水産研究本部

試験研究は今 No.174「サクラマスの越冬場所はどこ~」(1994年2月18日)

試験研究は今 No.174「サクラマスの越冬場所はどこ?」(1994年2月18日)

サクラマスの越冬場所はどこ?

表1
  サクラマスは、日本に元々いるサケマス類のシロサケやカラフトマスと違って河川に依存する度合の大きい魚です。即ち、すぐ海に降りずに1年以上も河川内で生活して、大きくなってから海に降りますから、河川が様々なかたちで汚染され、荒廃すればどうなるでしょうか。

  サクラマスは、河川環境に大きく左右されるとてもデリケートな魚です。我々人間が家を持ち、住み良いように周りの環境を整備するのと同様、サクラマスにとっても棲み場所である河川の環境を良好に保つことはとても大切なことです。サクラマスを多少なりとも知っておられる方は、「ではサクラマスの親魚が産卵し、夏場の生息の中心となる河川の上中流域の自然を維持していけば大丈夫」という考えが頭に浮かんでくるでしょう。我々もいままでの知識の範囲内で考えれば、そのように考えたと思います。しかし、最近、明らかになりつつあることですが、河口に近い人問生活の影響が及ぶような下流域もサクラマスにとって重要な場所の一つであるということです。今までどちらかと言えば、サクラマスの多い上流域に目を奪われがちでしたが、最近になって下流域は、次世代を担うもの達が海に旅立つ前の集合場所である可能性が高くなってきました。どういうことなのか、以下にご説明いたしましょう。

  サクラマスは河川の上流域に産卵し、生まれ出てきた稚魚達の育つのは、上中流域だということを、我々研究者以上に山女魚(ヤマベ)釣りを楽しむ人であれば、既に良く知るところです。山女魚という文字が示すイメージは、岩魚(イワナ)ほどではないにしろ、やはり上流域の山奥で釣る魚です。決して、生活排水等が流れ込むような家が立ち並ぶ下流域のイメージは誰しも想像しないでしょう。確かにその通りで、稚魚達は上中流域で餌を採り、釣りの好対象となる夏季7~8月には10センチメートル前後、秋季10~11月には11~12センチメートルまでになり、稚魚から幼魚と呼ばれるまでに成長します。しかし、その頃には、もう既に河川の水温は低くなり、慌てて越冬する準備に入らねばなりません。我々が冬に備えてあれこれと準備するように、11~12センチメートルに育ったサクラマス幼魚も越冬準備に入るのです。いままで、雪深いなかでの冬期調査が行われた例が少ないために、冬期間これらのサクラマスはどこで越冬しているのか分かりませんでした。実は、降海準備もかねて、自分の越冬できる場所を求めて、秋から初冬にかけて下流方向へ移動する個体が多いのです。表1に示してあるのは道南の川での結果で、すべての河川に当てはまるものではありませんが、一つの傾向として見ていただければよろしいかと思います。調査は、厳冬期の1月末から2月初めにかけて行っております。
写真1 採捕されたサクラマス幼魚
  河口からわずか200メートル地点でのサクラマスの採捕が164尾と多く、夏場に多数生息していた河口から6,000メートル地点での採捕はわずか1尾と、圧倒的に下流域が多い傾向です。また、下流にいくに従って魚のサイズも大きくなる傾向を示し、今春、降海する魚達であることがうかがわれます(写真1)。また、魚の越冬場所となり得るところは、上下流問わず、エネルギーの消耗度合いが少ない水の流れが極めて緩やかな、笹や草などの植物が被いかぶさったところ(写真2)、水の流れで岸が深くえぐられたところなどの光が差し込まない暗いところが主なものです。


写真2 サクラマス越冬場所
  このように、人間の生活にとっても大切な河川の下流域は、サクラマスの越冬場所としても大切な役割を持っていることがわかってきました。しかし、河川改修、護岸工事など特に下流域では多く見受けられます。人間生活上必要なものですが、知らず知らずのうちにサクラマスの越冬場所を失わせていたのかもしれません。流れの緩やかな場所や、自然の石や土を残した護岸も必要に感じられます。

今後、さらに環境の異なった河川の調査をとおして、サクラマスの越冬条件に適した河川環境を考えてゆきたいと思います。同時に下流域も含め、サクラマスの生息に適した河川の環境とはどんな条件なのか、このような問題にも目を向ける時期にきていると考えてます。
(水産孵化場森支場 小林美樹)