進展の情勢にあることは誠に慶賀に堪えないところであるが、全般的に下層土の瘠薄な十勝地方に於いてはこれに伴い有機物の補給に万全を図り以て下層土の肥培を行わぬ限り到底所期の目的を達し得ないことは今更申し述べる迄もないところである。土地改良事業と有機物の施用とが両方相俟ってこそ火山灰地土壌特有の凍結様式による弊害も緩和され、養分の流亡、風害等をも軽減する結果となり延いては大豆線虫による被害の軽減にも著しい効果を収め得るものと確信する。
3. 作物根の伸長状態を良好にすること
大豆線虫の棲息状態を調査した結果に拠れば線虫自体の移動力は極めて小範囲なものであり、殊に垂直分布状態に於いては地表より10cm乃至15cmの深度に大部分のものが棲息し、それ以下に於いては急激に其の数を減じ、少なくとも30cmより深部に棲息する側は殆ど見られなかった。尚、又この傾向は土壌の種類或いは硬軟、粗密に拘わらず殆ど同一傾向を示した点は特に注目すべき事項である。而して大豆の根の伸長状態は普通は地下60cmあまりに達するものであり、又耕鋤並びに施肥の深浅と被害との関係試験成績に示した如く下層土の改良により土壌深部の根群の発育が旺盛となり、大豆線虫の分布層以下より栄養を供給せられて被害が軽減されることが明らかであることに鑑み根部の伸長を容易ならしめることは極めて重要なことである。
十勝地方に於いて作物根の伸長を阻害する原因の主なるものと其の対策としては次の様なことが挙げられる。
原因 | 対策 |
排水不良 | 地下水を地表から1m標準に排水すること |
犁底盤の生成 | 深耕によって犁底盤を破砕する |
下層土の組織性密 | 心土耕によって下層土を破砕する |
下層土の板状構造 | 同 |
下層土の酸性 | 下層土の酸性を矯正する |
下層土の地味瘠薄 | 堆肥並びに緑肥の施用により漸次作土を深めること |
4. 品種の選定
昭和26年度以降十勝支場で行った試験成績によれば早熟種は一般に減収率が大であることが認められ、中、晩熟種の生育旺盛な品種は一般に減収程度が少なかった。然しながら品種の選定は其の地方の気候風土及び其の他の事情を考慮して成熟の安定度に主眼を置き、徒に晩熟種に偏してはならない。尚試験の結果殆ど無被害に近い極めて抵抗性の品種が2・3認められたが当地方としては晩熟に失する懸念もあるので今後研究を続行する予定である。
5. 輪作
現在までの試験結果に依れば大豆線虫は大豆の他小豆と菜豆に限り加害することが認められている。然しながら管内の実態を見るに根瘤線虫病を併発して居る場合も見られるので一応根瘤線虫病についても警戒しなければならない。之等の線虫病は普通無被害作物を3年以上連作することによって実質上の被害は無くなることが認められて居る。従って大豆線虫の場合には大、小豆菜豆以外の作物を、又根瘤線虫の場合であれば禾本科作物を3年以上連作する等の手段が必要である。尚昭和27年度に於いて十勝支場で行った試験成績に依れば一様に大豆線虫の発生した圃場に各種の作物を栽培して棲息密度の増減を調査した結果麦類作付跡地に於ける大豆線虫シストの減少率に比較して赤クロバー栽培跡地に於いては著しい減少を示した。其の原因については今後尚研究を要するところであるが顕微鏡実験の結果によれば孵化した幼虫が根部に蠧入し発育を全うせずして斃死して居るものが見られる点等から見れば赤クロバーは大豆線虫に対して誘引捕獲作物とも言うべきものと思われる。
又赤クロバーを搬入して馬鈴薯を栽培した跡地及び堆肥を施用した玉蜀黍跡地も可成りの減少が見られた。従ってかかる点を充分考慮に入れて合理的に輪作を行い作土を深め地力の涵養を図るべきである。
附表2 作物種類と大豆線虫の増減との関係(参考)
作物名 種類区別 |
玉蜀黍 | 赤クロバー | 馬鈴薯 | 大豆 | 亜麻 赤クロバー 混播 |
燕麦 | 大麦 | 備考 |
播種別 | 111 | 117 | 88 | 102 | 104 | 117 | 121 | 各区共6ブロックの平均を示す 乾土50g中のシスト数を示す 堆肥及び緑肥は反当400貫 |
収穫後 | 72.6 | 31.6 | 61.8 | 111.9 | 63.7 | 101.1 | 97.7 | |
同上割合 | 65 | 28 | 55 | 100 | 57 | 90 | 87 | |
減少率(%) | 34 | 73 | 30 | - | 39 | 14 | 19 |
6. 其の他
以上のことがらの外に無病地への蔓延を防止することも極めて重要なことである。即ち人畜、農具等に附着しての伝播を防止し、又十勝地方特有の風害による多量の表土の飛散或いは融雪時に於ける表土の流亡による伝播経路は最も一般的に見られるところで、これらに対しても適切な対策を講じなければならない。