水産研究本部

試験研究は今 No.177「十勝沿岸の赤潮について」(1994年3月11日)

十勝沿岸の赤潮について

十勝沿岸域の赤潮調査風景
  毎年秋サケ漁の時期になると、十勝管内の豊頃町大津、大樹町浜大樹、広尾町の沿岸では釧路水試増殖部、十勝地区水産技術普及指導所、地元役場や漁協職員により漁船をチャーターして水質と赤潮の原因となるプランクトンの調査が始まります(写真)。この調査は1985年に始まった国費補助の十勝海域赤潮予察調査で、既に10年目を迎えようとしています。赤潮がなぜ太平洋十勝沿岸域で発生するのか疑問をもたれる方も多いことと思いますので、これまでの調査結果と今後の方向性について紹介します。

  赤潮とはプランクトンの異常増殖により、海水が変色する現象と言うことはご承知と思います。一般に本州の魚貝類の養殖漁場で春から夏にかけて栄養塩類の豊富な陸水が流入する内湾で発生し、大きな被害をもたらす赤潮は厄介な問題となっており、国では予察事業として試験研究を強化しているところです。しかし、十勝沿岸の赤潮は十勝川などの河口域の解放型の沿岸で発生し、しかも養殖漁場でない海域であることから魚介類に対する直接的な被害はない点で本州のそれらとは異なっています。いつごろからこの海域で赤潮が発生したのか分かりませんが、近年では1983年に音別町と浦幌町の町界付近からえりも町庶野にわたり沖合5キロメートルの帯状として発生したのが最大規模と言われています。その後も1991年までに程度の差こそあれ9回の赤潮が漁業者などにより観察されています。
  これまでの調査結果から十勝の赤潮は“降雨性赤潮”と呼ばれ、豪雨または断続的な降雨(雨)、その後の十勝晴れの日(光)、海上は静穏(凪(なぎ))で発生しているのです。このことは雨が降って十勝川など11の大小河川や時には湧洞沼などの4つの海跡湖沼の決壊により大量の陸水が海に流出することで、有機性のケイ酸や無機態の窒素などの栄養塩類が海に搬出されることが要因となっています。また、沿岸海水の塩分濃度が一次的に低下すること、晴天が続くことで表層水温も通常よりも1~2度上昇するなどしてプランクトンの炭酸同化作用が活発となり、プランクトンが異常増殖し赤潮赤発生するのです。過去に発生した赤潮の原因プランクトンは渦鞭毛藻類が主で、ギムノジニウム、プロロケントルム、プロトペリデニウム、ヘテロシグマなどでありました。1983年に発生したギムノジニウムの濃度は海水1ミリリットル当たり1,000~2,000細胞以上で、一般に濃密な赤潮域での1万~10万細胞と比べるとこの海域の赤潮は発生水域が広大であっても濃度は高くならないことが特徴のように思われます。

  サケ漁と赤潮との関係は1983年の記録によれば、赤潮の発生前日まで順調であった十勝沿岸の定置網漁は、発生後急に不漁となり、日水揚げ量が3分の1から8分の1程度、またえりも町でも6分の1から8分の1程度まで低下したことからサケには直接的な被害はありませんが、回避回遊することなどがわかりました。

  現在水試で毎年調べているプランクトンはこのほかにホタテガイの下痢性貝毒で有名になっているデノフィシス類、麻痺性貝毒のアレキサンドリウム類等18種、スケレトネマ等珪藻網8種、動物性有鐘繊毛虫類のチンチノプシス1種です。毎年の調査期間中、各採水層の優占種になっているのはスケレトネマで、100~1000細胞/ml観察され、増殖量に増減の変化がみられます。渦鞭毛藻類ではプロロケントルム、アレキサンドリウム、プロトペリデニウムなどに0~100細胞/ml程度の増減の変化がみられ、これらの増殖量の変化はその年の降雨量や天候状態、海上の波浪状態などと密接な関係があることが分かっています。

  1990年以降4年間に十勝沿岸では、はっきり確認される赤潮は観察されていません。このことは毎年8~9月の天候が不順で、曇天の日が多く(1993年は凶作)、海上も時化の日が多いことなどにより、プランクトンの増殖が制限されているように思われます。また、異常増殖があった場合でも時化により拡散されることで赤潮に発展しないようにも推察されます。

  以上、十勝沿岸の赤潮発生原因と最近の傾向について紹介しましたが、原因が陸水からもたらされる大量の栄養塩類にあることから、赤潮の発生は降雨量(栄養塩類の負荷量)、天候(日照時間)、海象状態(赤潮の拡散)などからある程度予察できる段階になっています。しかし、予察できてもサケ漁への影響は解決できません。従って、生活廃水や産業排水などのような多種多様の栄養塩類を含んでいる水は出来る限り処理して捨てる努力とその監視を地域全体で取り組むことが必要です。
(釧路水試増殖部 草刈宗晴)