【普及上参考事項】
昭和31年に発生した特に注意すべき病虫害について

道立農試 病虫部

  

 40年来の記録的冷害を招来した昭和31年における病害虫の発生相を概観すると、水稲では低温性害虫イネヒメハモグリバエがかなりの多発を示し、イネハモグリバエ、イネドロオイムシも今後徐々に増加の兆しがあり、また稲馬鹿苗病はかなり広範に発生し、稲黄化萎縮病の被害もやや目立った。稲熱病は発生は遅れたが稲生育の著しい遅延によって葉いもちは7月下月~上旬道央部にやや広く発生し、首いもちは8月末9月中旬頃に至るやや長期に亘り、同じく道央部及び北部を中心に蔓延した。
 一方畑作にあたっては多雨のため馬鈴薯疫病、麦赤黴病が多発し、また菜豆炭疽病、ヨトウガ(1化期)アワノメイガ(小豆、玉蜀黍)ツメクサガ、マメホソグチゾウムシ等の多発もあり、常発病害虫としてタネバエ(豆類)野菜類の病害虫も少なくなかった。 なお比較的高温性の病害虫といわれるウンカ、ニカメイチュウ、稲菌核病類は少目であり、また麦雪腐病マメシンクイガ等も少目であった。
 いま例年に比し発生被害の多いもの、また特異な発生とみられるものを挙げると次の通りである。

  多目のもの……いもち病、稲馬鹿苗病、稲黄化萎縮病、イネヒメハモグリバエ、麦赤黴病、馬鈴薯疫病、菜豆炭疽病、ヨトウガ(1化期)、ツメクサガ、タネバエ、マメホソグチゾウムシ、
            アワノメイガ、玉蜀黍煤紋病、薄荷立枯病、同銹病、ヂノミ、トマト疫病、瓜類並びに玉葱病害(胡瓜黒星病等)
  地域的に多目なもの……ムギカラバエ、ムギクロハモグリバエ、小豆銹病、茄半身萎縮病
  少目のもの……ニカメイチュウ、ウンカ類、麦銹病類、マメシンクイガ、苹果モニリヤ病。
  特異な発生とみられるもの……スリップス1種(水稲)玉蜀黍炭疽病、馬鈴薯粉状そうか病、ハイジマハナアブ、スナムグリヒョウタンゾウ、イネネクイハムシ、ツバメシジミ。

Ⅰ. 稲熱病
 本年は移植前後までは水稲の生育も良好であったが6月中旬以降著しい低温が継続したため、初発は遅れ空知、上川地方で7月下旬始となり、下旬末より8月上旬にかけて、空知地方を中心にやや急速に増加し、ズリコミ田も散見された。その後出穂は不整且つ遅延して8月中旬以降となり、首いもちは8月末から各地に発生し、冷害によって遅延勝の穂首を冒して、9月中旬に至るまで長期に亘って猖獗した。なお出穂の遅延は枝梗いもちの増発を招き、これも首いもち同様の発生を示したが、節いもちは被害は激しかったけれども局部的に止まった。
 即ち本年の特徴とみられる点は次のとおりである。
  ① 葉、首いもち共初発が1週間以上遅れたこと(低冷による)
  ② 首いもちの発生期間が長期に亘ったこと(生育の遅延と9月前半期の高温による)
  ③ 枝梗いもちが多かったこと(生育の遅延による)
  ④ 地域的には空知、上川地方が中心で特に上川北部、空知南半分に顕著であったこと。渡島半島地区並びに十勝、網走地方、留萌北半部等は少なかったこと。
  ⑤ 土性的には泥炭系統田に多かったこと。
  ⑥ 品種的には中晩生種に多く、また石狩白毛等耐病性品種が予想以上に被害をこうむったが、特に著しい品種間差異はみられなかったこと。
  ⑦ 冷害と併発したため、本病による被害のみについては判定が困難となったが、少なくも発生面積の30%内外の被害は認められること。
  ⑧ 多発人為的誘因としては多肥栽培が挙げられ、一部地方では冷害必至の声によって防除意欲の低調を来したこと等があり、また前年の豊作により中晩種の作付が増加し、低冷
    により冷害を招き8月末~9月上旬の気温上昇により首いもち発生の機会を多くしたこと。 

 32年度における注意事項
  ① 32年の首、枝梗いもち多発により越冬菌の多いことが予想され、また冷害により種籾が不良勝とみられるので種籾消毒を厳に行うこと。
   (註) 稲馬鹿苗病が31年には多発しているので消毒方法には特に注意を要する。
  ② 病斑の早期発見に努め速やかに防除を行うこと。

Ⅱ. 稲黄化萎縮病
 前年の多発により31年度は早春より空知地方を中心に雑草に発病を認めていたが、6月中旬以降移植~分げつ期に50mm内外の降雨がしばしばあり、局部的に浸冠水田もみられて、6月末頃とり空知、上川、石狩地方に散発した。
 もとより30年のそれには及ばないが局部的に畸形化した稲がかなり広くみられた。

 32年度における注意事項
  ① 治山治水につとめること、特に多雪地地帯は春季の出水に予め備えておくこと。
  ② 被害わらを生のまま施用しないこと。
  ③ 常発地では畦畔、水路等の罹病雑草を除去焙却または堆肥とすること。
  ④ 発病した場合、減水後、ときにいもち病を誘発する惧があるから水銀剤等の散布を行うこと。
  ⑤ 深水灌漑については特に注意を要すること。

Ⅲ. 馬鈴薯疫病
 31年度は各地共低温多湿で、本病発生に好適な気象条件にあったため、本病はその初発も早く、蔓延も急速で防除期を逸する場合が多く近年にない多発となった。主要発生地帯は十勝、網走、根釧、宗谷地方であるが、上川、日高等西部地方一円で少なくない被害をこうむった。 

 32年度の注意事項
  ① 種薯消毒(水銀剤)を充分に行うこと。
  ② 早期発見に努め速やかな防除を実施すること。
  ③ 防除期は週間予報等に留意し、できるだけ降雨前に行い、降雨後にも多雨とならない限り引き続き実施すること。また、発生状況に応じ防除回数を頻繁に行うこと。(以上の点が
    31年度には充分行われなかったが、これも誘因の1とすることができよう。)

Ⅳ. 玉蜀黍炭疽病
 本病は従来はほとんどみられなかった1種の斑点性病害であるが、7月中旬頃日高、石狩地方の一部に発生し、その後胆振、渡島、空知、桧山網走地方にも発生を認め、蔓延が急激で玉蜀黍の開花登熟に先立ち、葉片が枯死し、一部地方では収穫不能に陥る圃場も少なくなかった。
 病斑は概ね径1mm乃至2.5mmの円形、楕円形、やや紡錘形で周縁は褐色乃至紫褐色、中央灰白色乃至灰褐色を呈するが、病斑が2.3ヶ集まって不規則な形状を示すこともある。更に径1mm以内の微細病斑が密集して全面灰褐色乃至灰白色に変ずる。透過光線でみると、病斑部は菲薄で、病斑の周囲には淡黄色水潤様の暈が生じているのが特徴である。
 病斑が多数生成された葉片、殊に小病斑の密生した葉片はその部位から先が速やかに枯れ上り、葉片は遠望しても宛も焼けた如き感を呈する。フリントコーンに多く、デントコーンには発生が少目の傾向が見られたが、接種試験の結果では特に顕著な差は認められない。病原菌は赤クロバー炭疽病菌に近い性状を示しKabatiella sp.とみられるが、学名については今後更に検討を要する。防除法についても今後検討を要するが、健全種子の使用被害株の焼却(または堆肥に積み込む)蔓延期における銅水銀剤の散布が必要である。

Ⅴ. ヨトウガ
 31年度は、本虫第1化期の発生量が多目で、遅延勝の夏作物(豌豆、亜麻等)への被害が多かった。即ち
  ① 前30年2化期発生量が多く、早春4.5月~6月上旬の高温多照により越冬虫の活動が旺盛で発蛾時期が早くなったこと。
  ② 6月中旬以降の低冷により作物の生育が遅れたため、加害時期が長引いたこと。
  ③ 多雨のため防除時期を失する向が多かったこと。等の事由によるものと考察されるが、第2化期は特に東部地方に少なく甜菜等の被害は多くなった。なお誘殺状況からみると
   1) 琴似、十勝両場では1化期が早く、やや多目の傾向がみられ、
   2) 天北支場等では1化期にあたる時期がほぼ半月ほどずれて7月広範から8月前半となり、2化期は少目となっており、
   3) 全般的な被害は十勝、網走、宗谷、根釧地方に多目であった。

Ⅵ. イネネクイハムシ
 本虫は31年7月、長沼町に発生し、その幼虫は稲の根部を食害し、局部的ではあるが激しい被害がみられた。本種の種名については、目下幼虫の飼育中で、既に北海道より発生を報告(北農試報告46号)されているスゲハムシ(Donacia Simplex Fabricius)と同種であるかどうか不明である。
 もしスゲハムシであるとすればその経過は恐らく年1回の発生で幼虫態で地中に越年するものと推定される。幼虫は7~8mmの白い蛆で尾端に細い鈎を1対具えているのが特徴である。6月本田移植と共に稲の根に集まり、これを食害するために下葉から赤く枯れてくる。成長した幼虫は根にくつつけて繭を作り蛹となり、やがて成虫となる。成虫は5~6mm位で黒藍色を呈していて、ヒルムシロ、ウキクサ等の葉を食害し、その葉裏に数粒乃至20粒位を一塊として卵を産みつける。卵は約1週間で孵化し根を食害して生長し越冬する。

 防除法
  防除試験を実施していないので明らかではないが、恐らく成虫を対象としてBHC粉(1~1.5%)の撒布が有効かと思われる。

Ⅶ. ツバメシジミ
 本虫は31年6月末より7月始めにかけて網走市及び津別町付近に相当の発生があり、豌豆に激しい被害を与えた。
 本虫が豌豆を食害することは古くよりも知られていたが、普通はシロツメクサ、アカツメクサ、メドハギ、エゾヤマハギ、クサフジ、シャジクソウ、コマツナギ、ミヤコグサ等を食草としていて、豌豆、菜豆等作物を食害することは少なかった。
 本虫は北海道では年2回発生し、幼虫態で落葉の間に越冬する。幼虫は豌豆の葉の他、頂芽を好んで食し生長を著しく害する。本虫はDDT粉剤により防除できるものと思われるが今後の試験にきたなければならない。

Ⅷ. ハイジマハナアブ
 31年7月上旬、音江村(空知)の馬鈴薯塊茎がハナアブ科の幼虫によって食害され、一部腐敗をみているのを発見して調査したところ、本虫は表記のハイジマハナアブ(双翅目、ハナアブ科)であることを確認した。その後7月より9月にかけて岩見沢市、浦臼町(空知)札幌市琴似町等において玉葱の鱗茎が同様に食害され、著しい2次的な腐敗を招いているのを認めたが、本虫はかつて上川郡士別町に発生した記録があり道内にはかなり広く発生しているものと思われる。
 本虫の生活史については詳らかではないが、琴似本場での飼育並びに現地観察により推察すと、恐らく年2~3回の発生とみられ、昨年には第1回は6月下旬~7月上旬第2回は8月下~9月上旬の2回羽化を認めた。なお越冬態は幼虫と思われる。

 防除法
  BHC粉(1~1.5%)の撒布により成虫を防除することになることが先ず考えられるが、今後の試験に俟たなければならない。