山海域のスケトウダラ漁況調査結果
今回は1993年度の桧山海域のスケトウダラ漁況調査結果がまとまりましたのでお知らせします。
1993年度の桧山管内のスケトウダラ漁獲量は17,794トンで、漁獲量が回復し始めた1970年以降では最高の漁獲量となりました(図1)。では近年どのようにしてスケトウダラの漁獲量は回復したのでしょうか。
スケトウダラのような多獲性魚類の資源は卓越発生年級群によって大きく左右されると考えられています。では、卓越発生年級群とはどのようなものでしょうか。スケトウダラはホッケのように大きな卵を少量岩に産みつけ親が保護して大きな稚魚をふ化させて生き残りを良くする魚とは異なり、小さな卵を大量に産卵して数の力でその後の生き残りに賭けるという生き残り戦略をもっています。そこで、卵が他の魚に食べられることも少なく、ふ化した稚魚がうまく大量の餌に出会い外敵も少ないなど幸運が重なると大量に生き残ることがあります。これが卓越発生年級群となります。
では、桧山海域では卓越発生年級群は見られたでしょうか。図2を見て下さい。1988年にそれまで体長が35センチメートル以上で6歳以上が主体であったものが、35センチメートル以下の小型のものが主体となり、年齢も4歳(黒い棒)が中心となりました。これが1984年に生まれた卓越年級群でした。どのくらい多いかというと、発生量の少なかった1981年級群と比べて尾数で約3倍漁獲されました。また、幸運なことに後続の1995年級群(斜線)、1986年級群(格子)も卓越年級群でした。ですから1988年度以降の漁獲量の増加は、これら3年連続した卓越発生により支えられてきました。これからは1993年度には7歳以上の高齢魚となっていますが、まだ全漁獲尾数の約4割強を占めています。また、毎年の年齢組成の変化を見ると、4歳で漁獲尾数の多い年級群はその後の漁獲尾数が多い傾向が見られ、年齢組成から翌年の漁獲傾向がある程度推察できます。水産試験場ではこのように漁獲動向から道西日本海全体のスケトウダラの翌年の漁況を推測しています。1993年度も7歳以上の1984?1986年級群がまだかなりの割合で漁獲されていたため漁獲量の大きな減少はないと予測していました。しかし6歳の1987年級群は予想よりも多く、逆に5歳の1988年級群は、3、4歳の時点に道北で非常に多く漁獲されたため卓越発生と推測し、年齢組成の中ではいちばん高い山になることを期待していましたが、7歳の山より低く、予想どおりにはなりませんでした。なお、これはあくまでも道西日本海のスケトウダラが咋年と同様に各産卵場に配分されて来遊したと仮定したときの予想でした。しかし、現実には1993年度の漁獲量は桧山では近年で最高を記録し、また、道央、道北では未集計ですが、近年で最低を記録しそうです。ですから例年なら道北、道央に来遊するはずの分も道南に来遊したため桧山の漁獲量が増加したとの考え方もできます。
では、1994年度の漁況はどうなるのでしょう。卓越発生年級の1984?1986年級群は8歳以上になり、漁獲の中心から外れ、後続の1987年級群以降に大きな卓越年級も見られず、1993年度の道央、道北での漁況が良くなかったことから、あまり大きな期待はできないようです。
では、1994年度の漁況はどうなるのでしょう。卓越発生年級の1984?1986年級群は8歳以上になり、漁獲の中心から外れ、後続の1987年級群以降に大きな卓越年級も見られず、1993年度の道央、道北での漁況が良くなかったことから、あまり大きな期待はできないようです。
(函館水試 資源管理部)