【普及奨励すべき事項】

水田水口防止用ポリチューブの使用法について

北海道農業試験場農業物理部農業気象研究室

 

Ⅰ 目的

 北海道の水田は、一般に冷水地帯が多く、その面積は総作付面積の約20%にも及んでいる。従ってその防止対策は稲作安定の上からも一つの重要な課題と考えられる。従来からも水口の青立防止については種々の対策が講ぜられてきたが、たまたま昭和32年青森県三本木農業高校で実施したポリチューブによる青立防止試験結果は、その効果大であったと伝えられ、また昭和33年道農業改良課が実施した現地試験の結果大体好評であった。北海道においてもその灌漑体系に応じた適切な使用方法がとられるならば、かなりの効果が期待されると考えられるので、これが使用法について検討し、実用化への資料としようとした。

 

Ⅱ ポリチューブの使用法とその効果

 今水口被害を支配する諸要素を考え、これら諸要素と水口被害の関係を模式化してみると大まかには次のように示すことができる。
    

 すなわち冷水被害は冷水度と灌水量の増大に従って増加するが、灌水法、品種、栽培法によって被害は異なり、またこれらの諸要素によって被害をある程度抑制することも可能である。勿論年の天候によっても変動することはいうまでもない。ポリチューブはこの式の灌水法の改善に関する方法でその狙いとするところは田水の一ヵ所だけが冷却し、稲に冷水被害を与えることを避けようとするもので、チューブ内を通過することによる水温の上昇により冷水の緩和とチューブの移動による水口の変更によるものである。前者の目的を達するには、チューブの長さを調節することによって通過時間を変えなければならないし、後者については稲の生育時期と被害との関係について考慮されなければならない。しかしチューブの移動については労力的な面から考えてもチューブの耐久力の面から見ても実用的には半月に一度程度しか移動は困難なように思われるので、ここではチューブの長さの決定について特に問題として考察を加えたい。

 1) ポリチューブの長さの決定について
   前記のようにチューブ内通過による水温上昇によって冷水緩和をはかろうとするわけで、チューブの長さは流入水温(冷水度)と灌水量によって決められるべきである。チューブ内を
   通過する水柱は日射と周囲からの熱の伝達によって暖まる。

  (イ) 単位柱体の日射による水温上昇は次式によって表される。
    単位時間当りの水温上昇度

      
        π : 円周率で3.14
        r  : チューブの半径
        R : チューブ内水柱のとらえる日射量

 ポリチューブの透過率は測定の結果約80%であり、チューブ内水柱の平均水深は4.6cm(r)であるから、この水柱の日射の吸収率は水深と日射の吸収率の関係から約40%となる。
 従って日射量が1.2Cal/cm2Min(晴天の日中)の場合チューブ内水柱のとらえる日射量は約4Cal/cm2Minとなる。
 従ってこの値を①式に入れると、1分間当りの水温上昇度

      

 ①式はチューブの断面が円形で流れるとした場合であるが、流量が比較的多くない場合は、断面が楕円形で流れると考えられ、その場合は次式で示される。
 単位時間当りの水温上昇度
     
       
        π : 円周率で3.14
        a : チューブの短径×1/2
        b : チューブの直径×1/2
        R : チューブ内水柱のとらえる日射量

 

  (ロ) チューブ周囲の水田水温からの熱伝達量
    チューブ周囲からの熱伝達量はチューブ内外の温度勾配と通過時間に比例して増大する。昭和34年7月の測定値から大まかには周囲からの伝達による上昇度は日射による上昇
   度の約2倍となっているから(茎葉による日射の投入量や気象条件特に水田水温とチューブ内水温との関係で変化すると考えられる)一応この値を使うと1分間当りの伝達による上昇
   度は0.056×2=0.112℃/Minとなる。

  (ハ) 従ってチューブ内を通過することによる水温上昇度は前二者の和0.056+0.112=0.168℃/Minとなり1分間当り約0.17℃上昇することになる。
    以上の結果から水温上昇効果を挙げるためには、流入水温に応じて滞水時間を変化させなければならないことがわかり、灌水量はその水田について決まっているわけであるか
    ら、滞水時間の変化はチューブの長さによって調節しなければならないことになる。 

  (ニ) 滞水時間と流入量及びチューブの長さの関係
    上記三要素間の関係は次式で示される。
     

        t : チューブ内の滞水時間
        L : チューブの長さ
        S : チューブの断面積
        Q : 流入量

     

     また流入量qは水田総面積をA、水田の日減水深をdとすると、

     q=Ad ………④

  (ホ) 従って以上からチューブの長さLは、理論的にはまず流入水量に応じて、1分間当りの水温上昇度から必要滞時間を決定し、次に③及び④式からチューブの長さを決定出来るこ
    とになる(計算には時間の単位を同一としなければならない)しかし現地では各種条件が明らかでないわけで複雑ではあるが、使用する場合の考え方をまず理解しておくことが効果
    的な使用法の上からも必要であろう。

 

 2) ポリチューブの設置方法について
  チューブの設置方法としては図に示すように大きくまわしてくる方法と水口の近くで渦状にまいた場合の二つの方法が考えられ、現地においてもこのいずれが効果的かの問題にも遭遇
  したので簡単に考察を加えたい。
    
 
    第1図 チューブの配置方法

 

 前述したように滞水時間とチューブの長さ、流入量の関係は

       t=LS/q

        t : チューブ内の滞水時間
        L : チューブの長さ
        S : チューブの断面積
        Q : 流入量

 A、B区の灌水面積、減水深は同一とすれば、両区のチューブからの流入量(q)は同一でなければななない。渦状にまくことにより抵抗が大きくなるため若干滞水時間が長くなるわけであるが、前記のように流入量は同一であるから、そのためにはチューブ内水柱の断面積がその分だけ大きくならなければならない。チューブの周囲は同一であるから、断面積(S)が変化するにはその形の変化によるわけで、円形の場合に面積が最大であるから、渦状配置の場合断面の形は円形に近い形となり、普通配置のとき楕円となる。
 さてチューブの断面が円形で水が流れた場合と、楕円形で流れた場合いずれが水温の上昇に有利であろうか、まず日射による上昇度の比較は前記1)①と①'式の比で示される。

 単位時間当りの上昇度
     

 従ってチューブ内通過による上昇度
     

        t : 断面円形の場合の滞水時間
        t' : 断面楕円形の場合の滞水時間
  t 、t'は1)の式より

     

        q : 流入水量
        L : チューブの長さ
        S : 円の面積(断面)でπr2
        S' : 楕円の面積(断面)でπab

 従って⑥式は
  チューブ内通過による上昇度
     
 bは楕円の直径1/2で、rは円の半径で周囲同一であるから b/r>1 で従って楕円の場合の方が日射による水温上昇には有利と考えられる。次のチューブの周囲からの熱伝達による水温上昇効果であるが、この場合はチューブ内外の温度勾配と受熱面積に比例するわけで、当然水温の少しでも高いところをまわしてきた方が有利である。通常水口近くでは一般に水温が低く平衡水温に達していない。従って水口より遠くて少しでも平衡水温に近いところをまわす第1図Aの方が水位上昇の面では有利なはずである。ただ作業管理の面では多少Bの方が楽かも知れないが、このポリチューブの設置方法による労力上の差異はほとんどないからこの点はあまり問題になるまいと考える。参考までに琴似農試水田で行った観測結果を掲げる。

  

     (渦状配置)           (チューブなし)           (B渦状配置)            (A普通配置)
  34年10月20日 13時  雲量5、  風向 N 15.5℃       24年10月13日 14時  雲量5、  風向 N 18.5℃
   流量  800cc/sec  チューブの長さ 45m(各区100㎡)      流量  800cc/sec  チューブの長さ 45m(各区100㎡)
  第2図  渦状配置と対照区の水温分布                第3図  チューブの設置法による水温分布

 この水温測定結果からもチューブを設置しない場合よりは、渦状配置の方が冷水緩和に役立ち、さらにチューブ設置方法の相違では、渦状配置(B)より普通配置(A)の方が水温上昇の上で優ることを示している。

 

 2) 現地試験結果
  実用化の目的をもって、規模を拡大して掛越田にポリチューブを導入してみた。この結果で推定したより冷水度が強度で必ずしも大きな効果は得られなかったが実用化の方法としては
  この様な方法が最も合理的と考えられるので紹介する。

 ⅰ) 試験場所及び試験田の状態

   試験場所  札幌郡豊平町清田  三上権次郎氏水田
   地勢     沢地
   水系     湧水
   土壌     砂壌土(下層砂礫)
   一日減水深  約4cm
   平年水口被害  約10%
   品種     ふくゆき(冷床)
   田植日 6月1日
   チューブ設置日  同
   チューブ長さ    第4図
   チューブ色     緑色
   チューブ直径    9.2cm
   チューブ移動回数 3回
   灌漑法       24時間掛越灌漑


     
  第4図 試験水田及びポリチューブ配置図

 

 ⅱ) 測定結果

  (イ) 水温への効果
    日中の水温を最高水温でみると、上昇度の最も大きい物はC区で、この理由は第2表からも明らかなように、流量が最も少なく、チューブの長さは最も長い。ことに起因する。
   C区が灌水面積が最大であるにかかわらず、流量が少なくてたりるのは、この試験田は対照区よりC区に進に従ってかなり勾配があり、C区が最も低い位置にあり滲透の少ないこと
   による。測定側でみると最高水温時にはチューブ通過により3~5℃の上昇を示し、また22℃以下の分布面積を便宜的にとつて比較してみても、その分布面積が明らかにポリチュー
   ブ区では縮少している。
    また最も水温上昇効果の少ないと考えられる夜間の最低水温についても大体0.5~0.8℃の上昇効果が見られ、便宜的に14℃以下の分布面積を比較してみてもかなりポリチューブ
   が縮少している。これらの結果からポリチューブは冷水緩和にかなり役立っており、ポリチューブを設置することにより、限界温度近くまでの冷水緩和が可能な場合には著しく効果が
   挙げられるものと考える。

   第1表 最高、最低時における水温(℃)
最高水温 14時 水口水温 チューブ放
水口水温
上昇度 水田1枚目
落口水温
水田2枚目
落口水温
対照区 17.5 - - 31.2 32.7
ポリチューブA区 17.5 21.3 3.8 31.0 33.7
ポリチューブB区 17.5 20.6 3.1 30.0 33.0
ポリチューブC区 17.5 23.0 5.5 28.7 33.7
  測定日  34年7月21日

最低水温 4時 水口水温 チューブ放
水口水温
上昇度 水田1枚目
落口水温
水田2枚目
落口水温
対照区 13.0 - - 13.7 15.7
ポリチューブA区 13.0 13.7 0.7 16.3 18.9
ポリチューブB区 13.0 13.5 0.5 15.7 18.0
ポリチューブC区 13.0 13.8 0.8 14.6 19.8
  測定日  34年7月22日

   第2表 各区のチューブの長さ、流入量及び通過時間
  各区灌水
面積(㎡)
チューブ
長さ(m)
流入量
(cc/sec)
通過
時間(分)
対照区 2248 0 1021 -
ポリチューブA区 2582 90 1021 8.0
ポリチューブB区 2645 90 1030 6.5
ポリチューブC区 3090 135 894 12.0
10565 315 3966 -

 

  (ロ) 稲への効果
   出穂期
     各区水田の併記ん出穂日をみると図に示すようで、ポリチューブ区の1枚目水田では、1週間近く出穂が早まっており出穂への効果が明瞭に観察された。
     (各区2枚目以降の水田は品種が若干異なるので厳密な比較は出来ない。)

   
    
   
   
       (注) 〇印はチューブ出口
  第5図 最高、最低温時における水田の水温分布(℃)(1枚目水田) (4000/1)

   

  
  第6図 平均出穂日(月日)

 

   収量
    全刈による収量調査は困難なので、枠子型に1区当り16点、1点7株をサンプルとして調査を行ったが、その結果から収量分布曲線を描いてみると第6図に示すようで、水温分布曲
   線とその傾向は良く一致しているが、効果の面では水温ほど明かな傾向を示さない。このことは、チューブによる冷水緩和の度合いが、まだ不十分であることを示すもので、このよう
   な冷水強度の強いところへ導入する場合には、流入水温と流量などの充分な調査の上に立って計画的なチューブの長さの決定がなされなければならないことを示しているものと考え
   る。なお収量分布図より200kg/992㎡の面積を青立面積としてプラニメーターでその面積を求め、灌水面積に対する比で表してみると第3表のようでチューブ使用区は対照区に比べて
   青立面積は3~4割減少している。(第7図参照)

  第3表 灌水面積に対する青立分布面積割合(%)
kg/992㎡ 0~100 101~200
対照区 7.8 2.8   10.6   10.0
ポリチューブA区 4.3 1.7 6.0 56.6
ポリチューブB区 5.2 2.3 7.5 70.7
ポリチューブC区 5.8 0.5 6.3 59.4


 
  第7図 収量分布曲線(kg/992㎡)

 

Ⅲ 使用上の要点

 理論的な考察や現地試験の考察結果から次のように考える。

 1. チューブの長さについて
   水口被害は冷水度、流入量に比較して増大するが、冷水度や流入量については現地では事前に測定がなされていないのが通常である。そこでこのような場合には冷水度流入量の
  総合判定として稲の平年水口被害率(青立面積/灌水面積)を使って考えるのも一方であろう。 

  イ) 水口被害率、5%前後の場合には2反歩に45m(チューブ1本)でかなり大きい防止効果が期待出来るように考える。
  ロ) 水口被害率10%前後及びこれ以上の場合、このような強度な冷水地帯では、夜間の水温がかなり低く、単一の防止方法だけでは、障害温度の解消が困難でなかなか大きな効果
    を挙げ得ないのが通常である。従ってチューブの長さは イ)の場合に比例して(10%場合は2倍)長くするとともに、温水池などの上昇法との組合せや、節水、品種、栽培法などとの他
    の防止法との組合せ配慮が大きな効果をあげるためには必要である。

 2. チューブの配置について
   チューブの通過による水温上昇は、日射と周囲からの熱の伝達によるわけで、出来るだけ日射の利用の大きな場所(蔽の少ないところ)及び水温の高いところを(奥の方の水田)通す
  ように注意する必要がある。 

 3. ポリチューブの移動について
   稲の冷水被害は、田植直後、幼穂形成期乃至減数分裂期に大きいから、この時期はチューブの1ヵ所に定置する日数を短縮するよう配慮して移動すること、移動は半月に一度以上
  行うようにすると効果が大きい。

  参考表  水口青立防止ポリチューブ現地試験成績の概要  農業改良課
試験町村 試験担当者 品種1区面積
設置月日
水稲生育収量 概評
豊平町
字清田
見上治夫 チューブ2本  2.5a
チューブ3本  3.0a
福雪
  1) 青立面積は例年の50%に減少した。
2) チューブ1本の灌水限度は40aと思う。
3) チューブ耐用年度は1ヵ年くらい。
4) チューブ水取入口30~60cmぐらい前に金網をおきゴミを除くこと。
5) チューブの使用が畦を越す場合は穴があき易いこの場合板を下におき傾斜を
  少なくするもよい。
6) 期間中チューブは出来るだけ移動した場合青立の被害少ない。
7) 水温は2本区より3本区の方が高い。
東旭川町
忠別
福島俊夫 白雪 2.5a
6月4日
  出穂期 稔実
歩合(%)
10a
籾重(kg)
1) 7月上旬のように気温の低い時及び気温と水温の差の余りないときは両者とも
  に水温の差はあまりない。
無処理区 8.12 40 258.7 2) 7月下旬の要に気温が高く晴天ともなるとチューブ区の水温が高くなる。
チューブ区 8.10 60 285.0 3) 水口2番目以降の田は生育収量の差は見られない。
風連町
御料4線
東 春一 北海116号 3a
6月9日
  出穂期 稔実
歩合(%)
  1) 水温はチューブ区は平均して1度高い晴天無風の日は10度以上も高い。
無処理区 8.5 56.3   2) 稲の生育はチューブ区は無処理区より出穂早いところが多い。
チューブ区 8.5 32.0   3) 水口の青立防止にはかなりの効果を収めている。
栗沢町
南幸徳
金田 勝 新栄 2.36a
6月4日
  1) 設置当初は水面全体に日光が充分あたるため水温上昇が高いが分げ最盛期
  以降となると低下する。
2) 利用の効果が相当にある。
3) チューブの長さを60m程度長くすることにより水温の上昇が更に期待される。
雨竜郡
雨竜村
農業
改良普及所
    籾重量 1) チューブ区は水温が上昇する。
無処理区 1.159 2) 収量の差のなかったことは気候条件がよかったと思う。
チューブ区 1.170  
帯広市
西21南3
阿部誠雄 直播   155㎡籾重(収量) 1) ポリチューブを通った水温の優位差は、7.6a経た水口下3枚目の3.6aの水田にて
  もなお持続されている。
無処理区 1.725 2) チューブが生育に好影響を与える範囲は1ヵ所の水口下10以内である。
チューブ区 4.760  
幕別町
途別
楠木康作 北海116号
  40~45a
(5~6枚)
10a当り籾 1) 3寸径のもので5aぐらいはかんがい出来1~2度の昇温効果を認めた。
  これを3a程度とすると3~5度上がると思う。
無処理区 86.6kg  100% 2) 本試験地以外の埴壌土では3度高く最高時で5度の差を認めた。
チューブ区 251.8kg  290% 3) 2枚目までは効果が認められた。
女満別町
第3
岩原久雄 北海95号
    660㎡
  出穂期 稔実
歩合(%)
8.75㎡
籾重(kg)
1) 水温上昇の効果顕著であった。
無処理区 8.7 10.8 1×392 2) 生育は進み成熟期は5日早い。
チューブ区 8.5 10.3 3×744 3) 灌水量はこれにて常に規定量を灌水することが出気る。
大江村
大江
菅原辰明     出穂期 10a当籾更正収量 1) 生育遅延の防止に効果が顕著である。
無処理区 8.11~18 107.1 2) チューブの時期的移動には注意を要す。
チューブ区 8.8 261.5