【指導奨励上の参考事項】

昭和29年に発生した主要病害虫と普及上注意すべき事項

道立農試病虫部

 

 昭和29年度に発生した病害虫の中で特記すべき2.3のものを挙げれば、6月中旬にイネヒメハモグリバエの全道的な異常多発があり、全力を集中して防除に努めたけれども著しい被害を蒙り、このため補植、再播等を余儀なくされたところも尠くなく、早播早植の勧奨による冷害予想の回避策が先づ挫折し、以後の低令による生育遅延を助長し、冷害の一因をなした。
 これに次いで出穂前後に於けるアワヨトウ、イネカラバエ等の被害も前年に増して大きく、セジロウンカも道南諸地域に多発して、一部地方では防除を行うに至っている。
 被害では稲熱病をはじめ一般に少目であったが、リンゴモニリヤ病が主として北部果樹地帯に猖獗したことは記録的なことで、1月の大吹雪による折損等の害を含めて、今後の経営を危ぶまれる事態を釀すに至った。いま例年に比し発生多く且つ被害が著しく或いは特異な発生をみた病害虫を挙げれば次の如くである。

病害
  稲黄斑性萎縮病、麦類雪腐病、馬鈴薯粉状そうか病、馬鈴薯そうか病、トマト疫病、小豆立枯病、胡瓜黒星病、リンゴモニリヤ病
害虫
  イネヒモグリバエ、イネカラバエ、セジロウンカ、アワヨトウ、カブラヤガ、タマナヤガ、シロモニヤガ、アブラムシ類
 備考 29年度に発生を確認したもの

 

 

害虫

1. イネヒメハモグリバエ(Hydrellia giseola Fallen)
 本種は過去に於いて昭和17、21、25年と発生の記録あり今回の発生即ち昭和29年のそれを含めると偶々4年目毎の発生を見ている。
 本種は広く北海道に分布し平常は禾本科雑草地帯を根據としているもので、従来主として留萌、上川両支庁管内の北部に限り、全道的には極めて小範囲の被害を認める程度であり、イネハモグリバエ(Agromyza oryae MUNAKATA)に僅かに混在するに過ぎなかった。然るに本年突如全道にわたって記録的な発生をしたのであるが、今回の異常発生と被害を激化せしめた原因と認むべき事項を要約すると次のとおりである。
 ・ 異常発生と被害激化の原因
 (1) 4月下旬が高温に、5~6月が低温に経過したこと、このことについては尚検討を要する面が多いが、昭和17、21、25年等多発の年にお
   いても同様の気象がみられている。これは、4月下旬の高温が越冬虫の発育に好条件を与え、その死亡率を低めたものではないかと推
   察される。
 (2) 成虫の羽化産卵期と水稲移植期が一致したこと。
 (3) 移植期(5月下旬~6月上旬)の低温が、活着を不良にし、草型が産卵に好適したこと。
 (4) 種苗の生育不良が被害の補償回復力を妨げたこと。
 (5) 本虫に対する経験の乏しいものが多く、早期確認が遅れたこと。
 ・ 経過習性
 本種は低温適応性害虫で従来その生態も明らかでなかったが、本年調査の結果からは1年に5、6世代を繰り返し、禾本科雑草の葉肉内に潜伏した蛹又は老熟、幼虫で越年するものと思われる。翌春5月~6月に亘り第1世代の成虫出現し、水稲では移植後その表葉に点々産卵する。成虫は趨水性で水辺又は湿地を好み、水面すれすれに飛翔する。卵期間は湿度により可成りの差があり2日~4日、高温湿潤は卵期間を短縮し孵化率を高める。孵化幼虫は直ちに葉肉内に潜入し緑の葉肉を食い進み長い潜痕をのこす。4日~26日の幼虫期間を経て葉肉内で蛹化する。蛹期間5~15日を経て羽化する。この第2世代成虫の一部のものは7月上旬頃迄更に水稲に産卵するがその孵化幼虫による害は第1世代の場合に比較して遙かに軽微であり、更に第3世代以後のものは水稲害虫としての問題は無い。
 幼虫の習性として屡々蛹化直前に食害虫の葉を去って他の同種類の葉或いは全然別系統の植物の葉に移行して潜入蛹化することがある。今回食餌植物として41種が明らかにされた。
 ・ 形態
    成虫: 体長約2mmの小形の蠅で、暗灰色である。
    卵  : 長径約0.7mmで細長く、両端やや尖り表面に多くの縦じわがある。
    幼虫: 細長い白色の蛆で、僅かに緑色を帯び老熟すると体長3mm余りに達する。
    蛹  : 長紡錘状で体長3mm余、褐色乃至暗褐色である。
 ・ 防除法
 (1) 移植直前苗代及び畦畔周囲の雑草に対してB.H.C粉剤(α1%~5%)を撒布すること。
 (2) 移植後6月2半旬頃迄は数日おきに数回B.H.C粉剤を、その後の被害種苗に対してはパラチオン粉剤を撒布すること。
 (3) 被害激甚で恢復見込みのない株は補植或いは再植すること。
 (4) 被害による空電には早生種を直播するか稗を播種すること。

2. セジロウンカ
 本種は昭和19年に全道的に大発生をみ、その後21.22.23年に常発地帯である桧山、留萌支庁管内に被害を認めている。本年は久々に相当の多発を見たが被害は前記多発年に比較して軽少で桧山、日高、胆振地方の一部で防除を実施した程度で終わった。
 尚、6月末より全道的(西部)にヨコバイ類(主にフタテンヨコバイ)の発生が目立ち殆ど7月末迄及んだことは注目される。
 ・ 防除法
 (1) 発生を認めたならば反当1.2升~1.5升の石油を滴下して注油駆除を行うこと。
 (2) B.H.C粉剤(α1%~α3%)D.D.T粉剤(5%~10%)の撒布も有効である。

3. アワヨトウ(その他夜盗虫類)
 本種は昭和28年北海道西部一円に多発し相当の被害があったが、29年には発生地域が著しく増加し、全道一円に亘り大発生を見た。
 尚、カブラヤガ(上川)、タマナヤガ(留萌)、シロモンヤガ(十勝)等が部分的に異常発生を認めた。
 ・ 防除法
 (1) 糖蜜誘殺法により成虫の発生状況を予察すること。
 (2) 産卵場所となり易い枯葉、刈株等を成虫の産卵期に焼却或いは低刈して処分すること。
 (3) 発生初期に砒酸鉛、D.D.T剤、パラチオン剤の撒布を行うこと。

4. アブラ虫類
 本年は全道一円にわたってアブラ虫類の多発があり、特に西南部一円及び十勝、網走地方の麦類、馬鈴薯、豆類、蔬菜類、菜種等に被害が激甚であった。本年は5~7月にわたり日照多く降雨少なく特に6月2半旬より7月5半旬までは殆ど降雨がなかったので、気温は低目であったが本虫の多発には好適条件下にあったものと考察される。
 ・ 防除法
 (1) 発生初期から4.5月毎に2.3回硫酸ニコチン石けん液を撒布すること。
 (2) B.H.C.剤或いはパラチオン剤の撒布を行うこと。

5. その他の害虫
 その他の害虫のうちイネカラバエは近年発生分布が増大し、特に渡島、桧山、後志、日高各支庁管内の一部でかなりの被害を認めるに至ったが、本虫の生態については未詳の点が多く、今後の研究にまたねばならない。従って防除法も適確な方法はみられない。
 また本年イネヒメハモグリバエの調査の際、イネクロカラバエ=イネクキミギワバエの混生がかなりみられ、従来札幌付近に見られていた本虫の分布区域が、相当広範囲に亘っていることを確認した。

  

病害

1. リンゴモニリヤ病
 本病は昭和初年頃に各地に発生し猖獗していたものであるが、近年の被害は漸減の状態にあったしかるに昭和24年に北空知の果樹地帯にかなり発生し昨28年も一部その発生を認めて警戒されていたが、本年は全道果樹地帯一円に発生して特に北空井、道南地方並に後志の一部に猖獗した。即ち、5~6月の低温適湿と近年数年にわたる濫獲と肥培不合理性による樹勢衰弱、加うるに、雪害による樹勢の劣弱等が越冬苗の密度増加と相まって本病の多発と被害を助長したものと考察される。従って本病に対しては今後特に
 (1) 樹勢を強めるため濫獲を避け、また加里、燐酸等の肥料の配合を合理的にし、
 (2) 薬剤散布を適切に実施し、
 (3) 被害部分の衛生的な措置を充分に講ずることが必要である。

2. 馬鈴薯粉状そうか病
 従来本邦にその発生を記録されていなかったが、29年9月渡島支庁管内にその発生が確認された。現在その分布は渡島支庁管内数ヶ町村にかぎられているものの如くであり、その発生も極めて軽微なところが多いが、亀田町及び上磯町の一部低湿の黒色腐植土(黒ボク)地帯では発生極めて激甚で圃場によっては病薯が5割以上、時に7.8割に及んだところもある。
 本病の発生経路、由来等については未だ詳らかでない。本病は馬鈴薯の地下部のみを侵す。塊茎に最初褐色の円形小斑点が生じ、僅かに隆起してかさぶた状を呈し、周囲に幅1mm内外の透明な暈の部分が存する。このかさぶたの部分が次第に拡大して膨れ上がると表皮が破れて内部から黄褐色の粉状物を露出し表皮の破片がひだ状に周りに残る。病斑は径1~5mm大で、深さは2~3mm内外で、これ自体で塊茎の腐敗することはないが、病斑が多数生ずると商品価値が著しく低下する。本病と従来から知られている普通の馬鈴薯そうか病とは、本病病斑が円形で、周囲に透明な暈状部の存すること、病斑の周縁に皮部がひだ状に残ること、周縁の隆起部が余りコルク化していないことなどで区別できるが、普通のそうか病でも特殊な扁平病状のものとは区別しがたいこともあり、本病の軽微な症状のものも(胞子球状が成熟していないこと)判定が困難なことが多い。尚、馬鈴薯の根、トマトや他のナス属野生植物の根にも小さな瘤を作ることが外国の例では知られている。
 病原菌は十字科作物根瘤病菌に近縁の Spongospora subteranea と稱する古生菌である。病斑部に形成された胞子球が土壌中に放出され、好適な条件になると胞子が発芽し、いろいろな経過を経て塊茎に侵入するが、皮目、傷口等が侵入門戸となるものとみられる。菌は乾燥した土壌中では皮膜を生じて長らく乾燥に耐え、少なくとも3~4年は生存すると云われる。
 本病の伝染源は主として病土と病薯であるが、これを含んだ堆厩肥、器物等も倍加の役目をなす。然し、本病の発生は気象条件と土壌条件に著しくさゆうあれるもので、一般に生育期間、特に塊茎生成初期から降雨が多く冷涼な地方に発生し易くこれらの地方でも高温または乾燥の年には発生が少ない。また腐植質の多いところや排水不良の土壌に発生が多い。即ち、本病は寒地性の病害であって、北海道では今後その発生に充分警戒を払う要がある。本病は一旦発生すると防除は極めて困難であるから、先づ病薯を種薯に供しないことが第一条件となる。
一般的な防除手段としては
 (1) 発病圃では5年以上ナス科作物以外のものと輪作を行うこと。
 (2) 圃場の排水を良くすること。
 (3) 病薯の完全な消毒法はないが、病薯の混入の疑のあるものは充分選別して水銀製剤で30分間消毒すること。
 (4) 病薯を格納した容器には種薯をおさめないこと。
 (5) 病上を移動させないこと。
 (6) 病薯、病株を堆厩肥材料としないこと。
 (7) 病薯を生のまま家畜の飼料とすると糞中に病原菌は生存しているから煮沸してあたえること等を厳守すべきである。