水産研究本部

試験研究は今 No.182「魚肉給餌によるキタムラサキウニの身入り促進について」(1994年4月22日)

魚肉給餌によるキタムラサキウニの身入り促進について

はじめに

  北海道の日本海沿岸に多数生息するキタムラサキウニ(通称ノナ)は海藻だけではなく動物も食べることが知られています。このウニを、天然の商品がない冬期間に魚肉を給餌して養殖することで、身入促進を図って出荷することを試みている漁業協同組合があります。

  魚肉のようなタンパク質を多く含む餌料を与えた場合には、短期間で生殖巣は増重されるのですが、苦味が強くなりそのままでは商品になりません。そこで、漁業者は一定期間魚肉を与えた後にコンブを給餌し味を改善する方法をとっています。魚肉を与える期間とコンブを与える期間をどれくらいにするかは、各地の経験により異なっています。

  試験研究機関としては、身入りの悪い冬期間に高タンパク餌料を給餌したウニの生殖巣がどのように増重するのか、魚肉からコンブヘの切り替え)時期は何を目安にすればよいのか等について科学的な裏付けを取り、味と身入り(生殖巣の増重)に優れたキタムラサキウニの養殖技術を確立する必要があります。

  平成2~5年度まで中央水試が中心となり行ってきた磯焼け対策事業の中で、当センターが担当した高タンパク餌料の開発では、魚肉を3ヵ月給餌した場合と途中からコンブに切り替えた場合の身入りと味、生殖巣の成分を比較しましたので、その結果を簡単に紹介します。

試験の概要

  試験期間は1991年11月21日から1992年2月21日までの3ヵ月間で、桧山支庁の瀬棚町港湾域に設置した浮きいけすを2基用いました。この浮きいけす1基に9個のかご(たて150センチメートル×よこ150センチメートル×高さ100センチメートル)が取り付けてあり、町内の美谷漁港から採取したキタムラサキウニを各かごに200個ずつ入れ、コンブ(生と塩蔵)、配合餌料、ブナザケ、イカナゴを与えて飼育しました。ここでは、イカナゴを給餌した場合について述べます。

  イカナゴの給餌量は毎週一かご当たり3kgでした。コンブを与えたかごと、イカナゴを与えて1ヵ月後、1.5ヵ月後、2ヵ月後に生コンブヘ切り替えたかご、さらに3ヵ月間イカナゴを給餌したかごで身入りを比較しました。ただし、生コンブを与えたかごと1ヵ月後からコンブに変えたかごは時化により餌が流出したので、終了時の値が得られませんでした。身入りを示す生殖巣指数(体重に対する生殖巣重量の割合:パーセント)は11月21日には8.9でしたが、12月21日にはコンブを与えたかごで9.0~9.1、イカナゴを与えたかごでは12.9~15.6、1月21日には、コンブの場合で10.8~14.4、1.5ヵ月後からコンブに切り替えたかごで15.2、イカナゴをずっと与えたかごで19.2~19.6でした。終了時の2月21日には塩蔵コンブで15.5、1.5ヵ月後からコンブに切り替えたかごで16.6、2ヵ月後から切り替えたかごで19.9、イカナゴだけを与えたかごで18.8に増加しました。1.5ヵ月後から切り替えた場合には、身入りは若干低い傾向にありますが、2ヵ月後から切り替えたかごでは3ヵ月間イカナゴを与えたかごと同じか、高い値を示しました。

  瀬棚町の漁業者や町の職員の方にモニターとなって頂き味の比較をした結果、イカナゴを与えたかごでは、塩蔵コンブを与えたかごに比べて苦味が強く、甘味が少ない傾向にありました。イカナゴの給餌期間が長くなるほどこの傾向が強く、1.5ヵ月後からコンブに切り替えたかごでは、苦味の評価は減り、甘味や味全体の評価が良くなっていました(図1)。
498714  生殖巣の成分を比較すると、イカナゴ給餌期間が長くなるにつれて水分と遊離アミノ酸の総量が多くなり、グリコーゲンが少なくなりました。遊離アミノ酸の中で味に影響を与えるグリシンとアラニン(甘味)、バリン(苦味)、グルタミン酸(旨味)について比べると、イカナゴ給餌期間が長くなるほどグリシン、アラニン、グルタミン酸が減少し、バリンが増加しました(表1)。すなわち、イカナゴ給餌が長くなると旨味と甘みが減って、苦味が強くなります。この試験では、魚肉を給餌して身入りを図った後に、コンブを給餌して味が改善できる可能性があることが科学的に明らかになりました。しかし、味を改善するまでのコンブ給餌期間の目安や、生殖巣指数が20前後になってからでも改善できるのかどうか、油分の異なる他の魚種を餌にした場合はどうかなど不明な点が多く残されています。
    • 表1
    • 図1

おわりに

  漁業者の経験に基づいた技術の改良が現場では進んでいますが、水試と栽培センターではその因果関係を科学的に明らかにすることで、より安定した養殖技術を確立するよう取り組んでまいります。
(栽培センター貝類部 干川 裕)